2015年09月17日

「海のゴミ」の集積海域

前回の7月11日から2ヵ月ぶりの更新になってしまった。この間、某英文誌投稿論文原稿の査読、共著論文再投稿原稿の校閲、「海の研究」編集長業務、サイエンスアゴラ2015出展準備のほか、科学コミュニケーション関連の種々のイベントへの参加などで慌ただしい毎日を過ごした。
参照:拙ウェブサイト「イベント参加予定・記録」

こうした中、9月12日に「海のゴミは最終的にどこに行き着くのか」をNASAが調べたところ、衝撃の事実が判明!!!と題する記事がNetgeekに投稿されているのを見つけた。この記事は、参考として、'Garbage Patch Visualization Experiment'と題するNASAのサイト掲載記事へのリンクを張ってある点は評価するが、その元記事とかけ離れた、とんでもない記述があるのを知り、思わず、
酷い誤訳。「白く映っているのがゴミの塊」ではない。35年間に放流した漂流ブイを同時に放流したと再計算した時から578日後のブイの位置。海面を漂うゴミは風と海流のため、一部の海域に集積する。

ツイート した。

このNetgeekの記事でリンクが張られている動画(8月21日YouTube公開,登録者:Sploid)はその出典が解説記事に明示されておらず、タイトルも「This is how garbage islands have formed in the last 35 years」という不適切なものであった。このため、この動画に代えて、9月1日にYouTubeにWorld Economic Forumによって登録された「NASA's Garbage Patch Visualization Experiment」と題する動画を下に示す。これは、上述のNASAサイト掲載記事に提示されたダウンロード可能なSIGGRAPH versionである。
https://www.youtube.com/watch?v=oUKUP2s5_VY

以下は、この動画を含めたNASAの元記事の解説と補足。


1.NASAの元記事
原題は'Garbage Patch Visualization Experiment (海洋ゴミ群集の可視化実験)'である。ウェブ掲載日は2015年8月10日、著者はNASA Scientific Visualization StudioのGreg Shirah and Horace Mitchell(以下、S&M) となっている。2015年8月9日-13日にロスアンジェルスで開催されたSIGGRAPH 2015(The 42nd International Conference and Exhibition on Computer Graphics and Interactive Techniques)で受理された内容の詳細説明となっている。YouTubeに公開されている動画は、SIGGRAPH 2015での公開用に作成された動画である。NASAのサイトで公開されている動画では3本の動画に分けて公開されている。以下の彼らの記事の冒頭(SIGGRAPH versionのナレーション)を意訳して紹介する。

冒頭で、彼らは、いわゆる「海洋ゴミ集積」を可視化できるかどうか調べたかったと、今回の可視化実験の目的を述べている。

彼らは、まず、NOAA(訳注:National Oceanic and Atmospheric Administration,米国海洋大気庁)が過去35年(訳注:1979年2月-2013年6月)に世界中の海に放流した海面漂流ブイ(訳注:人工衛星による追跡システム(ARGOS)を用いて表層流の状況を監視・観測するためのブイ)の各々の放流時から位置不明となるまでに得られた位置データから、時々刻々と位置を変える白点で各ブイの漂流状況を表した動画(訳注:動画の開始から30秒間)を作成した。画像左下に日付(年月)である。この動画では、様々な場所から次々と放流されブイの各々が、移動した後、時を経て消える状況を示している。このため、ブイが最終的にどこに集まるのかは明瞭に示されていない。

ついで、ブイ放流点を表す白丸を次々と重ね合わせて、放流した漂流ブイの数が年々増えていく状況を表した動画(訳注:動画の開始30秒後から39秒後まで)を作成した。画像左下に日付(年月)を示す。この画像で白点が線上に連なっているところは、線上を航走する船舶からブイが逐次、放流されたことを示す。

次に、35年間に放流されたすべてのブイが各々の放流点から同時に放流されたとした場合の、各々のブイが放流後に時々刻々と変える位置を白点で表した動画(動画開始40秒後から59秒後まで)を作成した。画像左下に漂流開始経過日数を示している。この動画は、ブイが良く知られた5つの海域(いわゆる「海洋ゴミ集積域」)に集まることを示している。なお、白点の数が減るのは、ブイの寿命が不揃いであるためである。

