2021年05月01日

原発汚染処理水の海洋放出について考えた

2021年5月1日17時48分 一部修正

政府は、東京電力福島第一原発で発生し続けている汚染水を多核種除去設備(ALPS等)で処理したALPS処理水を海に放出する方針を4月13日に正式に決めた。管理人は、人為的放射性物質を海洋に放出することは、その濃度が十分に低くても望ましいことではないと考えている。それは、海中の生物物理化学過程には十分に解明されていないことが数多くあって、生物濃縮、再懸濁(海底に堆積した後に再び海中に巻き上がる現象)などによって魚介類が汚染される懸念を完全に払しょくすることができないからである。また、一旦、海中に広がった物質を回収することは不可能だからである。さらに、海洋は有限であって、有害物質の海洋放出による被害を防ぐためには、濃度規制ではなくて、総量規制をおこなう必要があると考えているためである。

海洋への放出に断固反対し、陸上で保管・処分することを強く主張することも一つの選択肢ではあるが、福島の復興を進めるためには、東京電力福島第一原発敷地内に大量に蓄積された原発汚染処理水を何らかの形で、廃炉と合わせて処分する必要があることには同意する。そこで、自分が、ALPS処理水の海洋放出止むを得ない処分方法であるとして同意するためには、どのように処分するのが良いのかを考えてみた。以下にその詳細を述べる。

なお、東京大学大気海洋研究所と米国のウッズホール海洋研究所がオンラインで3月4日に開催した、東京電力福島第一原発事故で何が起き、海洋と社会にどのような影響を与えたのか、そしてそこから学ぶべきことに関する国際シンポジウム「福島と海:海洋研究10年の軌跡」の内容が以下の寄稿でまとめられている。海洋に放出される放射性物質についての最新の研究の概要を伝える資料として、参照されたい。

米国ウッズホール海洋研究所広報誌「Oceanus」記事(2021年4月1日オンライン発表)
Fukushima Dai-ichi and the Ocean:A decade of disaster response
By Laura Castañon
日本語訳:福島第一と海:災害対応の10年間を語る

1.政府の説明
経済産業省は、政府の決定に対応して、4月13日付けで、その「ALPS処理水の取扱い」と題するウェブサイトの「ALPS処理水の処分に関する基本方針を決定しました(令和3年4月13日)」と題する記事で、資源エネルギー庁作成の解説動画「ALPS処理水に関するお知らせ」とリーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」を公開している。また、このリーフレットの内容の詳細を「『復興と廃炉』に向けて進む、処理水の安全・安心な処分~ALPS処理水の海洋放出と風評影響への対応」で解説している。

これらの資料によると、経済産業省資源エネルギー庁は、ALPS処理水の海洋放流による漁業などへの風評被害の発生が危惧される原因は、ALPS処理水を希釈して海洋に放出ことについての国民の理解が十分ではないことにあると考え、十分に希釈されて海洋に放出されるトリチウム水が有害ではないことの理解増進を目指していることが窺える。これに応じて、マスコミの多くは、リーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」に記載されている内容を基に、トリチウムの海洋放流の安全性を強調し、風評被害への対応に重点をおいた記事が多いように思う(例えば、NHK NEWS WEBの4月13日付けの記事:【詳報】処理水 海洋放出の方針 理解はどこまで…? 風評対策は? )。また、いわゆる専門家の中にも、「福島の復興」や「風評被害防止」のため、このリーフレットの記載内容をそのまま受け入れて、ALPS処理水の海洋放流を強く支持し、政府方針の理解増進を支援するための発言を繰り返している人もいる。
しかし、ALPS処理水を海に放出する方針に基本的には反対している管理人は、資源エネルギー庁の説明の細部を詳細に吟味し、確認した後でなければ、政府方針をそのまま受け入れることはできない。以下、政府方針を国民に分かり易く説明する資料として作成されたと思われる資源エネルギー庁のリーフレットの内容を検証する。

1.1.保管されているALPS処理水は、規制基準を満たしているのか?
資源エネルギー庁作成のリーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」では、汚染水を処理したALPS処理水の処分が、廃炉の安全・着実な進展と福島の復興のために必要であることを訴えている。しかし、資源エネルギー庁は、そのウェブサイト「スペシャルコンテンツ」に掲載されている2018年10月25日付け記事「安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策①『ALPS処理水』とは何?『基準を超えている』のは本当?」で、「環境へ処分する際の基準を満たしていない処理水が8割を超えている」ことを認めている。


