2018年02月08日

東シナ海で流出した油の日本への影響

2018年2月12日01時41分 一部修正

某MLで、表題の件について、
1)こういう影響は3ヶ月位の単位で近海に広がるそうです。
2)4月に日本にとって深刻な事態が起こるのでしょうか?あるいは、影響は少ないのでしょうか?
という質問を1月31日に受けた。これに対し、管理人は、次のような回答をした(一部追記、改変)。

1)について
3か月という数字は、英国海洋センター(NOC)のモデル結果から広まっていることだと思います。NOCの結果は、タンカーが沈没した点から放出した6000個の粒子の移動を追跡したものです。流出した油の拡がりの目安の一つではありますが、現実は、この結果とは大きく異なっていることは容易に察せられます。それは、実際には、流出した油は液体であり、移動しながら、変質しますが、このことが、モデルでは、一切、考慮されていないことです。また、放流モデルの流れは、2006年から2015年の各年の1月の流れであり、現在の黒は大蛇行中ですが、そのことは配慮されていません。また、風の影響も含まれていません。

2)について
おそらく、多数の魚の死骸が海岸に打ち寄せるなどの目に見える形での、深刻な事態は起きないと思います。しかし、大量の有害物質が海に漏れたのですから、海の一部に何らかの影響が生じているのは確かです。

以下は、この回答の補足と関連事項の詳細。

1.事故の発生とその後の経緯
1.1 事故発生
1月6日20時(中国標準時、日本時間21時)頃、パナマ船籍のタンカーSANCHI号が、中国上海の沖合約300 kmの東シナ海の海上で、香港籍のばら積み船CF CRYSTAL号と衝突・炎上し、南東方向へ漂流し、1月14日16時45分(中国標準時)に、日本の排他的経済水域、北緯28度22分、東経125度55分、水深115 mの海底に沈没した。SANCHI号には、積荷の軽質油153,200キロリットルの他に、バンカーC重油1,800トン、ディーゼル油100トン、潤滑油20トンなど約1,900トンの油を搭載していると推定されている。

参照:
1) 笹川平和財団海洋政策研究所【調査レポート】:東シナ海での海難:パナマ籍タンカーSANCHIと香港籍ばら積み船CF CRYSTAL号の衝突海難の経過 ◆各国政府・国際機関からの公表内容◆ (2018年2月1日)
注) ウィキペディアの「石油タンカー・サーンチーの衝突事故」には、衝突事故について、その後の経緯と陰謀論の紹介を含めた解説記事がある(2月6日最終閲覧)。

1.2 油の広がり方の予測結果
 この事故の発生に対し、英国海洋センター(NOC)は1月12日に、事故で海に漏れた油の広がりの数値予測結果を発表し、更に1月16日には、その続報を公開した。続報の題目は「サンチ号の油汚染が1か月以内に日本に到達するかもしれない」という衝撃的なものであった。1月26日発行のNatureは「Unique oil spill in East China Sea frustrates scientists」と題するニュース記事でサンチ号が輸送していた軽質油(natural gas condensate、コンデンセート)が特殊なものであり、漁業への影響および移動先の予測の難しさを伝えた。一方、Reutersは、同日に、漁業への影響を強調して「How Sanchi's spill could spread」と題する記事を、NOCの予測結果の動画を含めて、世界に発信した。

参照:
2) 1月12日付 NOCウェブサイト:
Sanchi oil spill contamination could take three months to reach mainland
3) 1月16日付 NOCウェブサイト:
Sanchi oil spill contamination could reach Japan within a month (update)
4a) 1月26日付 REUTERS #ENVIRONMENT ウェブサイト:
How the Sanchi's oild could spread
4b) 1月26日付 REUTERS GRAPHICS ウェブサイト:
How the Sanchi's oild could spread (graphic)
5) 1月24日付 natue.com nature NEWS ウェブサイト:
Cally Carswell (2018): Unique oil spill in East China Sea frustrates scientists. Nature 554, 17-18. doi: 10.1038/d41586-018-00976-9

