2016年08月17日

海面に明暗模様が現れるカラクリ

2016年8月17日01時15分 一部修正
2月23日の更新以来、6ヵ月が過ぎてしまった。今年こそはブログ更新をより頻繁にしたいと年頭に宣言したものの、現実は、昨年以下のペースになってしまっている。その主な理由は、日本海洋学会和文誌「海の研究」編集委員長としての業務の他、海洋関連30学会が共同して「小学校理科単元『海のやくわり』新設の提案」を文部科学省に提出する作業に4月初めまで忙殺されたこと、「理科の探検(RikaTan)」誌8月号に組まれた「海の特集」の一部執筆陣の仲介および自分の寄稿原稿の作成、サイエンスアゴラ2016応募企画の立案・申請とその採択後の対応、その他に追われいたためである。この間、拙個人ウェブサイトの「イベント参加予定・記録」に記載してある種々のイベントには参加したものの、時間をかけてブログを更新する余裕がなかった。

12日午後の東京都理数系教員指導力向上研修での講義を終え、20日-27日に三重県で開催される国際地学オリンピックに選手団(オブザーバー)の一員として参加するまで暫しの時間的余裕ができたので、久々にブログを更新することにした。以下は、「理科の探検(RikaTan)」誌2016年8月号(通巻21号)に掲載された特集「海をめぐる19の知的検」の紹介、この特集に寄稿した拙記事の再掲およびその補足説明。

1.特集「海をめぐる19の知的探検」
参加している理科教育関連のMLでの募集に応じて、管理人は2016年度のRikaTan誌の企画編集委員2015年11月から務め参加している。理由はRikaTan誌のような一般向け科学雑誌で「海」に関する記事が掲載されるときに、その内容について助言することで、理科の普及活動に参加したいと考えたからである。

参加早々の11月半ばに左巻編集長から、管理人の企画編集委員就任会参加により海洋関係者が増えたので、2016年8月号の特集のテーマを「海のフシギ」にしたいとの提案があった。RikaTan誌の各号の内容がどのような手順で決まっていくのかも良く理解しないまま、その後の編集会議委員会などで積極的に発言した。管理人としては、総合科学としての海洋学を示す内容あるいは「海洋リテラシー」の普及に資する内容であって欲しいという気持ちもあったが、「海」を特集のテーマとすることはRikaTanでは初めてのことでもあり、まずは、一般読者が海について抱く関心に応える構成とすることが望ましいと考えた。特集の内容について、企画編集委員から様々な意見・提案があり、それらの中の一部の話題の執筆担当者の斡旋・確保などで協力した。そのようにして確定したのが、以下の構成である。

夏の特別企画「海をめぐる19の知的冒険」
山本 伸次:海はどのようにしてできたのか?
道田 豊 :海岸漂着物はどこから来るか?
小田巻 実:引き潮と満ち潮
桝本 輝樹:海に出かけよう  海岸付近の生態系
杉山 孝一:海藻おしば ~ カラフルな海藻でおしばをつくってみませんか ~
桑嶋 幹 :海の色は何色?
一色 健司:海水の化学 ― 海水の成分が語ること
丹後 孝昭:今も残る塩田の塩づくり ~ 奥能登の揚浜式塩田 ~
高橋 練 :朝ドラ「まれ」で描いた塩作り
左巻 健男:海水から金を採取する夢 ~ フリッツ・ハーバーの挑戦 ~
服部 薫・松本 洋典・飯沼 光生(聞き手:大西 光代)
     :環海の幸の守り人 ― 海産物資源を守る人々 ―
桝本 輝樹:海水浴場の適否基準と大腸菌
犬飼 直之:海水浴で怖い離岸流について知っておこう
田中 一樹:夏が来ると増えてくる 8月はクラゲに刺されやすいのはなぜ?
早稲田 卓爾:波はなぜ海岸に平行に打ち寄せるのか?
伊藤 耕介:海陸風 海と陸のコントラストが作りだす風
市川 洋 :海面に明暗模様が現れるカラクリ
前田 玲奈:なぜ科学者は地球深部調査船「ちきゅう」で掘削したいのか?
渡部 裕美:しんかい6500 で探る地球生態系のつながり


理科に強い関心を持つRikaTan誌企画編集委員といえども、海について抱く興味・関心の対象が上に示した特集の構成のように、一部を除いて、物理、生物、化学、地学に分断されている状況にあることを改めて認識することとなった。

管理人が執筆した寄稿記事は、管理人が4月22日にRikaTan誌編集MLに投稿した元原稿への複数のRikaTan誌編集委員からのコメントに応じて、改訂を繰り返して、5月8日に最終版としたものである。専門分野が異なる複数の編集委員からのコメントは、新鮮で得難い体験であった。

2.海面に明暗模様が現れるカラクリ
以下に、RikaTan誌2016年8月号(通巻21号)掲載の拙寄稿記事を再掲する。

はじめに
 風のほとんどない晴れた日に高台から静かな海を眺めていると、写真のように、ゆったりと上下に揺れる海面の細かい波の有無に対応して、明るいところと暗いところが、ところどころに広がっていることがある。
 このような細かい波の有無が場所によって異なるのはなぜだろうか? その答えは、海の波の不思議な性質に由来している。

うみかぜ公園.JPG
横須賀市うみかぜ公園から東京湾を望む(2016年4月19日、撮影:筆者)

風波
 その直上の風によって海面に発達した波を風波(かぜなみ)あるいは風浪(ふうろう)と呼ぶ。風波は、水深が波長より十分に深い「深海波」の性質を持つ種々の波長(周期)の成分波が重なり合って様々な向きに進んでいる状態として表される。
 深海波の復元力は波面の傾きにともなう水圧差を引き起こす重力と波面の曲率に比例して働く水の表面張力である。波長が数cm以上の深海波は重力を主な復元力としており、その波形が伝わる速度(位相速度)は波長が長いほど速い。他方、波長が数cm以下の深海波は海水の表面張力を主な復元力としており、その位相速度は波長が短いほど速い。
 この結果、深海波の位相速度は、波長が1.72 cm(周期が0.074秒)で最小(23.2 cm/s)となる。このような波長が数cmの深海波は一般に「さざ波」と呼ばれ、十分に発達して波長が数10 mとなった風波でも、その短波長の成分波として常に存在する。

風波発生初期に卓越する「さざ波」
 鏡のような水面上に風が吹き始めると水面にわずかな凹凸と上下動が生じる。それが発達して、まず初めに「さざ波」が卓越する。
 水面の微小な凹凸が「さざ波」へと発達するためには、水面に対する相対的な風速(対水風速)が限界風速(3 m/s)を超えて、水面の微小波動に取り込まれる運動量・エネルギー量が粘性による逸散量より多くなる必要がある。

「さざ波」と海面の明暗
 海上を吹く風の速さ(対地風速)と向きは絶えず変動している。流れがない場合には、対地風速が限界風速以上のところで「さざ波」が発生し、その海面は暗く見える。他方、海面上に流れがある場合には、対地風速が限界風速以上のところでも、風と流れが同じ向きであって対水風速が限界風速以下になるところでは「さざ波」は発生せず、その海面は明るく見える。

航跡
 プロペラの回転運動によってかきまぜられた海水の動きにともなう複雑な流れは、船が通過する前に発達していた「さざ波」の減衰・消滅を促進する、あるいは「さざ波」の発達を抑制する。このために、船の針路に沿って滑らかな海面が明るい帯状の海面として残る。

ウネリ
 ウネリにともなう海面の明暗は「さざ波」の有無よりも、海面の傾きによって空の光の反射の強さが異なるために生じていることが多い。
 ウネリが伝播する向きの表面流速は、ウネリの峰より谷で遅い。このため、ウネリの進行方向と逆向きに風が吹いている場合には、ウネリの谷付近での対水風速がより小さくなり、「さざ波」は発生せず、明るく見えることがある。

潮目
 潮目には魚が集まり、この魚を狙って多くの鳥が上空を舞っていることがある。それは、表面の流れがぶつかりあう潮目付近では、プランクトンが集積するためである。
 このような潮目に向かって風が吹いている場合には、対水風速が限界風速以下となる側のみで「さざ波」が発生せず、明るく見える。

おわりに
 この記事を読んで、晴れた日に穏やかな海や湖をご覧になった時に、眼前に広がる自然の景色の裏で起きている風と流れと波に思いを馳せていただけたら、幸いである。
 海の波についてもっと知りたい読者には、以下の本を推奨する。
 「謎解き・津波と波浪の物理」、保坂直紀 著、講談社ブルーバックス(B-1924)、2015年刊。

3.「海面に明暗模様が現れるカラクリ」の補足
上に示した拙寄稿記事は以下の拙ブログ記事を大幅に改訂したものである。

拙ブログ記事
2010年10月09日 海の表面にできる模様はどうしてできるのか

以下に、刷上りページ数の制約のため、上の寄稿記事で言及できなかったことを補足する。

1)海の明暗と「さざ波」の有無の対応
寄稿記事では、写真を元に、さざ波の発生しているところでは海面は暗く見え、発生していないところでは明るく見える、としている。しかし、実際には、海面の明るさには、さざ波の有無の他に空・雲の状況が関係し、寄稿記事とは逆に、さざ波の発生しているところで海面が明るく見え、発生していないところで暗く見える場合がある。写真のように雲が多い時には、雲によって散乱した太陽光が「さざ波」のない海面でより強く反射するため、さざ波が発生していないところでは明るく見える。他方、雲が少ない時には、さざ波のあるところに直接入射した太陽光がさざ波によって乱反射するため、さざ波の発生しているところで海面が明るく見える場合がある。

2)さざ波が発生する限界風速
海上に風が吹くと、海の表層には流れが生ずる。また、風速は海面からの高さに依存し、海面から離れるほど風速は大きくなる。したがって、寄稿記事における「水面の微小な凹凸が『さざ波』へと発達するためには、水面に対する相対的な風速(対水風速)が限界風速(3 m/s)を超えて、水面の微小波動に取り込まれる運動量・エネルギー量が粘性による逸散量より多くなる必要がある」という記述は厳密性に欠ける。なお、一般に海上風速は海面からの高度が10 mのところの値で表す。また、洗剤のような界面活性剤によって海面張力が小さくなった海面では、さざ波が発生する風速が小さくなることが知られている。「さざ波」が発生する力学機構はまだ完全には解明されていない。

3)風波のスペクトルの発達機構
当初の原稿では、波長が短い「さざ波」が重要な役割を果たしている「風波の発達機構」ついても言及していたが、ページ制限のため、割愛した。

「風波の発達機構」に関する多くの理論では、風波は様々な波長(周期)と伝播方向を持つ成分波の合成波として取り扱われる。風波の成分波の中で最も振幅が大きい成分波を卓越成分波と呼ぶ。直上の風の速度が大きいほど、波が風に吹かれる継続時間(吹送時間)と継続距離(吹送距離)が長いほど、風波の卓越成分波の振幅は大きくなり、波長と周期は長くなる。

風波の発達とは、卓越成分波の短周期側成分波の振幅は大きくは変わらず、隣接する長周期側成分波がその振幅を大きくして、周期と波長がより長い新たな卓越成分波となる現象である。この発達過程の力学機構としては、大気から各成分波に取り込まれた運動量・エネルギーの中の多くが成分波間非線形輸送過程によって、主として卓越成分波の長周期側成分波と短周期側成分波に分離輸送され、長周期側成分波の振幅が増加するのに対し、卓越成分波の短周期側成分波では粘性による運動量・エネルギー逸散によって、その振幅はあまり増加しないことが考えられている。この結果、風波の上を吹く風が停止すると、短周期成分波は急激に減衰し、長周期成分波のみが残り、海面が滑らかなウネリとして遠方まで伝播する。

4.おわりに
特集「海をめぐる19の知的冒険」は、気楽に海についての理解を深める格好の資料を提供していると思う。他の寄稿記事もお読みいただきたい。

この特集を含む2016年8月号は6月26日に店頭発売が開始され、読者からの反応も良いようである。全国の書店でRikaTan誌を取り扱っているところはあまり多くはない。発行元のSAMA企画またはamazonから購入されることをお勧めする。
posted by hiroichi at 00:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 海のこと | 更新情報をチェックする
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