2014年5月8日01時15分 修正・追記、書式変更
4日午後に新潟県上越市の海岸で5人が死亡した水難事故が種々のメディアで大きく報じられた。その中で、毎日新聞2014年05月05日付け朝刊東京版に掲載された「水難事故:大波にのまれ5人死亡 子供3人、救助の父ら−−新潟の海岸」と題する記事では、事故発生状況の記述に続いて、川名壮志記者と山田奈緒記者の著署名で『「離岸流」の可能性』を指摘している。事故発生状況の記述からは離岸流に思い至らなかった管理人には、この指摘は意外であった。さらに、その中で、
岸に打ち寄せた波が沖合に戻る際に突然生まれる強い流れを「離岸流」と呼ぶ。
という、管理人のこれまでの理解と大きく異なる定義を読み、強い違和感を感じた。そこで、ネットで関連情報を調べた。以下はその結果。
岸に打ち寄せた波が沖合に戻る際に突然生まれる強い流れを「離岸流」と呼ぶ。
という、管理人のこれまでの理解と大きく異なる定義を読み、強い違和感を感じた。そこで、ネットで関連情報を調べた。以下はその結果。
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2009年03月14日 遠浅の砂浜海岸へ向かう恒常的な流れはあるのか?
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本エントリーをアップ後、以下のTogetterを見つけましたのでお知らせします。離岸流に限らず、水難事故防止のための情報として一読をお勧めします。この中では、以下の離岸流の英語ビデオサイトを紹介しています。本記事と併せてご覧ください。
関連Togetter 主にFree!ファン向け「日本海で泳ぐことの危険性」
1.事故の報道
上述の毎日新聞2014年05月05日付け朝刊東京版では、
上述の毎日新聞2014年05月05日付け朝刊東京版では、
子供たちが波打ち際で「波を追いかけるように、行ったり来たりして」遊んでいたところに突然、「3メートルくらいあったろうか。とてつもない大きな波」が来て、3人がのみ込まれた。陸に引き上げるまでに、波打ち際から15〜20メートルまで子供は流された。「午後は陸から海に向けて強風が吹いていて、引き波が強かった。子供が波に足を取られて転ぶと、体ごと引っ張られて非常に危険だった」
という目撃者の証言を紹介している(抜粋)。また、風については、
新潟地方気象台によると、3日は風が強く県の沿岸部全域に朝から波浪注意報を出していたが、4日朝には解除した。
と述べ、現場の地形については
波打ち際から5メートルも進むと水深が2メートルを超えて一気に深くなる
と述べている。
地元紙の新潟日報のウェブサイト掲載記事2014/05/04 21:36版「上越市柿崎区で水難事故、5人死亡」では以下のように述べている。
事故を目撃した住民によると、子ども3人が波打ち際で遊んでいたところ、突然、身長を超える波が押し寄せ、3人とも波にさらわれた。
現場はJR信越線上下浜駅の南西約400メートルの砂浜。新潟地方気象台によると、上越市には3日から4日早朝にかけて強風波浪注意報が出されており、注意報発令中は海は2・5メートル以上の波で荒れていた。この日、予想される波の高さは1~2メートルだった。
上越市漁業協同組合柿崎支所によると、現場の海は波打ち際から4~5メートルほど沖に行くと、急に水深が深くなり、大人でも背が立たなくなる。夏は水遊びや砂遊びをする人でにぎわい、釣り人も多い。
現場はJR信越線上下浜駅の南西約400メートルの砂浜。新潟地方気象台によると、上越市には3日から4日早朝にかけて強風波浪注意報が出されており、注意報発令中は海は2・5メートル以上の波で荒れていた。この日、予想される波の高さは1~2メートルだった。
上越市漁業協同組合柿崎支所によると、現場の海は波打ち際から4~5メートルほど沖に行くと、急に水深が深くなり、大人でも背が立たなくなる。夏は水遊びや砂遊びをする人でにぎわい、釣り人も多い。
時事ドットコム掲載記事2014/05/04-23:52版『「突然の高波、子供さらう」=救難隊、近づけず-上越水難事故』では
波打ち際で遊ぶ子供たちを高台から眺め、「危ないな」と思っていた。「次の瞬間に、3メートルぐらいの高い波が急に子供たちの手前まで来て、波で足をさらわれ海に引き込まれた。次の波にもまれ、あっという間に見えなくなった」
という証言を紹介している。
日本経済新聞ウェブサイト掲載記事2014/5/4 21:38版『「誰か助けて」 新潟の水難事故、海に女性の声響く』では