1.3 国内の反応 
ネットサイトの中には、このNOCによる日本近海に広がる粒子群の予測結果図を示して、人々の不安を煽るものがあった。一方、ReutersやNatureの記事を詳細に報じた全国紙やテレビ局はなかった。また、海上保安庁からは、Sanchi号から流出した油の拡散状況の詳細についてのプレスリリースもなかったはあったが、ネット上には公開されていなかった。プレスリリースが報道されることもなかった

注)2月11日に読者のお一人から、以下の情報の提供があり、上のように訂正します。
記事の中で海保のプレスリリースは無かった、とありますが、海保(十管)は1月11日~19日の間に13報のプレスリリースを出しています。ただ し、Webでの公開はせず、登録されている報道各社に一斉送信という形で行ったそうです。13報までのリリースは十管の海洋情報部から送っていただいたので確かです。
 その中で、THE SURF NEWSの「前代未門のタンカー事故、日本沿岸部への影響は?超軽質原油コンデンセートとは?(追記あり)」と題する2月1日付けの記事では、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンと海上保安庁第10管区に取材して得た、両機関の見解を示しており、閲覧者の不安を和らげる、非常に丁寧な作りとなっている。
 また、2月2日には、NOCの予測結果を拡散して、不安を煽るネット記事への対応として、勝川俊雄さんが、主にNatureの記事を元にして、「奄美大島沖で大規模な石油流出事故 海洋生態系への影響は?」と題する署名記事をYAHOO! JAPANニュースに寄稿された。概ね同意できる内容ではあるが、その最後の節「日本主導の調査が必要」での「この海域のシミュレーションをできる人間は、日本国内にいくらでもいます。出来ないのではなく、やらないのです」という断定的な発言については、関係者に問い合わせた上での発言とも思えず、疑問を抱かざるを得ない。

参照:
6) 2月1日付け THE SURF NEWS:
前代未門のタンカー事故、日本沿岸部への影響は?超軽質原油コンデンセートとは?(追記あり)
7) 2月2日付け YAHOO! JAPANニュース:
勝川俊雄:奄美大島沖で大規模な石油流出事故 海洋生態系への影響は?

1.4 油状固まりの漂着
 そんな中、1月28日にトカラ列島の南端の宝島、2月1日には、奄美大島および喜界島の海岸の広い範囲で黒い油のようなものが漂着していることが報道され、4日には、さらに南の徳之島への漂着が確認されている。MBS南日本新聞は、漂着した油の状況を報道する中で、鹿児島大の宇野誠一准教授の、
「粘性が高いのと、色や性質を見ると、重油が漂着していると思う」、
「(NOCのシミュレーションについて)油が北上するとシミュレーションしているが、実際は奄美に着いたりして南下している。油は揮発・拡散・吸着するが、これはそのまま流れた場合を想定。かなり過剰な評価」
という話を紹介している。なお、宇野さんのお話で言及している油の南下は、東シナ海で冬季に卓説する北風のためと考えられる。
 風向きを考えると、この油状固まりがSanchi号から流出した燃料用重油の一部であるか否かは判断が難しい。しかし、報道の中には、Sanchi号から流出したものとほぼ断定されているかのように読める論調が多いように見える。
 2月6日夕方に毎日新聞のウェブサイトにアップされた記事では、これまでの経緯をまとめ、宇野さんのNOCの予測に対する否定的な意見とともに、「一時的、局所的な生態系への影響がないとは言い切れないが、海から強い油臭がするような状況でもなく、影響は小さいだろう」という、「冷静に受け止めている」発言を紹介している。

