ウォーレス・ブロッカー氏(米科学者)AP通信によると18日、ニューヨークの病院で死去、87歳。数カ月前から体調を崩していた。「地球温暖化」という言葉を広めたという文言が注目されたせいか、日本経済新聞、毎日新聞、いくつかの地方紙とニュースウェブサイトに、同じ文面、写真で掲載された。しかしながら、上の記事では、ブロッカーさんが、2004年に製作されたアメリカ映画「デイ・アフター・トゥモロー」の基となった「海のコンベアーベルト」の模式図を初めて提示したことに言及されていない。以下、その補足など。
中西部シカゴ生まれ。長年、教授を務めるなどコロンビア大を拠点に気候変動を研究した。大気中の二酸化炭素(CO2)の濃度が上昇すれば気候が温暖になることを75年に指摘し「地球温暖化」という言葉が広く使われるきっかけとなった。(ニューヨーク共同)
1.海のコンベアーベルトの模式図
「海のコンベアーベルト」とは、風による表層の海洋循環と海面冷却によって生じた深層水の広がりとが世界規模でつながっていることを示す模式図である。
日本海洋学会教育問題研究会ウェブサイトより転載
上の図の元図は、以下の文献に掲載されている。
Broeker, W.S. (1991): The great ocean conveyor. Oceanography, 4(2), 79–89,
https://doi.org/10.5670/oceanog.1991.07.
https://tos.org/oceanography/assets/docs/4-2_broecker.pdf(全文ダウンロード可)
この図は、地球温暖化によって、グリーンランド沖での海面冷却量や表層塩分が低下して、深層水の生成量が減少すると、北大西洋表層への暖水の供給も減少し、ヨーロッパは寒冷化する可能性があることを模式的に示すための図だったが、the Global Change Research Initiative(世界気候変動研究計画)のロゴとして、世界中に広まった。それは、その制作意図とは別に、この図が、「世界の海は一つにつながっている」ことを明確に伝える画期的な図であり、「月から昇る地球」の写真と並んで、人々に地球環境を考える契機を与えた画期的な図だと、多くの人が感じたためではないか管理人は考えている。
2.解説
「海のコンベアーベルト」は以下のように説明される。
グリーンランド沖海面で高塩分な海水が十分に冷やされると、中層の海水より重くなり、深層まで沈降する。沈降した深層水は大西洋西岸の深層を南下する。大西洋から南氷洋深層に達した深層水は、南極大陸沖合の深層で、南極大陸ウェデル海で生成した深層水と合流して東に向かって流れ、その一部はインド洋を北上し、インド洋で表層に上昇する。南極大陸沖合の深層を東に向かう残りの海水は、太平洋を北上し、太平洋で表層に上昇する。太平洋で表層に上昇した海水は、表層をインドネシア多島海を通過して、インド洋に入る。インド洋で、太平洋とインド洋で表層に上昇した海水が合流して、大西洋に入り、大西洋を北上しながら高塩分化、昇温して、グリーンランド沖に戻る。この結果、ヨーロッパは温暖になっている。
地球温暖化が進み、グリーンランドの氷が融けることで塩分が低くなる、あるいは海面冷却が十分ではなくなると、深層水の生成量が減少し、その結果、「海のコンベアーベルト」が弱くなると、グリーンランド沖の表層に運ばれる高温な海水の量が減り、ヨーロッパは寒冷化すると予想される。
参考:
Eric J. Lindstrom (NASA): Oceanic Conveyor Belt Background, The Ocean Motion website.
