2023年12月14日

好奇心、探究心、研究心

今年は、今までになく慌ただしい毎日で、前回の4月の更新から8か月が過ぎてしまった。こうした中、管理人が日本科学振興協会(JAAS)会員として参加しているイベントの1つである「イノベーションユース season2」で、11月26日に参加者向けに1時間の特別レクチャーをおこなうことになった。
「イノベーションユース」は、「探究心で未来を照らす、好奇心に火をつける 10代の研究マインドを応援する育成型プロジェクト」をキャッチフレーズとしている。このことを考慮して、特別レクチャーの一部に「好奇心、探究心、研究心」についてのこれまで管理人が考えてきたことをまとめて話すことにした。それは、何の留保もつけずに、研究における「好奇心」の重要性を強調する研究者が多いことに漠然とした疑問を感じていたからでもある。多分に不勉強な管理人の独断的な考えであり、至らない点が多々あると思うが、以下に、特別レクチャーの内容の該当部分について詳しく述べる。


1.人々が持つ様々な欲求
仏教では、人間は108の煩悩を持ち、それらの根源に食欲、財欲、色欲、名誉欲、睡眠欲の五欲があると考え、修行によってこれらの欲望を断ち切ることで、苦悩から解放されると説かれている(この記述は厳密ではない。仏教の経典では、欲望を抱く「自己」と「意識」について詳しく述べられているが、管理人の手に余るので、ここでは、上の記述に留める)。
一方、人が持つ欲求については、マズローの欲求5段階説が有名である。これは、人の欲求には5つの段階があり、それらは、原始的な欲求である生理的欲求から順に、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求へと発展するいう説である。管理人が初めてこの説を知った時には、そのもっともらしさに感じ入ったものである。しかし、2006年には、Christina Hoff SommersとSally Satelが経験的実証の欠如により、マズローの着想は時代遅れであり「もはやアカデミックな心理学の世界では真面目に取り上げられてはいない」と断言されている(Wikipedia、最終閲覧2023年12月14日)。
管理人は、これまでの断片的な知識から、人間の欲望は、個人的欲求と社会的欲望を結ぶ軸と、身体的欲求と精神的欲求を結ぶ軸の2軸で捉えることができるのではないかと考えた(図1)。これら2軸の両端である4つの欲求は以下の通りである。

欲求分類図.jpg
欲求の分類

1)内的欲求
内的欲求とは、全ての人の各々が本来的・根源的に持つ個人的な欲求であり、例えば、「将来に対する漠然とした不安」を解消したい、「我々はどこから来たのか 我々は何者なのか 我々はどこへ行くのか(ゴーギャン)という疑問」を解明したいという欲求である。これには、未知の危険に備える本能に従って、情報を収集しておきたい、あるいは経験知を蓄積したいという知識欲求が含まれている。 さらには、経験についての整合的な全体像を形成しておきたいという経験知統合欲求が含まれる。
人類は古代より、生老病死の壁、時間の壁、物質の壁、空間の壁に直面してきた。人類の歴史は、これらの壁(限界)を乗り越え、挑戦したいという根源的な欲求によって、発展してきた。
生老病死の壁を乗り越えようとする挑戦的行為は、近代以前には祈祷師が、近代以降は生物学者(医学、薬学研究者)が担ってきた。仏教は、生老病死の壁を乗り越える方法についての思索の集大成だと管理人は考えている。同様に、時間の壁への挑戦は占星術師、後の物理学者、地学者(天文、気象、海洋、火山、地震学者)が、物質の壁の挑戦は錬金術師、後の化学者、地学者(地質、鉱物学者)が、空間の壁への挑戦は魔術師、後の工学者(通信、航空機、自動車、船舶、潜水艇、宇宙船技術開発者)が担ってきたといえよう。

2)外的欲求
外的欲求とは、他者との関係性や他者からの評価に関わる欲求である。これには、名誉欲、権力欲、自己顕示欲、自律欲求、マズローの社会的欲求・承認欲求、等が含まれる。この分類に従えば、「より良い社会を創りたい」という欲求も、外的欲求に含まれる。
ここで留意すべきは、所属する社会の通念や無意識の偏見の影響を受け、外的欲求があたかも内的欲求の如き姿で現れることや。逆に、内的欲求があたかも外的欲求の如き姿で現れることがあることである。

3)身体的欲求
身体的欲求とは、全ての人々が本来的・根源的に共通して持つ、身体の維持・成長のための欲求であり、食欲、色欲、睡眠欲等が含まれる。

4)精神的欲求
精神的欲求とは、心の不満を解消して充足感・平安を得ようとする欲求であり、知識欲、金銭欲、所有欲、物欲、自己向上欲、自己実現欲求等が含まれる。ここで留意すべきは、身体(特に脳)の影響を受け、精神的欲求があたかも身体的欲求の如き姿で現れることがあり、逆に、精神状態の影響を受け、身体的欲求があたかも精神的欲求の如き姿で現れることがあることである。

