2013年04月07日

温暖化による南極周辺の海面水温低下と海氷面積増加の理由

2013年4月09日01時03分 追記
2013年4月10日00時40分 追記2


2月16日に記事をアップした後、あっという間に約2ヵ月が過ぎてしまった。記事更新を少しでも補充するつもりで、翌2月17日からTweetsの自動アップ機能の利用を開始したが、Recent Entriesに「3月XX日のつぶやき」のみが並ぶという格好の悪い状態になっている。この間、私事での度重なる1泊旅行(広島、山梨、福岡)、3月21日から25日まで品川で開催された日本海洋学会2013年度春季大会への参加、この学会期間中の日本海洋学会教育問題研究会関連活動(3月21日:海洋科学コミュニケーション実践講座体験ワークショップ、3月22日:2012年度活動報告、3月23日:第11回海のサイエンスカフェ)の準備に追われていた。

このような中、毎日新聞4月1日付け東京版夕刊の「南極の海氷:温暖化で増加? 塩分濃度下がる--オランダの気象研究所」と題する興味深い記事が目に止まった。しかし、この中に理解に苦しむ記述があるのを見つけ、2日にそのことをTwitterで発信した。以下は、このTweetの補足と原論文の解説。

追記2:拙ブログ関連記事
2012年05月11日 「南極低層水が激減した」という記事で気になったことを調べた

http://blogs.dion.ne.jp/hiroichiblg/archives/10749661.html


1.毎日新聞の該当記事
毎日新聞の該当記事は、3月31日付の英科学誌ネイチャー・ジオサイエンス(電子版)で発表された論文の紹介であるが、国内外では大きく取り上げられていない。このことから、田中泰義記者の「スクープ」なのかもしれない。文末の追記(2013年4月9日)参照

南極観測船「しらせ」が厚い海氷に阻まれて2年連続で昭和基地に接岸できないなど、最近の南極での記録的な海氷拡大の原因が注目されている(該当記事)折から、一見すると矛盾するような「温暖化で南極の海氷が増加する」仕組みについての新たな研究成果を紹介している該当記事は優れた着眼点を持った良記事だと思う。

しかし、この記事中に、理解に苦しむ表現があり、管理人は以下の「つぶやき」をアップした。ここに引用した文を意味不明とした理由は、「上に向かって移動」という言葉から想起される「下層の高温・高塩分水の上昇運動」を「表層で形成された低塩分層が妨げる」という現象を説明するメカニズムは考えにくい、と思ったためである。とはいえ、元の論文でどのように説明しているのかが気になり、以下の原論文を調べた。

"Important role for ocean warming and increased ice-shelf melt in Antarctic sea-ice expansion" by R. Bintanja, G. J. van Oldenborgh, S. S. Drijfhout, B.Wouters and C. A. Katsman ( DOI: 10.1038/NGEO1767 )

この論文の要旨(第1節)には

Specifically, we present observations indicating that melt water from Antarctica's ice shelves accumulates in a cool and fresh surface layer that shields the surface ocean from the warmer deeper waters that are melting the ice shelves.

と記載されている。管理人ならば、この一節を以下のように訳す。

特に、我々は、棚氷を融かす高温な下層水が、南極の棚氷から融け出た水が蓄積した低温低塩な表層水によって海面と隔てられていることを示す観測結果を提示する。

すなわち、原論文ではshield(遮蔽する)という言葉を用いており、「表層水が下層水の上昇運動を妨げている」という表現を用いていないことが分かった。さらに、本文中の関連個所では、以下のように述べられている。

Melt water from the ice shelves has a comparatively low density and therefore accumulates in the top ocean layer. Observations confirm that the upper ocean layers get fresher (Fig. 3a), with the resulting cold halocline stabilizing the ocean at the base of this layerbetween 100 and 200m depth (Fig. 3b). This reduces convective mixing between the cold, fresh surface waters and the warmer, saltier subsurface layers in winter, associated with the deepening of the winter mixed layer.

拙訳:棚氷から融け出た水の密度は(海水に比べて)低いため、海の表面に蓄積する。海洋上層水の塩分が低下するに従って、低温な塩分躍層(塩分が深さとともに急変する層)が発達し、100-200m深にある低塩な海洋上層の底部の上下で密度差が大きくなって底部の安定成層度が増すことを観測で確認した。これ(安定成層の強化)が、低温低塩な表層水と高温高塩な下層水の間での、冬季表層混合層の発達に関連する冬季対流混合を減少させる。

この記述より、shield(遮蔽)の意味が、「強い密度成層による対流混合の抑制」であって「上向きの流れの抑制」ではないことは明らかである。なお、「強い密度成層による対流混合の抑制」は、密度成層度が大きいほど上下に微小に変位した水粒子に働く力(浮力:水粒子と周りの水の密度差に比例)が大きくなるために、海水粒子が乱流によって上下に変位する深さは小さくなり、混合も小さくなることによって生じると説明できる。

海洋において上向きまたは下向きの一方向の流れを妨げるのは海面または海底面のみであり、そこで水平方向の収束または発散を伴うと考えるのが普通である。このため、管理人は「上向きの流れの抑制」に違和感を感じた。田中泰義記者は原論文を読んだ際に「上下の対流による混合」を「上向きの流れ」と誤読したものと思われる。あるいは、「上向きの渦混合拡散の抑制」とでもすれば大きな間違いではないことになるが、新聞記事で使用する用語として相応しくなかった可能性もある。

2.温暖化で南極の海氷が増加する理由
毎日新聞の当該記事では、「海面近くに塩分濃度の低い層が形成され」ることを述べた後に以下の分が続く。
 塩分濃度が低い水ほど凍りやすい。観測データからも、この25年間に水面近くの海水の塩分濃度の減少傾向が確認できたという。

 米雪氷データセンターなどによると、北極海では海氷面積は10年間で5・3%減少しているが、南極では逆に海氷が1・9%増加した。【
一見、この記述は

1)温暖化で棚氷が融ける
2)棚氷が融けると、海面近くで塩分が減少
3)塩分が低い水ほど凍りやすいので、海面近くで塩分が減少すると、海氷面積が増加


というストーリーで、もっともらしく見える。しかし、原論分が提案している仕組みはもう少し複雑である。すなわち、

1)温暖化で棚氷が融けると、海面近くで塩分減少する。
2)海面近くで塩分減少すると、密度成層度(表層と下層の密度差)が大きくなり、表層と下層が混合しにくくなる。
3)表層と下層が混合しにくくなると、海上の寒冷な大気による海面冷却の効果が上層のみに作用し、冬季に上層の水温はより大きく低下する。他方、下層の水温は海面近くでの塩分低下時に比べて低下せず、温暖化が進行する以前に比べると上がる。
4a)海水が凍る温度(結氷点温度)は塩分が高いほど低い(塩分を含まない真水では0℃だが、塩分33パーミルの海水では-1.8℃)ので、水温が同じでも高塩分な海水は凍らないが低塩分な海水は凍る。このため、上層が低塩な海域が増えれば、海氷面積は増加する。
4b)下層の水温が温暖化が進行する以前に比べて昇温することにより、水面下の棚氷の融解が進む。その結果、1)からの過程が繰り返され、上層水温の低下がさらに進むことになる。


と、2)と3)の過程が間に入る。

ここで3)の過程については以下のように説明できる。
海水の密度は水温が高いほど小さく、塩分が高いほ大きい。また、海水の密度は深くなるほど大きい(これを密度成層と呼ぶ)。海面の海水小片が冷やされると密度が増え、同じ密度の海水のある深度まで沈む。さらに冷却が進むと海面の海水片は上層底部まで沈むが、低塩な上層と高塩な下層の密度差が大きいため、下層内には沈降しない。この結果、上層のみの冷却が進むことになる。上層が保有する熱量は水温と厚さの積に比例する。したがって、同じ海面冷却に対して上層水温の低下量は上層の層厚が小さいほど大きい。このため、海面近くで塩分減少して薄い上層が生じたときの海面水温は、成層が発達しない場合に比べて、同じ海面冷却に対して大きく低下する。

3.おわりに
「地球温暖化が進む中で、南極周辺では年ごとに海面水温が低下するとともに海氷面積が増加する」現象が報告されいる。その原因については、いくつかの研究が行われている。その一つは、海氷による海水密度の変化に伴う負のフィードバックによって海氷を融かすために費やされる大気からの海面加熱量が減少するというものである。もう一つの説は、南極周辺の海上風の変化が極向きの熱輸送量の減少と南極域の大気の冷却を引き起こしているというものであった(詳細は原論文参照)。

毎日新聞の当該記事では、このような従来の研究内容あるいは異なる考え方の存在について言及されていない。このため、棚氷の融解に伴う密度成層の発達によって海面水温低下と海氷面積拡大が説明できることを現場観測と数値モデル計算で示しているという原論文の持っている斬新さ(原論文の説の正否が確定していない言うまでもない)を十分に伝えていないように思う。紙面の制限からやむを得ないとは思うが科学報道のあり方としては残念である。

ともあれ、本記事で、海の現象は種々の要因が複雑に関係しており、その関係を観測事実に基づいて検討することの面白さの一端を味わっていただければ、幸いである。

付記:毎日新聞の該当記事では「塩分濃度」という言葉を使っているが、本記事では「塩分」を用いている。その理由は以下の拙ブログ記事を参照されたい。

2007年10月22日 塩分と塩分濃度

参考情報(2013年4月9日追記)
3月31日付けでNatureのウェブサイトのNature News欄に Global warming expands Antarctic sea ice と題する解説記事が掲載されています。この記事の和訳がブログ「自然史ニュース」に「南極の海氷が増える原因」と題する記事として掲載されています。

Nature誌以外では、ウェブニュースScienceNewsが、ネイチャー・ジオサイエンス(電子版)で発表される前の3月29日付けで In_Antarctica_melting_may_beget_ice と題する記事をそのサイトに掲載しています(原論文を明示してはいます)。また、Reutersが3月31日付けで Global warming means seas freeze more off Antarctica: study と題する記事を関係各紙に配信し、海外のいくつかの新聞で報道されていました。結局、毎日新聞の該当記事で紹介された論文は、多少の注目を集めたが、報道された数は多くはなかったということになります。


http://yuihaga.blog.fc2.com/blog-entry-248.html
http://www.sciencenews.org/view/generic/id/349277/description/In_Antarctica_melting_may_beget_ice
http://www.reuters.com/article/2013/03/31/us-climate-antarctica-idUSBRE92U05A20130331
posted by hiroichi at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 海のこと | 更新情報をチェックする
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