参照:
8) 2月1日付け 朝日新聞DIGITAL:
油状固まり7キロ、鹿児島・宝島に タンカー事故関連か
9) 2月2日付け NHK NEWS WEB(鹿児島 NEWS WEB):
タンカーの油「海洋環境に影響」
10) 2月4日付け NHK NEWS WEB(鹿児島 NEWS WEB):
「徳之島にも「油状物質」漂着」
11) 2月5日付け MBC NEWS:
奄美の油漂着 専門家「1か月ほど続くおそれ」
12) 2月6日付け 毎日新聞ウェブサイト:
東シナ海衝突 原油流出1カ月、日本への影響は 被害懸念
 
2.NOCによる油漂流予測とその報道の問題点
2.1 漂流予測 
 海面を漂流する物体の漂流経路は、流れによる移動と物体が海上の風から受ける力への反応としての移動の合成によって決定する。ここで、流れによる移動は、大規模な海流、直径数100 kmの中規模渦に伴う渦流、潮の満ち引きに伴って規則正しく変動する潮汐流、海上の風による吹送流、その他の局所的な流れ(乱流)による移動の合成として決まる。すなわち、漂流開始の位置・時刻が与えられ、流れと海上風の空間分布とその時間変動が与えられば、海面を漂流する物体の漂流経路を予測することができる。
 これらの流れの中で、潮汐流は規則正しい変動であるため、容易に決定できる。また、海流と中規模渦については、現在では、人工衛星海面高度計データからほぼ2週間ヵ月先まで予測が可能である。したがって、海面を漂流する物体の漂流経路を予測するためには、海上風の予測が不可欠である。なお、海面を漂流する油など液体の拡がりを予測するためには、移動中の周囲の海水との混合による変質を考慮に入れる必要がある。
 このような漂流予測技術の開発は、我が国でも、海上保安庁海洋情報部、気象庁気象研究所、他で進められている。また、海流による粒子の移動推定技術は、水産資源魚類の資源予測のために、卵仔稚魚が海流に流される経路を調べる研究などの利用研究開発が進められている。

2.2 NOCの予測モデル
 NOCの緊急海洋モデルシミュレーション(emergency ocean model simulation)は、過去の該当海域の流速分布変動を人工衛星海面高度計データなどを用いて度再現した再解析流速分布変動データを用いて、2006年から2015年の各年のタンカーが沈没した日に、タンカーが沈没した点に、毎年600個、合計6000個の粒子を投入し、その軌跡を重ね合わせた結果から各海域への粒子の到達率(リスク)を求めるものであると思われる[参照情報2)]。
 したがって、前節で述べた予測の手法と比べると、海流以外の流れ、海上風の分布と時間変動、漂流物(コンデンセート)の漂流の間の変質が予測モデルで考慮されていない点で、1月16日にNOCが公表した予測図は、Sanchi号から流出したコンデンサートの現実的な拡散予測とは言えないと言える
 NOCの当該プロジェクトの責任者であるDr. Katya Popova は、このことを十分に意識しているようで、以下のように述べている。
“Oil spills can have a devastating effect on the marine environment and on coastal communities. Strong ocean currents mean that, once released into the ocean, an oil spill can relatively rapidly spread over large distances. So understanding ocean currents and the timescale on which they transport ocean pollutants is critical during any maritime accidents, especially ones involving oil leaks.”
また、NOCで予測モデルの実行を担当したthe University of SouthamptonのPhD studentであるStephen Kellyは
“There was a high level of variation between different scenarios, depending on a number of factors. Primarily the location of the original oil spill and the way in which atmospheric conditions were affecting ocean circulation at that time.”
と、風を考慮していないことによる予測結果の不確かさを強調している(太字は管理人)。結局、プレスリリースで示した予測結果は、予測精度の確保よりも、海流の研究の重要性をアッピールするのが目的だったように読める。なお、共同研究者であるNOC研究員のDr. Andrew Yoolは、予測精度よりも、迅速性を重視した理由として、
“By using pre-existing ocean model output we can estimate which areas could potentially be affected over weekly to monthly timescales, and quickly at low computing cost. This approach complements traditional forecast simulations, which are very accurate for a short period of time but lose their reliability on timescales that are required to understand the fate of the spill on the scale from days to weeks.”
と、従来の、風の予測を考慮した精密な漂流予測モデルでは信頼性が低くなってしまう、数日から数週間先の拡がり方の予測を、補足する意味が緊急海洋モデルシミュレーションにはあることを強調している。
 冬季の東シナ海では季節風が強く、月平均で9 m/sを超えるところが多い。このことを熟知している日本の研究者は、漂流予測経路が予測の精度が低い風によって大きく左右されるため、漂流予測が外れる可能性が非常に高いことを十分に認識している。その結果、予測が外れた場合に受ける世間の非難を思い、研究者あるいは研究機関は、結果を公表することに躊躇することが十分に考えられる。そこを敢えて予測する理由として、Dr. Andrew Yoolの主張にも一理はあると思う。そうは言っても、冬季の東シナ海での漂流を予測するのであれば、再解析海流データとともに、冬季平均海上風分布データをも用いて、海上風の効果も導入すべきだったと思う。そうしなかったのは、英国在住で、東シナ海では冬季に強い季節風が吹き荒れることを十分に認識してなかったためだと予想する。
 なお、参照情報3)では、緊急海洋モデルシミュレーションで追跡しているのは粒子であって、変質する油ではないことには言及していない。記事[参照情報3)]を読む限りでは、NOCの担当研究者たちが、このことを強く認識していない可能性がある。