最後に、ECCO-2と呼ばれる海流についての数値モデル計算結果を用いた仮想漂流ブイの異動を動画(訳注:動画開始59秒後から最後まで)で示す。この動画は、世界中の海に等間隔で配置した粒子が一斉に海流によって移動を始めた後の粒子の分布の時間変化を示している。画像左下に漂流開始経過日数を示す。明るいところほどブイの移動速度が大きいことを示す。再構成した漂流ブイが反応した海流と仮想粒子が反応したモデル海流は異なるが、双方とも同じ海域に集積している。このことは、「海のゴミ」が5つの海域に集まることの確からしさを示している。


管理人は、上に紹介したNASAのウェブサイトに掲載されている記事の内容は、「海のゴミ」の集積過程の可視化実験の手始めとしての意味は大いにあるが、「海のゴミ」の集積を論じるのに際し、海面漂流ブイデータを用いることには問題があると考える。それは、海面漂流ブイは、海面に浮かんで海上風の影響を受けながら漂流する海面浮遊物の移動を必ずしも反映していない点である。海面漂流ブイは、表層流の状況を監視・観測するために開発されたブイであって、海のゴミを追跡するための観測装置ではない。海面漂流ブイは、表層流観測のために、海上風の影響を大きくは受けないように海面下15mにおける流れに追随してブイが移動するための海中抵抗体(穴あき靴下型)と海面に常時浮いていて人工衛星と更新する海面ブイ、それらをつなぐ極めて細いロープとで構成されている。また、数値モデル計算結果を用いた海面粒子の移動の可視化も、海洋循環に伴う表層流の水平収束・発散の可視化としては興味深い結果を示しているが、「海のゴミ」の集積を論じるのには季節変化する海上風の取り扱い方などに更なる工夫が必要である。

拙ブログ関連記事:
2008年02月03日 表層海流調査の歴史 
2010年10月23日 訃報 Peter Niilerさん 

2.Netgeekの記事
本記事の'「海のゴミは最終的にどこに行き着くのか」をNASAが調べたところ、衝撃の事実が判明!!!'という題目が海洋ゴミに心を痛めている多くの人々の関心を呼んだことが、この記事をFacebookでシアーしたのが1.2万件、この記事についてのツイートが200件に達していることから察せられる。ただし、200件のツイートの中で否定的なのは、管理人のツイートの他には@hirota_kazuさんによる
白い点はゴミではなく調査用ブイ。消えるのは片付けられたからではなく、信号を発しなくなったから。「参考」にはそう書いてあるが。
というツイートのみであった。その他の人は、この記事の記述をそのまま受け入れていた。以下に、この記事を逐次、加筆・訂正する。

1)世界中に散らばり、ほとんど回収されることのない海のゴミが最後にどこに行くのかをNASAが調べた。驚くべき真実を紹介したい。

NASA(のScientific Visualization Studioのメンバー)が調べたのは、「海のゴミが最後にどこに行くのか」ではなくて、「いわゆる『海洋ゴミ集積』を可視化できるかどうか」である。海面を漂流する物体が北太平洋西部など、世界の海の5カ所に集積する傾向にあることは、「驚くべき真実」ではなく、これまでにも多くの報告がある。
参照:wikipedia「太平洋ゴミベルト」 

2)今回紹介するのはNASAが35年もの歳月をかけて研究した内容だ。

NOAAが35年間に放流した海面漂流ブイのデータを用いているのであって、NASAが35年間、研究を継続して行った成果ではない。

3)NASAと言えば宇宙開発が主な活動だが、今回の学術研究は我々の住む地球が対象となっている。

元記事は「学術研究」というよりも「可視化技術の開発研究」と呼ぶのが相応しいと思う。
あまり知られていないらしいが、NASA(National Aeronautics and Space Administration, アメリカ航空宇宙局)は地球科学事業もおこなっているのは、確かである。宇宙開発に加えてNASAが帯びている重要な任務は、宇宙空間の平和目的あるいは軍事目的における長期間の探査であり、その中には「人工衛星を使用した地球自体への探査」も含められている。
参照:wikipedia「アメリカ航空宇宙局」

4)それがこちら。世界中の海のゴミが一体どこに行き着くのかをNASAが独自の調査方法で追跡し、動画として可視化した。これはSUGEEE!!!!!!!

「世界中の海のゴミが一体どこに行き着くのかをNASAが独自の調査方法で追跡し、動画として可視化した」のではなく、「いわゆる「海洋ゴミ集積」を可視化できるかどうかを、NOAAによる表層漂流ブイ追跡データと数値モデル結果を用いて動画を作成して調べた」。

5)白く映っているのがゴミの塊。あらゆる海に満遍なく広がっており、これは思わず目を背けたくなるような現実だ。

 白く映っているのが「ゴミの塊」ではなくて、35年間に放流したブイを各放流点から同時に放流したブイの放流後578日目のブイの位置。

6)そんなゴミの数は、近年ここまで増えてしまった。海はこんなにも汚れてしまっているのか…。
  ほとんど海が見えなくなってしまうほどの大量のゴミ。人間の身勝手さがしっかりと映し出されている。


白点の分布は「ある瞬時のゴミ」の分布ではなくて、1979年2月から2013年6月までに放流した全てのブイの放流点の分布である。
 
7)この大量のゴミは、潮の流れに乗ってゆっくりと移動を続けている。もちろん、海の流れは1つではないので様々な場所へと動いていく。

「ゴミ」ではなく、「表層漂流ブイ」である。

8)こんな大量のゴミが流れつく先には一体何があるのだろう。もしも、どこかの島国であればとんでもないことになっているはず…。
  そうして辿り着いた先は…なんと世界の海のある5つの地点だった!!!なぜかゴミはこれらの場所に溜まり、浮遊を続けている。
  おそらく海流の動きが鈍くなっている地点なのだろう。とにかくこれらの場所には想像を超える量のゴミがあることは確実だ。


「ゴミ」ではなくて、「海面に溜まり、浮遊を続けている仮想粒子」の移動を数値モデル結果を用いて追跡しているのであり、「想像を超える量のゴミがあること」を示してはいない。

10)こちらはYouTubeで公開された動画。35年前の少量のゴミから始まって0:39あたりがここ最近の悲惨な状況になる。

0:39あたりの画像は、1979年から2013年までに放流した全てのブイの放流点。ゴミの分布でも、ブイの最近の分布でもない。

11)もちろんゴミの一部は有志の活動によって片付けられている。ただ、大部分のゴミはそのままになり、永久的に消えることはなく、海の生物に悪影響を及ぼし続ける。海は汚してはいけないということを改めて実感させられる。

本記事で紹介している技術開発の成果とは無関係な一般的記述であり、「改めて実感させられる」ことではない。

上に紹介したNetgeek掲載記事の内容は、「海のゴミ」への関心を高めるという善意の元、強い思い込みから元記事の内容を厳密に読まず、誤った情報を発信していると言わざるを得ない。参考に示された元記事が英文であるために、多くの読者がこの記事を鵜呑みしているのは仕方がないが、本記事の著者(lemon氏)の責任は重い。特に、動画として、NASAのサイトで公開されている動画ではなくて、誤った表題を付したYoutube動画(登録者:Sploid)を紹介記事中に示しているは、理由が分からないが、大きな誤りである。

3.おわりに
環境問題として、「海のゴミ」、特に「海のプラスチックゴミ」について最近、関心が高まっている。

今年7月には、管理人と同じ海洋学会会員でもある東京農工大学大学院農学研究院の高田秀重さんが「マイクロプラスチックによる海洋汚染の研究及び海洋環境保全への貢献」で「海洋立国日本の推進に関する特別な功績」分野「科学技術・学術・研究・開発・技能」部門の第8回海洋立国推進功労者表彰受賞者となられた。
参照ウェブサイト:
http://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji01_hh_000326.html
http://www.mlit.go.jp/common/001096875.pdf

最近の我が国における「海のゴミ」については、九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦さんが精力的に進められている。
参照ウェブサイト:
http://mepl1.riam.kyushu-u.ac.jp/home/works/gomi/
http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/suishin/kadai/new_project/h27/pdf/4-1502.pdf
http://www.pices.int/projects/ADRIFT/main.aspx

「海のゴミ」への関心を高めるという目的が正当であっても、その科学的紹介記事が事実に基づいていなければ、誤解を生じさせ、極端な場合には、逆の効果さえ生む可能性がある。特に複雑な自然を対象としてしている環境問題を議論する際には、この可能性が高い。このような事態を避けるためには、「科学の営み」についての理解を共有しながら対策を検討する必要があり、そのために、「科学の営み」を含めた科学リテラシー普及のための科学コミュニケーション活動を続けていきたいと管理人は思っている。

posted by hiroichi at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 海のこと | 更新情報をチェックする
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