また、経済産業省は4月13日付けニュースリリース「東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の定義を変更しました」を発表し、その中で、
過去に発生した浄化装置の不具合や、汚染水が周辺地域に与える影響を急ぎ低減させるための処理量を優先した浄化処理等が原因で、現在、タンクに貯蔵されている水の約7割には、トリチウム以外にも規制基準値以上の放射性物質が残っています。
と述べている。すなわち、現在、大量に保管されている処理水の約7割には、トリチウム以外の放射性物質が十分に除去されずに残っているのである。この意味で、保管されている約7割は汚染水である。

ここで問題となるのは、資源エネルギー庁作成のリーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」では、タンクに貯蔵されている水の約7割は「ALPS処理水」ではなくて、トリチウム以外にも規制基準値以上の放射性物質が残っている汚染水であることに触れずに、「汚染水」ではない「ALPS処理水」が大量に蓄積されており、この「ALPS処理水」を海洋に放出することの緊急性を訴えていることである。保管されている「汚染水」が地震などにより流出することこそが、処分を急ぐ理由であることを説明すべきと思う。

1.2.ALPS処理水にはトリチウム以外の放射性物質はふくまれていないのか?
資源エネルギー庁作成のリーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」の「Q1 ALPS処理水とは?」では、「ALPS処理のプロセス」の説明図や「もしトリチウム以外の放射性物質が含まれていた場合には?」という記述によって、トリチウム以外の放射性物質はALPS処理によって汚染水から完全に取り除かれているかのような印象を与えている。しかし、実際には、Yahoo! Japanニュース4月14日配信記事「原発処理水にはトリチウム以外に12の核種が残留…『国民に事実を』と指摘したのは自民・原発推進派」(元記事は、日刊ゲンダイDISITAL、4月14日付け記事)で紹介されている自民党「処理水等政策勉強会」代表世話人・山本拓衆院議員の以下の発言にもあるように、ALPS処理水にはトリチウム以外の核種が残存している。
東京電力が2020年12月24日に公表した資料によると、処理水を2次処理してもトリチウム以外に12の核種を除去できないことがわかっています。
参考:福島第一原子力発電所多核種除去設備等処理水の二次処理性能確認試験結果(終報)、2020年12月24日、東京電力ホールディングス株式会社福島第一廃炉推進カンパニー

なお、上に挙げた経済産業省の4月13日付けニュースリリース「東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の定義を変更しました」では、
4月13日に決定した基本方針において、ALPS処理水の処分の際には、2次処理や希釈によって、トリチウムを含む放射性物質に関する規制基準を大幅に下回ることを確認し、安全性を確保することとしていますが、上記の経緯から、規制基準値を超える放射性物質を含む水、あるいは汚染水を環境中に放出するとの誤解が一部にあります。

今後は、「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」のみを「ALPS処理水」と呼称することとします。
と述べている。しかし、4月13日に決定した基本方針の4ページ末尾から5ページ冒頭で、「ALPS処理水」を「多核種除去設備等により、トリチウム以外の放射性物質について安全に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化した水」と明確に定義しており、上に挙げた経済産業省の「ALPS処理水の再定義」は、「ALPS処理水」の当初の定義を繰り返しているだけであり、「ALPS処理水」にはトリチウム以外の核種は含まれていないという、これまでの説明が虚偽であったことを隠ぺいしていると言わざるを得ない。

「トリチウム以外の放射性物質の濃度が規制基準値以下であるから、ALPS処理水には、トリチウム以外の放射性物質は含まれていないと言っても良い」という考え方は、濃度と含有量を混同した捉え方である。資源エネルギー庁が「風評影響への対応に向けた今後の取組」で掲げる「科学的な根拠に基づくわかりやすい情報発信を行います」という言葉を自ら裏切っているように思える。