ホテルを営む男性(65)によると、現場の海岸は3日から風が強かったといい「沖合に数十メートル流されていたようだ。沖に向かう離岸流が強かったのではないか」と話す。
近くで民宿を営む男性(62)も「昼すぎに急に波が高まったので巻き込まれたのかもしれない」と不安げな様子だった。
近くで民宿を営む男性(62)も「昼すぎに急に波が高まったので巻き込まれたのかもしれない」と不安げな様子だった。
という共同通信社配信記事?を掲載している。
東京新聞2014年5月5日朝刊掲載記事(TOKYO WEB)『新潟・上越5人死亡 「助けて」母悲鳴 波打ち際、突然高波』では、
「3人の子どもが波打ち際で遊んでいて、突然大きな波が来て足を取られ、流された」
という目撃証言の他、
「ここはドンブカ(海底がすぐ深くなる場所)。注意が必要」
という釣り人の話と、
「付近の漁港では漁船の体験乗船などのイベントが開かれる予定だったが、昼前から波のうねりが大きくなったため、主催者は途中で中止を決めた」
という気象状況を紹介している。
以上の記事を比較すると、毎日新聞が最も詳細に報じているといえる。しかし、毎日新聞以外で、離岸流の可能性について言及しているのは日経新聞がホテル経営者の談話として紹介しているのみである。
なお、「午後は陸から海に向けて強風が吹いてい」たという証言については、日本海側で強い風が吹くのは西風と思っていた管理人は疑問を感じた。そこで、気象庁のウェブサイトで調べた。その結果、日別データしか公開されていないため、事故発生時の状況の変化は不明であるが、5月4日の現場近くの大潟での最多風向が南東であったことから、証言はほぼ間違いないことを確認した。
2.離岸流の定義
「岸に打ち寄せた波が沖合に戻る際に突然生まれる強い流れを「離岸流」と呼ぶ」
という毎日新聞掲載の定義の出典を調べようとしてネットで離岸流の解説記事を検索した。
「岸に打ち寄せた波が沖合に戻る際に突然生まれる強い流れを「離岸流」と呼ぶ」
という毎日新聞掲載の定義の出典を調べようとしてネットで離岸流の解説記事を検索した。
その中で、九管区海洋情報部のウェブサイト「離岸流」が良くまとまっている。また、このサイトからリンクが張られれている長岡技術科学大学水工学研究室のサイト「離岸流について」 が、離岸流の発生機構を含め良くまとまっていると思う。
九管区海洋情報部のウェブサイトでは、
離岸流とは、海水が川のようになって沖へ戻る流れのことです
海岸に向かって強い風が吹くと、海水は波となって沖から海岸へ打ち寄せられます。 そうすると、水はどんどん岸に貯まるので、どこかから沖にもどろうとします。 この時、岸から沖の方へ向かって一方的に流れる速い流れのことを離岸流(リップカレント)と呼びます。
離岸流は海岸の構造により大きさは異なりますが、長さは沖へ数十メートルから数百メートルに 及ぶことがあります。幅は10~30メートル程度とあまり広くないのが特徴です。 流れの速さは男子100m自由形の世界記録と同じくらいになることもあり、とても速い流れです。
離岸流は海岸の構造により大きさは異なりますが、長さは沖へ数十メートルから数百メートルに 及ぶことがあります。幅は10~30メートル程度とあまり広くないのが特徴です。 流れの速さは男子100m自由形の世界記録と同じくらいになることもあり、とても速い流れです。
と述べている。
また、長岡技術科学大学水工学研究室のウェブサイトの冒頭部では
よく新聞などの報道等で、『海水浴中、いつの間にか沖向きの流れに遭遇し流されてしまい、 慌てて流れに逆らって陸へ向けて泳ごうとしているうちに力尽きて溺れてしまった』 という内容のお話をお聞きになった人は多いと思います。 実は、この流れが『離岸流 (Rip Current) 』なのです。
と述べている。また、離岸流について、
離岸流とは、波(寄せて引く波:振動流)によって生じる流れ。
岸から沖方向への強い流れ。
寄せて引く波(振動流)を平均すると沖向きになる流れ(一方向流ではない)。
流速は大きいもので毎秒2m (時速7.2km)程度
強い流れの幅は大きいもので5m程度
岸から沖方向への強い流れ。
寄せて引く波(振動流)を平均すると沖向きになる流れ(一方向流ではない)。
流速は大きいもので毎秒2m (時速7.2km)程度
強い流れの幅は大きいもので5m程度
と説明している。なお、離岸流の発生パターンについては以下のように述べられている。