http://oceanmotion.org/html/background/ocean-conveyor-belt.htm
この循環は、深層水中の酸素量が北大西洋、南大西洋、南太平洋、北太平洋の順に少なること、表層の動植物プランクトンの死がいを元とするリン酸塩などの栄養塩の濃度が北大西洋、南大西洋、南太平洋、北太平洋の順に多くなること、表層下で水温が深さとともに急変する水温躍層が海洋の至る所にあることから示唆される湧昇流の存在を矛盾なく説明する。ただし、上の模式図は、非常に単純化した海水循環像であり、実際には、もっと複雑である。「海のコンベアーベルト」が提案された以降、様々な研究がおこなわれている。「海のコンベアーベルト」は深層と表層の2層であったが、大西洋、太平洋、インド洋別に3層の鉛直循環が南極周極流でつながているという考え方が広がっている。なお、ブロッカーさんは、上の論文(総説)の最後に、
「海のコンベアーベルト」は地球システムの多くの要素の一つに過ぎない。
と述べている。その他、上の論文(総説)のは、興味深い記述が多い。最初と最後の章だけでも一読されることを推奨する。
3.駆動力
加熱・冷却や蒸発・降水が海域によって異なることから生じる海水循環を熱塩循環という。これに対し、海面に働く風の力(海面風応力)が海域によって異なることから生じる海水循環を風成循環という。表層循環と深層循環は、海水が移動する深度による区別である。なお、海洋循環は、太平洋、大西洋などの海盆別の海水循環であり、海洋大循環は、複数の海盆をまたぐ海水循環であるとする人もいる。表層循環は、風成循環である。それに対し、深層循環は、冷却によって深層に沈降した深層水の広がりであるため、熱塩循環と考えられている。ただし、深層循環の強さは海水の沈降の原因となる冷却や蒸発のみならず、海面の風の影響も受けていることが指摘されており、風成熱塩循環とも考えられている。「海のコンベアーベルト」は深層循環と表層循環を結びつけた海洋大循環の模式図である。なお、海洋の循環が気候変動に果たす役割を明らかにするために、特に大西洋の鉛直循環に注目して,子午面鉛直循環(Meridional Overturning Circulation, MOC)と呼んでいる。
4.おわりに
ブロッカーさんの業績についてはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』英文版に詳しい。
旭硝子財団1996年ブループラネット賞を受賞されている(その英文記録、PDF)。また、川幡穂高さん他の訳で、2013年12月に著書「気候変動はなぜ起こるのか 」が刊行(ブルーバックス)されている。
共同通信の配信記事にこれらの事が記載されていないかったのは、残念であった。
ラベル:報道
コメントをありがとうございます。
> この説の分からないところは、「地球温暖化の結果、ヨーロッパが寒冷化する。」という結果が矛盾しているのではないかということです。寒冷化すれば、またグリーンランドの氷は凍るのだから、再び湾流は流れ始め、負のフィードバックが働き問題が起きないか、あるいは振動するかのいずれかのように思えるのです。
地球気候はこれまで振動を繰り返しています。地球気候システムは長い目で見れば安定したシステムと考えられてきました。例えば、CO2の地殻への固定の進行して全球凍結がおきましたが、火山活動によるCO2の大気への放出で、数億年を経て全球凍結は解消したと考えられています。
「海のコンベアベルト」は、ヤンガードリアスイベント(最終氷期が終わり温暖化が始まった状態から急激に寒冷化に戻った現象。現在から1万2900年前から1万1500年前にかけて北半球の高緯度で、数十年の期間で起きたとされている)を説明する考え方として提唱されました。
なお、最近、従来は氷期と間氷期を数100万年周期で遷移していたが、地球温暖化以降には、正のフィードバックにより、破滅的な高温となるかもしれないとの説が発表されています。その一般向けの解説記事が以下のサイトに掲載されています。
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45093509
>いずれにしてもまだまだ大気の千倍以上の熱容量を持つ海洋の深海流や二酸化炭素の固定のにはまだまだ分からないことが多く、エルニーニョを含めた海水温度の予想などはまったくできていないのに、なぜ気温の温暖化の予想ができるのかも不思議です。
分からないことも多いのですが、分かっていることもあります。海水温度の予想も全くできていない訳ではありません。以下の拙ブログ記事とそのコメント欄をご覧ください。
2007年05月03日付け
「地球温暖化のメカニズムの嘘」について
http://hiroichiblg.seesaa.net/article/393703603.html