1.3.保管されている汚染水はどのように処理されるのか
基本方針の5ページに脚注として「トリチウム以外の放射性物質については、原子炉等規制法に基づく告示に定められた、液体状の放射性廃棄物のみを安全に環境中へ放出する際の基準を、希釈前に下回ることとしている」と記している。また、基本方針の9ページ(2)風評影響を最大限抑制するための放出方法の①では、
ALPS 処理水の海洋放出については、同処理水を大幅に希釈した上で実施することとする。海洋放出に先立ち、放射性物質の分析に専門性を有する第三者の関与を得つつ、ALPS 処理水のトリチウム濃度を確認するとともに、トリチウム以外の放射性物質が安全に関する規制基準を確実に下回るまで浄化されていることについて確認し、これを公表する。
と述べている。すなわち、汚染水に含まれているトリチウム以外の放射性物質の濃度を低下させる方法としては、現行法下では、「除去」しかなく、「希釈」はありえないことになっている。

しかし、経済産業省は4月13日付けニュースリリース「東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の定義を変更しました」の中で、
4月13日に決定した基本方針において、ALPS処理水の処分の際には、二次処理や希釈によって、トリチウムを含む放射性物質に関する規制基準を大幅に下回ることを確認し、安全性を確保することとしています
と述べている。この文は、大量のトリチウムを含むALPS処理水を海洋に放流する前に希釈することを含んでいるので、誤りではないが、
4月13日に決定した基本方針において、タンクに貯蔵されている水の約7割に含まれている規制基準値以上のトリチウム以外の放射性物質については、二次処理によって、規制基準を大幅に下回ることを確認し、さらに、トリチウムを含む放射性物質に関する規制基準を大幅に下回るように希釈にして放出することとしています
のように、汚染水中のトリチウム以外の放射性物質の除去については、希釈ではなくて、二次処理でおこなうことを明確に示す記述になっていない。このため、その意図に関係なく、「希釈」がトリチウム以外の放射性物質に関する規制基準を満たす方法の一つであることを否定していないかのように読み取られる余地を残している。

ただ、これらの[環境へ処分する際の基準を満たしていない]ALPS処理水は、そのまま環境中へ放出されるわけではありません。今後、環境中へとALPS処理水を放出する場合は、②の[環境へ処分する際の]規制基準を満たすことが当然おこなわれます。

さらに東京電力は、ALPS処理水を環境中へと処分する場合には、その前の段階でもう一度浄化処理(二次処理)をおこなうことによって、取り除くことのできないトリチウム以外で②の[環境へ処分する際の]基準値を満たすようにする、という方針を示しています。この二次処理は、安全を守ることはもちろん、皆さんに安心していただくためにという観点から取り組むものです。二次処理には、ALPSなどの装置を使用する方法が検討されています。
と述べている([]カッコ内の文言は管理人が追記)。この説明では、東京電力では、「皆さんに安心していただくために」ALPSなどの装置を使用する「二次処理」を検討しているが、資源エネルギー庁は、環境へ処分する際の基準を満たしていないALPS処理水を環境中に放出する場合は希釈してから放出することも考えているかのように読めてしまう。

上の2つ資料で、
トリチウム以外にも規制基準値以上の放射性物質が残っている水に含まれるトリチウム以外の放射性物質については。ALPSを用いた二次処理によって、希釈前の規制基準値以下する
ことをと明言していない。このことが、今後、方針および現行法規を変更して、二次処理せずに、希釈のみで規制基準値に対応することを目論んでいるのではないか、との疑念を抱かせる源になっている。

ALPS処理水の海洋放出について、それを国民が十分に理解し、風評被害を防ぐ防ぐ為には、保管されている汚染水中のトリチウム以外の核種は、希釈する前に、ALPSを用いた二次処理によって基準を下回るまで除去されることを、繰り返し明言する必要がある。