2.3 モデル予測結果の報道
 精度の確保よりも予測の迅速性を確保するというのは、在っても良い選択肢である。ただし、その場合には、その予測結果を受け取る社会が、精度の低さをどこまで許容するか、あるいは予測の不確かさをどこまで理解するのかが、問題となる。
 NOCのプレスリリースでは、予測結果の不確かさを強調するとともに、あくまも伝統的な高精度漂流予測モデルに比べて精度が低いことを強調していた。しかし、Reuters [参照情報4a)]では、
“An updated emergency ocean model simulation shows that waters polluted by the sinking Sanchi oil tanker could reach Japan within a month,” the center said a report posted on January 16. “The revised simulations suggest that pollution from the spill may be distributed much further and faster than previously thought, and that larger areas of the coast may be impacted.”
This interactive graphic shows the likely direction and range of the spill over the coming weeks, and highlights the key reefs, fishing grounds and protected waterways in the area.
と述べるだけで、その不正確性については全く、言及していない。また、Nature [参照情報5)]も、NOCの予測結果を紹介しているところでは、
The European models suggest that chemicals from the Sanchi could reach the coast of Japan within a month.
と、その不正確性には言及せず、中国の予測結果との相違の理由のみを追究している。
 多くの研究者は、
「報道機関は、研究成果のセンセーショナルな所だけを取り上げ、研究者が、結果についての補足説明あるいは留意事項をいくら述べても、無視されてしまう」
という不信感を報道関係者に抱いている。今回の事態で、情報元としてそれなりに信頼されている筈のReutersやNatureでさえも、研究者が述べる補足説明あるいは留意事項に配慮しないという深刻な状況あることが明らかになった。この状況では、良いこととは思わないが、日本の研究機関が漂流予測結果を公表しないのも分かる気はする。
 