離岸流は,元々は下に示すような「砂浜海岸」で発生することが知られていましたが,最近では突堤など海岸に鉛直に突き出た構造物で 沿岸流の流れが遮られ,そこで離岸流が発生するなどの従来にはなかったパターンの離岸流も発生するようになりました。
管理人が毎日新聞の記事を読んで違和感を感じたのは、離岸流は上の長岡技術科学大学水工学研究室のウェブサイトで従来の発生パターンとして述べられているように遠浅の砂浜で岸から離れて海水浴中に遭遇するものであり、岸辺で波に巻き込まれた際に遭遇するものではないと思っていたからである。
3.毎日新聞記事
結局、最近の離岸流の定義としては、遠浅の砂浜に限らず発生する、寄せて引く波(振動流)を平均すると沖向きになる幅5m程度、速さ毎秒2m程度の強い流れといえよう。この定義は、
「岸に打ち寄せた波が沖合に戻る際に突然生まれる強い流れ」
という毎日新聞掲載記事の定義とは大きく異なる。
結局、最近の離岸流の定義としては、遠浅の砂浜に限らず発生する、寄せて引く波(振動流)を平均すると沖向きになる幅5m程度、速さ毎秒2m程度の強い流れといえよう。この定義は、
「岸に打ち寄せた波が沖合に戻る際に突然生まれる強い流れ」
という毎日新聞掲載記事の定義とは大きく異なる。
なぜ、このような誤った定義を示し、「離岸流の可能性」を指摘する記事となったのか。その原因は、あくまでも推定の域を出ないが、
目撃証言の「引き波が強かった」という言葉に引きずられたこと、
救助までの短時間に15〜20m流されたこと、
水難事故の多くが離岸流によることを周知しなければならないと記者たちが考えたこと
が原因と思われる。
管理人も水難事故を防ぐために、あまり知られていない離岸流のことを広く社会に伝えることは報道機関の重要な役割だと思う。しかし、今回の記事は、勇み足と言わざるを得ない。なお、救助までの短時間に15〜20m流されたのは、離岸流ではなく、陸からの強い風の影響と思われる。
4.今回の大波発生の要因
今回の大波発生の要因としては、
1)上越市には3日から4日早朝にかけて強風波浪注意報が出されており、注意報発令中は海は2・5メートル以上の波で荒れていたこと
2)昼前から波のうねりが大きくなったこと
3)午後は陸から海に向けて強風が吹いていたこと
4)波打ち際から5メートルも進むと水深が2メートルを超えて一気に深くなること
が重なったことが考えられる。
4日早朝までの強い西風により沖合および現場海岸近くでは風浪が発達していたが、沖合で早朝までに生じた風浪はウネリとなって4日午後昼前には現場海岸に到達していた可能性がある。沖から東向きに進行してきたウネリに対し、逆に西向きの風が午後になって陸から吹くことによりウネリが波の峰が尖った三角波になって海岸に打ち寄せた可能性がある。遠浅の海であれば、ウネリは海岸に到達する前に沖合で砕波するが、急深の海では砕波しないまま海岸に到着することが考えられる。「引き波(海岸で打ち上げられた海水が沖に戻る勢い?)が強かった」のは、ウネリが三逆波の傾向にあったことを示唆しているように思う。また、波の進行方向と風向きが逆の場合には、三角波になる傾向とともに、波の不規則性が増して突然大きな波が現れる傾向があることも関係していると思われる。
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2009年5月2日 三角波と高波は違う
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5.おわりに
今回の毎日新聞記事によって離岸流についての関心が高まり、テレビニュースで言及されたり、5月5日放送MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」でも話題となっていた。このことは、離岸流による水難を防止するためには良いことだったとは思う。
今回の毎日新聞記事によって離岸流についての関心が高まり、テレビニュースで言及されたり、5月5日放送MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」でも話題となっていた。このことは、離岸流による水難を防止するためには良いことだったとは思う。
しかし、今回のような水難事故の発生を未然に防ぐためには、目の前の波の状態のみならず、その背景となるウネリと風向、海底地形の関係などを考慮する必要があるという正しい知識が流布されるべきと考える。
今回の犠牲者の皆様のご冥福をお祈り申し上げます。