1.4.ALPS処理水と通常の原発廃水は同じか
資源エネルギー庁作成のリーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」の「Q3 海洋放出は安全な処分方法なのか?」で、
(トリチウムの放出は)世界中の数多くの原子力施設で実績があり、安全性に関する世界共通の考え方に基づいて実施されています、
と述べている。これについて、先に挙げたYahoo! Japanニュース4月14日配信記事「原発処理水にはトリチウム以外に12の核種が残留…『国民に事実を』と指摘したのは自民・原発推進派」では、「通常の原発でも海に流している」という報道に対する山本拓衆院議員の
通常の原発でも海に流している」という報道に対する「ALPS処理水と、通常の原発排水は、まったく違うものです。ALPSでも処理できない核種のうち、11核種は通常の原発排水には含まれない核種です。通常の原発は、燃料棒は被膜に覆われ、冷却水が直接、燃料棒に触れることはありません。でも、福島第1原発は、むき出しの燃料棒に直接触れた水が発生している。処理水に含まれるのは、“事故由来の核種” です
という発言を紹介している(正確には、国内の通常の原発排水は、燃料棒の周りの加熱された真水を冷却する際に使用される海水である)。すなわち、世界中の数多くの原子力施設で実績があることは、トリチウムを含む通常の原発廃水の安全性を示してはいても、福島第一原発のALPS処理水の安全性を示すことにはならないのである。

なお、山本拓衆院議員は、万一、福島第一原発のALPS処理水による被害が生じた場合、通常の原発廃水も被害を起こす可能性が高いと国民の多くが考え、原発推進が妨げられるのを危惧して、上の発言をしたものとの思われる。

1.5.希釈されて海洋に放出されたトリチウムは無害か?
資源エネルギー庁のサイト「スペシャルコンテンツ」に掲載されている2018年11月30日付け記事「安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策③トリチウムと「被ばく」を考える」で、人がトリチウムから受ける影響について解説している。それを要約すると、以下のようになる。
1)外部被ばく
人が体の外にあるトリチウムから出るベータ線を受けたとしても、皮膚で止まってしまうため、体の外にある放射性物質から人が影響を受ける「外部被ばく」は、トリチウムではほとんど発生しない。
2)内部被ばく
トリチウムは、“水素のなかま” で、酸素と結びつくことで水とほとんど同じ性質の「トリチウム水」として自然界に存在しており、現在までの研究では、たとえトリチウム水を飲み込んでしまった場合でも、通常の水と同じように外へ排出され、特定の臓器などの体内に蓄積されていくことはないと見られている。
3)生物濃縮
「生物濃縮」とは、ある物質が生物の体内に取り込まれたのち排出されずに蓄積され、それが食物連鎖でさらに上位の生物に取り込まれることを繰り返すことで、どんどん濃縮されていくという現象である。水と同じようにほとんどが生き物の体の外へ排出され、体内に蓄積されることはないため、現在までの研究では、水の状態のトリチウムが生物濃縮を起こすことは確認されていない。
4)有機結合型トリチウム(OBT)
炭素や水素などでつくられた化合物「有機物」において、水素原子がトリチウムと置き換えられた(有機結合)物質を「有機結合型トリチウム(OBT)」という。人体内に取り込まれたOBTの多くは40日程度で体外に排出され、一部は排出されるまで1年程度かかる。OBTの健康影響をトリチウム水と比較すると2~5倍程度となるが、ほかの放射性物質とくらべて特別に健康影響が大きいとはいえず、セシウムから受ける健康影響の約300分の1である。
5)遺伝子損傷
トリチウム原子がヘリウム原子に変化することで遺伝子にもたらされる影響は、自然界と同程度の放射線による被ばくの場合、測定可能なレベルのものにはならないと考えられる。

上の説明の1)、2)、4)、5)は、世界各国・機関で定められている飲料水のトリチウム濃度限度(柿内秀樹「トリチウムの環境動態及び測定技術」日本原子力学会誌 Vol.60 No.9(2018)P31-35)から、世界で受け入れられているように安全だと考えても良いと、管理人は思う。しかし、3)については、微生物を含む食物網(以前は「食物連鎖」と呼ばれていたが、微生物が複雑に関係していることから、最近では「食物網」と呼ばれる)を通した生物濃縮に言及していない点で不十分である。

世界各地の原発から大量に放出されたトリチウムが生物濃縮によって魚介類に蓄積されとの報告はこれまでされていないが、福島第一原発事故のALPS処理水を海洋放出によって海洋に新たに負荷されるトリチウムを含む放射性物質が、食物網(以前は「食物連鎖」と呼ばれていたが、微生物が複雑に関係していることから、最近では「食物網」と呼ばれる)を通した生物濃縮によって魚介類に高い濃度で取り込まれ、放射性物質汚染被害が発生する可能性を完全に否定することができない。それは、取水された海水が原発内で冷却水として使用された後、速やかに海洋に放出される通常の原発廃水とは異なり、福島第一原発事故のALPS処理水は長期間、陸上のタンク内に保管されたものだからである。東電汚染処理水タンクでは細菌が繁殖し、OBTが生成されている可能性を岩倉政城さんが2020年6月20日にFacebookで指摘している。この指摘が正しいのであれば、ALPS処理水に含まれるトリチウムの生物濃縮による影響の評価については、再検討が必要になると思われる。