3. 奄美大島他に漂着した油状固まり
3.1 Sanchi号の油
 Sanchi号には、積荷の約11万kLのコンデンセートの他に、約2,000トンの燃料油を搭載していたと推定されている。この内、コンデンセートは軽くて、揮発性が高い油[参照情報4a)]であり、奄美大島他に漂着する前に、海水と混合、または大気に蒸発してしまうと考えられる。一方、燃料油(C重油他)は、これまでのタンカー事故の例でも見られるように、海岸に漂着する恐れがある。これらの油については、勝川俊雄さんが海上保安庁関係者から情報をまとめて、YAHOO! JAPANニュースに寄稿された「重油流出事故の情報が発信されない理由を海上保安庁の中の人に聞いてみました」と題する署名記事に詳しい。それによると、
透明な油(おそらくコンデンセート)の流出は今も続いているそうです。ただ、流出量は最初よりは大分減っていると言うこと。現在の油膜の面積は1 km×200 mです。そして、油膜が流れていく先から、目視できなくなっているといるそうです。
とのことである。また、重油については、
重油の流出は初期に短期的に起こったと可能性があります。
とのことである。
なお、コンデンセートが軽くて、揮発性が高い油であることから、その生物への影響については小さいという見方がある一方、海水と混合して拡散することによる被害を危惧する考えもある。管理人は、海面冷却が盛んな冬季の東シナ海では、表層から底層までの鉛直混合が盛んであり、一旦、海面で海水と混合したコンデンセートは下層まで広がり、生物への影響は、加熱期に比べて、非常に大きいのではないかと危惧している。

参照:
13) 2月7日付け YAHOO! JAPANニュース:
勝川俊雄:重油流出事故の情報が発信されない理由を海上保安庁の中の人に聞いてみました  

3.2 奄美大島他に漂着した油状固まりの源
国際環境NGOグリーンピース・インターナショナル(本部)は2月2日に発表した声明の中で、
「英国立海洋学センターのシミュレーションモデル(注2)で、宝島はよりリスクの高い地域と予想されており、現時点で宝島付近の海に漂流している油は、報道資料を見る限り、沈没した石油タンカー『Sanchi』による可能性が高いです。それはおそらく、海水と混ざり乳化した燃料油、もしくは、コンデンセートに含まれる重い残留物と思われます。しかし、これが石油タンカー『Sanchi』のものかどうか証明するには、”指紋認証”のように、タンカー沈没地点で浮遊している燃料油の採取サンプルと照合分析をしない限り、確かめるのは不可能です。
と述べている。そうした中、2月7日9時10分に
第10管区海上保安本部発表6日夜。
宝島、奄美大島などに漂着した油状のものを、沈没したタンカー「サンチ」周辺で浮流する油の標本と比較したところ、類似するものであるという結果は出ていないと。ただ今回の結果はただちに漂着油とタンカー沈没と無関係と断定できないとも。
どこから来た油だ?
というツイートが林哲平さんによって投稿された。漂着した油状のものは重油だと思われているのに対し、「沈没したタンカー「サンチ」周辺で浮流する油」はコンデンサートと考えられるので、類似しないのは当然と思われる。Sanchi号の積み込んだ重油と漂着した油状の固まりの成分を比較する必要がある。

参照:
14) 2月2日付け グリーンピース声明:
鹿児島トカラ列島の宝島などの海に到達した可能性のある流出油について
15) 2月7日9時10分に林哲平さんが発信したツイート