2.好奇心と探究心
多くの人が、研究の原動力としてその必要性を強調する好奇心とは、一般的には、「今までに見たことのない奇なるものに対して関心を抱く感情」と言えるだろう。日本大百科全書(ニッポニカ)の好奇心の項(小川隆 執筆)では、
好奇心は生得的なものであり、新奇さ、意外さ、複雑さなどの刺激特徴に接して生じるが、何が新奇であり、意外であり、複雑であるかは、経験により異なっているので、実際には習得面とも関係する。また、個体差があり、同じ状況に置かれても好奇心の程度は異なる。
と述べられている。
「生得的なもの」ということから、好奇心は、前節で述べた「内的欲求」と強く関係する感情であり、未知の危険に備える本能に従って、情報を収集しておきたい、あるいは経験知を積極的に蓄積したいという挑戦的な知識欲求に根差した感情が好奇心であるといえよう。このような好奇心は人間だけでなく、猿、鳥、犬他のある程度高等な動物も有している可能性が報告されている。その場合、人と好奇心を有する動物とを分けているのは、蓄積した経験知から整合的な全体像を形成して、それを理解したいという経験知総合理解欲求を有しているか否かの違いだと思われる。この経験知総合理解欲求に根差した感情が探究心であるといえよう。
以上から、好奇心とは、新たな知識を取得することに関心・興味を抱き、経験知を増やそうとする感情であり、探究心とは、得られた経験知について深く理解したいという感情であるように思われる。なお、好奇心も探究心も内的欲求に根差した感情であり、ともに人間の誰もが持つ個人的な感情の1つであることに留意する必要があるように思う。
ある事象について詳しく知りたいという好奇心を抱き、その事象についての理解を深めたいという探究心を持って、種々の先行事例を調べたり、新たな実験や資料解析を試行錯誤的に繰り返しおこなうことは、料理、洗濯、掃除などの日常生活の中でも多くの人が実践していることである。このような探究活動の成果は、個人の知識・知恵として、親から子へと引き継がれることもあるが、その多くは個人に留まっているように思う。

3.研究心
研究心とは、研究しようとする感情である。研究心と探究心の違いを考える場合には、研究と探究の違いを考える必要がある。探究とは、前節で述べたように、
ある事象についての理解を深めたいという探究心を持って、種々の先行事例を調べたり、新たな実験や資料解析を試行錯誤的に繰り返しおこなうこと
と定義できるように思われる。
研究とは何かということについては、さまざまな考えがあるとは思うが、ここでは、「科学の営み」についての考えの延長として、
人々が、時空の壁を超えて共同しておこなう探求活動を通して、普遍的な経験知についての共通した理解を深めるために、試行錯誤的に繰り返しおこなうこと
と定義することを提案したい。研究をこのように定義すると、研究と探究の違いが明確になる。すなわち、探究は探究対象についての理解を深めるための個人的な活動であり、その成果は個人の探究心を満たすか否かで評価されるのに対し、研究は研究対象について人類共通の理解を深めるための社会的な活動であり、その成果は研究対象について人類の共通理解を深めるのに貢献しているか否かで評価されるといえる。このように考えると、研究心とは、研究対象について人類共通の理解を深めたいという感情である。すなわち、探究心が個人的に理解を深めたいという感情に留まるのに対し、研究心は個人の理解を深めたいという感情に、人類共通の理解を深めたいという感情が加わった感情であるといえる。この意味で、探究心は内的欲求に応じた感情であるのに対し、研究心には外的欲求が加わっているといえる。

4.おわりに
探究心は内的欲求に応じた感情であるのに対し、研究心には外的欲求が加わっている。このことは、探究心とその元となる好奇心は、個人の内的欲求を根源としており、その対象については、社会的、倫理的な制約はないことを意味する。しかし、研究心は、個人の理解を深めたいという感情に、人類共通の理解を深めたいという感情が加わっており、その対象については、社会的、倫理的な制約があると管理人は考える。すなわち、学術研究の根源として、好奇心の重要性を強調するとともに、学術研究には社会的、倫理的な制約があることを強く認識する必要があることも強調する必要があると考える。
かって、ネットで出会った
学問が、好奇心ならぬ功名心によって腐っていくんだよ。
というコメントが未だに心に残っている。

posted by hiroichi at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学リテラシー | 更新情報をチェックする
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