1.6.ALPS処理水の海洋放出はIAEA(国際原子力機関)で認められているのか
リーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」の内容の詳細説明資料「『復興と廃炉』に向けて進む、処理水の安全・安心な処分~ALPS処理水の海洋放出と風評影響への対応」で、2020年2月に取りまとめられた「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書」について紹介し、
この報告書については、国際原子力機関(IAEA)から、「科学的な根拠に基づくものである」という評価を受けています
と述べている。しかし、IAEAがALPS処理水の海洋放出を認めているのか、否かは、この説明では分からない。4月14日付け時事ドットコムニュースの「IAEA、技術協力を表明 海洋放出、「国際慣行に沿う」」と題する記事で、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は13日、日本政府が東京電力福島第1原発から出る放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出を決めたことを受けて声明を出したことを報じている。その中で、海洋放出について、「安全性や環境への影響の評価に基づいた規制の下、世界で日常的に行われている」と指摘したことを紹介している。

もしも、この報道が事実ならば、IAEAは、福島第一原発のALPS処理水と通常の原発廃水と同じであると誤認していることになる。ALPS処理水の海洋放出について国際的な合意を得るためには、ALPS処理水についての詳細な資料をIAEAに示し、その海洋放流についての理解・承認をIAEAから得る必要がある。

1.7.海洋放出が最善の方法なのか
資源エネルギー庁作成のリーフレット「ALPS処理水の海洋放出による風評影響への対応」の「Q2 ALPS処理水はなぜ処分しなければならないのか?」では、「ALPS処理水の処分は、廃炉の安全・着実な進展と福島の復興のために必要なことです」と述べているが、海洋放出を選択した理由を述べていない。このリーフレットの説明資料「「復興と廃炉」に向けて進む、処理水の安全・安心な処分~ALPS処理水の海洋放出と風評影響への対応」の中の「ALPS処理水をどう処分するか、重ねられた議論」では、
ALPS処理水を今後どうするべきかについて検討が始められたのは、2013年のこと。以降6年以上にわたって、専門家や有識者が、技術的観点と社会的観点から議論を重ねてきました。議論は2020年2月に「報告書」のかたちで取りまとめられました。
と述べているものの、海洋放出を選択した理由を明示してはいない。2020年1月31日付けの「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書」の5~7ページに、
ALPS 処理水の取扱いについて、様々な選択肢について評価することを目的に、汚染水処理対策委員会の下にトリチウム水タスクフォース(以下「タスクフォース」という。)を設置し、2013年12月25日より検討を開始し、2016年6月3日に報告書を取りまとめた。

タスクフォースでは、福島第一原発におけるALPS 処理水の長期的取扱いを決定するための基礎資料として、トリチウムに関する科学的な情報の整理を行うとともに、地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出及び地下埋設について検討を行い、基本要件(規制成立性・技術成立性)や、制約となりうる条件(期間・コスト・規模・二次廃棄物・作業被ばく等)について検討を行った。

また、トリチウムの分離技術については、2015 年度にトリチウム分離技術検証試験事業を実施し、「(ALPS 処理水*の量、濃度を対象とした場合)ただちに実用化できる段階にある技術は確認されなかった」と評価されており、タスクフォースにおいて詳細が報告された。

なお、タスクフォースの報告書では、「風評に大きな影響を与えうることから、今後の検討に当たっては、成立性、経済性、期間などの技術的な観点に加えて、風評被害などの社会的な観点も含めて、総合的に検討を進めていただきたい」と、その後の検討について付言された。
との記載があり、76ページの表2には、タスクフォースの検討結果(制約となりうる条件)が示されている。この表によると、海洋放出以外の方法のコストが200億円から2400億円であるのに対し、海洋放出のコストは34億円と見積もられている。

タスクフォースの報告を受けて、2016年9月に設置された「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)」が。ALPS処理水の取扱いについて、風評被害など社会的な観点等も含めて、総合的な検討を行っている。

ALPS小委員会報告の23ページの表5には、各処分方法の社会的影響の特徴をまとめて示し、
社会的な影響については、心理的な消費行動等によるところが大きいことから、その影響量について、一定の仮定のもとに見積もることはできるものの、総合的に大小を比較することは難しいと考えられる。
として、海洋放出の社会的な影響が特に他の処分方法に比べて小さいとはしていない。なお、表5の中で、海洋放出の影響として、
  • 県外とは海で繋がっているため、県外まで広く影響を与えうる。ただし、陸域への影響は限定される。
  • 海外からの輸入規制にまで発展すると県外にも大きく影響を与えうる。
  • 放出経路が海洋のため、主に水産物を扱う業者に影響を与えうる。
  • また、海水浴客やサーファーなど観光産業の一部に影響を与えうる。
  • 一方、地元での食材摂取などへの懸念から、観光が忌避され、宿泊業や飲食業、公共交通機関などでの消費が落ち込む可能性がある。
を挙げ、「海外への影響」については、「考慮する必要がある」とのみ述べている。

次いで、処分方法の技術的観点からの検討結果として、
これまでトリチウムの処分において前例のない3 つの選択肢(地層注入、水素放出、地下埋設)は、規制的、技術的、時間的な観点からより現実的な選択肢としては課題が多いことから、前例のある水蒸気放出及び海洋放出が現実的な選択肢である。
と述べている。さらに、水蒸気放出及び海洋放出について、そのメリット、デメリットを整理し、以下の水蒸気放出のデメリットを列挙している。
  • 水蒸気放出では、ALPS処理水に含まれるいくつかの核種は放出されず乾固して残ることが予想され、環境に放出する核種を減らせるが、残渣が放射性廃棄物となり残る。
  • 液体放射性廃棄物の処分を目的とし、液体の状態から気体の状態に蒸発させ、水蒸気放出を行った例は国内にはない。
  • 水蒸気放出では、放出後の拡散について、地表への沈着後、大気への蒸散が起こるため事前に予測することが難しく、モニタリング等の対策を検討する際に課題となる。
  • 降雨や風向等の気象条件によって生じるモニタリング結果のばらつきが海洋放出と比べると大きいことが想定される。
  • 社会的な観点では、水蒸気放出を行うことにより影響を受ける産業は、海洋放出より幅広い産業であることが想定される。
それに続いて、上に挙げた水蒸気放出のデメリットを補う海洋放出のメリットを挙げている。ALPS小委員会報告の25ページの「➂水蒸気放出及び海洋放出のメリット及びデメリットについて」の冒頭では、
こうした社会的な観点、技術的な観点を踏まえ、水蒸気放出及び海洋放出について、そのメリット、デメリットを整理すると以下のとおりとなる。政府が、こうした点を踏まえながら、地元をはじめとする幅広い関係者の意見を聞きながら、最終的に判断を行うことを期待する。
として、海洋放出を推奨する判断を保留している。しかし、報告書の「5.まとめ③ALPS処理水の処分方法について」の中では、
海洋放出について、国内外の原子力施設において、トリチウムを含む液体放射性廃棄物が冷却用の海水等により希釈され、海洋等へ放出されている。これまでの通常炉で行われてきているという実績や放出設備の取扱いの容易さ、モニタリングのあり方も含めて、水蒸気放出に比べると、確実に実施できると考えられる。
と海洋放出を推奨する文となっている(報告書の40ページ)。この文の一節「確実に実施できる」が、政府の基本方針の4ページで引用されており、上の文が海洋放出を選択した主な理由であることになる。

上に述べたALPS小委員会での検討過程と結果を読むと、表5で示された各処分方法の社会的影響についておこなわれた評価に疑問が残る。それは、各処分方法の社会的影響の大小を総合的に比較することは難しいとすることで、社会的影響の大小を処分方法選択の評価の対象にしていない点である。海外への影響詳細に検討すれば、地層注入・地下埋設(地下水への漏えい経由)の影響が、海洋放出に比べて格段に小さくなるように思える。タスクフォースが各処分方法の比較検討をおこなった2013 年12 月から2016年6月の期間中の2015年9月に、国連サミットでSustainable Development Goals(SDGs, 持続可能な開発目標)が採択された。その目標14には「豊かな海を守る」が掲げられ、また、近年、海洋プラスチックゴミ問題が注目を集め、海洋環境保全への関心が高まっている。ALPS小委員会は、「海外への影響」については、「考慮する必要がある」と述べていながら、SDGs他との関連を詳細に検討していない。

ALPS水の処分方法の技術的観点からの検討に際し、前例の有無を重視していたことにも疑問が残る。今後、世界中の原発がその寿命を終えて廃炉となることから、新たなALPS処理水の処分技術への需要が高まることが予想される。この状況で、実績や容易さを優先して、処分技術開発の可能性を追究していないのは、産業育成の視点を欠いていると思う。

1.8.まとめ
資源エネルギー庁リーフレットおよび関連資料の記載内容を検証した結果をまとめると、以下のようになる。
  1. タンクに保管されている水の7割は、ALPS処理水の規制基準を満たしていない汚染水である。
  2. 保管されている汚染水中の放射性核種は、ALPSによる二次処理で規制基準以下になるまで除去されることになっているが、「希釈」で対処されるのではないかという懸念が残る。
  3. 規制基準を満たすALPS処理水にはトリチウム以外の核種が残存しており、通常の原発廃水と同じではない。
  4. 希釈されて海洋に放出された通常の原発廃水に含まれるトリチウムは許容範囲内であると思われるが、長期保管された福島第一原発ALPS処理水には、有機結合型トリチウムが含まれている可能性があり、ALPS処理水中のトリチウムの生物濃縮による影響を再評価する必要がある。
  5. 通常の原発廃水と異なる福島第一原発のALPS処理水の海洋放出をIAEAが支持しているとは必ずしも言えない。
  6. 海洋放出は、実績や放出設備の取扱いの容易さ、モニタリングのあり方を考慮して選択された。その際、社会的・国際的影響の大小は考慮されていない。
現在公開されている資源エネルギー庁リーフレットの記載内容を上に述べた検証結果を十分に反映させた内容に改訂するのが、ALPS処理水の海洋放流が科学的な根拠に基づいて国民に容認される必要最低限な条件である。

2.ALPS処理水の海洋放流による風評被害を防止する方策
多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書」の29ページには、
風評被害は、安全が関わる社会問題(事件・事故・環境汚染・災害・不況)が報道され、本来『安全』とされる食品・商品・土地・企業を人々が危険視し、消費や観光をやめることによって引き起こされる経済的被害であると考えられ、放射線の影響による直接の「事実上の損害」とは区別して考えられる。
と述べられている。しかし、このように風評被害を人々の理解不足に起因する被害と定義し、その対策を詳細に考えてもることは、風評の源である人々の不安を和らげることにはならないと管理人は考える。

ALPS処理水を福島第一原発地先から放流することに対する風評被害の源は、福島県及び隣接県の沿岸海域と、そこで漁獲される魚介類が放射性物質で汚染される危険に晒されていることへの懸念と恐れである。人体に影響をおよぼさない規制基準を定め、その規制基準を満たす状況になるように万全な対策を施していることを十分に理解している人でも、何らかの事故が発生した時にパニックに陥り、容易に風評に惑わされる。あるいは、既存の規制基準を定めた際に採用されていた科学的根拠を覆す新たな知見が発表された時に、その知見が科学的に検証されていないにもかかわらず、既存の規制基準が否定されたと考え、パニックに陥る人もいる。

NHK NEWS WEBの記事「福島県沖の海域 国がクロソイの出荷制限を指示」lによると、4月19日に、
福島県によりますと、今月1日、南相馬市鹿島区沖の水深37メートルの海で採取した魚のクロソイについて県が検査したところ、1キロ当たり270ベクレルの放射性セシウムが検出され、国の食品の基準である1キロ当たり100ベクレルを上回りました。
との報道がされたおこなわれている。福島県沖では、今年2月にも試験的な漁で水揚げされたクロソイから基準を超える放射性物質が検出され、福島県漁連は、出荷を自粛していたとのことである。東日本大震災から10年が過ぎたというのに、このようなモニタリングと出荷規制をおこなっていることが詳細に報道されていることにより、風評被害が未然に防止されているのが現状である。

希釈されたALPS水(希釈ALPS水)は、福島第一原発地先から放出された後、岸沿いに広がり、沿岸域に暫く留まった後、潮汐流や吹送流によって徐々に濃度を低下させながら沖合に広がり、その後、周囲の海水と混合しながら、沖合の流れによって世界の海に広がる。この移動・拡散中の生物化学過程により、希釈ALPS水中のさまざまな物質の一部は、海底に沈降して堆積する、あるいは、微生物やプランクトンに取り込まれて、海洋食物網によって生物濃縮を起こすと考えられている。これらの影響は、希釈ALPS水の濃度が高い福島第一原発地先およびその周辺で大きいことが予想される。そのため、その風評被害を防止するためには、福島第一原発地先およびその周辺海域では、現行以上に厳しいモニタリングをおこなわなければならなくなる。このような新たな負担を福島第一原発地先およびその周辺海域の漁業者に意図的に強いることを国の政策としておこなうことを、管理人は許容できない。

ALPS処理水の海洋放出の風評被害を完全に防止するためには、その実施についての国際的な合意を得るために多くの外交交渉が必要であるが、福島第一原発地先から放出するのではなく、新たに建造するALPS処理水運搬処分船でALPS処理水を黒潮沖側まで運び、そこで表層下(例えば、300 m層)から汲み上げた海水と混ぜて、希釈ALPS処理水を作り、取水層より浅い層(例えば、200 m層)から放出するしかないように管理人は思う。ここで、ALPS処理水は真水であるので、希釈ALPS処理水の密度は取水層の海水の密度より軽くなる。このため、放水深度を取水深度より浅くしないと、取水する海水に希釈ALPS処理水が混入することになる。また、多くの水産資源生物が生息する表層に希釈ALPS処理水を放出しないためには、希釈ALPS処理水の密度を表層水の密度より大きくする必要がある。その他また、ALPS処理水運搬処理船の船体構造については、転覆・沈没・座礁事故時にALPS処理水が海中に流出しないための設備が必要である。同時に、ALPS処理水中のトリチウムを含む放射性物質をさらに除去する技術の開発を最大限の努力をもって迅速に進めることも必要不可欠である。

3.おわりに
おそらく、上に述べたALPS処理水の沖合洋上放出には膨大な経費を要するが、これが実現できれば、福島県他の沿岸海域の海とそこで漁獲される魚介類についての風評被害が生じることは皆無となる。ただし、沖合洋上放出によって魚介類への影響が生じた場合には。その責任は、我が国全体で負うことになる。ALPS処理水を海洋放出するならば、福島第一原発地先からの海洋放出で福島県他の沿岸海域の関係者のみに負担を強いるのではなくて、沖合洋上放出で全国民が責任を分かち合う方が良いと管理人は考える。

政府は、東京電力福島第一原発で発生し続けている汚染水を多核種除去設備(ALPS等)で処理したALPS処理水を希釈して福島第一原発地先から海に放出する方針を4月13日に正式に決めた。その15ページの「6.終わりに」の中で
② もちろん、既に風評影響に対する強い懸念を示す方もいる中で、ALPS 処理水の海洋放出を行うことは、政府として重大な決断であると認識している。政府として、決して風評影響を生じさせないとの強い決意をもって対策に万全を期す。
③ とりわけ、風評影響への対応については、さらに、広く関係者にも参加いただきつつ議論を続け、その不断の見直しを図り、政府一丸となって、決して風評が固定化することのないよう対策を講じていく。
と述べている。ALPS処理水の海洋放流による風評影響を防ぐために理解増進を図る時には、不都合な情報も含めて提示することが不可欠である。そのためには、現状では、多くの人に不信感を抱かせる内容になっている資源エネルギー庁のリーフレットの内容を、福島第一原発汚染処理水の保管状況から、海洋放出を選択した理由までを明確に国民に分かり易く説明するように、早急に大幅に改訂する必要がある。それを基に、できるだけ福島県および隣接権の漁業者にこれまで以上の負担をかけないためにどうしたらよいのかを、関係者が集って、処分方法の見直しを含めて再検討することを望む。

posted by hiroichi at 02:24| Comment(0) | 海のこと | 更新情報をチェックする
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