3.3 奄美大島他に漂着した油状固まりの予想漂流経路
 今回の油状固まりは1月28日に宝島への漂着が確認された後、奄美大島、喜界島、徳之島と徐々に南下している。琉球列島北部と黒潮の間には時計回りの渦があり、その結果、琉球列島の北側では南下流となることが多い。さらに、アメダスによると1月26日から31日の名瀬における最大風速は北北西、8.8m/s(平均風速3.9 m/s)であった。このことから、油状固まりの漂着地が南下したのは、時計回りの渦の効果に海上風の影響が加わったものと考えられる。
 宝島は、Sanchi号の沈没地点から東北東、約330 kmの地点に位置する。奄美大島他に漂着した油状固まりの源がSanchi号が沈没した際に流出した重油であるとすると、その漂流経路は、Sanchi号沈没地点から黒潮によって宝島付近まで漂流し、その後、海上風によって、奄美大島まで流されたと考えられる。
 その場合、Sanchi号が沈没した1月14日から宝島付近に28日に漂着するまでの平均漂流速度は、330(km)/14(日)=27 cm/sと見積もられる。この漂流速度は、黒潮流域の最大流速(1 m/s)よりかなり遅い。しかし、油状固まりが常に黒潮強流域内を流れていたとは考えられない。したがって、この見積結果からは、黒潮によって宝島付近まで漂流したという考えを完全には否定できない。
 奄美大島は宝島から南、約85 kmの地点に位置する。宝島付近に1月28日に漂着した後、奄美大島に2月1日に漂着するまでの平均漂流速度は、南向きに、85(km)/4(日)=25 cm/sと見積もられる。海上風による海面吹送流の速さは海上風の向きに、風速の約2%と考えられていることから海上風を見積もると、北から風速12.5 m/sと見積もられる。アメダスによると1月26日から31日の名瀬における最大風速は、北北西、8.8m/s(平均風速3.9 m/s)であった。したがって、漂流速度から見積もった海上風速は、名瀬における風速よりかなり速い。ただし、漂流速度には時計回りの渦による移動速度の寄与が加わっていること、海上風の風速は陸上より3割以上、大きいことを考えると、油状固まりが宝島から奄美大島まで海上風と渦流によって運ばれたと考えて良い。
 以上の推定から、奄美大島他に漂着した油状固まりがSanchi号から流出した燃料重油である可能性は否定できないという結論になる。明確な結論を得るためには、Sanchi号が積み込んだ燃料重油と奄美大島他に漂着した油状固まりとを比較する他はない。 
 NOCは、奄美大島への油状の固まりの漂着に対応して、2月6日付けで、新たな予測情報として、2月2日に奄美大島近海に投入された粒子の軌跡を重ね合わせた図を公表した。この結果は、参照情報3)と同じ方法で得られており、風の効果を含まないという問題点は継続しているものの、油状の固まりというあまり変質しない漂流物の漂流予測として見れば、意味があることになる。この図で、琉球列島沿いに粒子が南下しているのは、現実を再現していると言える。

参照:
16) 気象庁:過去の気象データ検索
17) 2月6日付 NOCウェブサイト:
Coral reefs may be at risk from Sanchi oil tanker contamination

4. おわりに
 本エントリーでは、主として、NOCの予測結果について、漂流予測の難しさや報道と研究者の関係を含めて解説した。種々様々な情報について言及しながら、今は活動が縮小している、一般社団法人サイエンス・メディア・センター(SMC)の「科学とメディアをつなぐ」活動を思った。
 海洋にかかわる研究者として、不安を煽るネット記事に対して、さまざまな緊急要件を抱えていたとは言え、何らかの情報を迅速に発信できなかったことに、忸怩たる思いがある。管理人が、鹿児島大学に在職中に研究対象としていた東シナ海での事故だけに、気になってはいた。本事故には、我が国と中国のどちらの閉鎖的経済水域(EEZ)でSanchi号が沈没したのか、という外交上、政治上、微妙ことが関係しているが、この事故の全体像が見えないことと、現場対応をされているはずの海上保安庁第10管区海上保安本部の活動が見えていなかったことが、筆をとるのが遅くなってしまった理由でもある。
 今回の事故の影響について、油状の固まりが海岸に漂着するまで、マスコミも大きく取り上げられていなかった。その理由は、遠い東シナ海での出来事として、一部を除き、多くの国民、報道関係者の関心を引かなかったためと考えられる。今回のセンセーショナルなNOCの予測結果は非現実的であったが、はるか沖合の海での出来事が自分たちの生活にもかかわる可能性があるということに考えが至る、豊かな想像力を皆で共有していきたいと思う。
 コンデンサートの海洋生物への影響の評価、流出した重油やコンデンセートの拡がりをモニターする体制の整備や漂着した油状の固まりの源の確定など、今後、実施され、報道される機会も多いと思う。本エントリーが、その際に読者の理解を深める助けとなれば、幸いである。
posted by hiroichi at 01:27| Comment(0) | 海のこと | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください