2012年11月28日

南太平洋上の島が消えた?


11月22日にオーストラリアのThe Sydoney Morning Herald)が「Where did it go? Scientists 'undiscover' Pacific island」と題する記事で、Google Earth他の地図上では南太平洋上にあるとされていたサンディ島が実在してないことが「発見」されたことを報じた(WAtodayのサイトでも全く同じ記事が掲載されている。また、現在のGoogle Earthではサンディ島は黒く塗りつぶされている)。その内容はAFPで世界に配信されたようで、The Austrianは翌23日にAFP電として「Paradise lost: Google Earth island a mystery」と題する記事を報じている。日本でも、23日にはAFPBBニュースサイトに「「グーグルアース」記載の島、行ってみたら存在しなかった」と題する記事が掲載された。さらに、24日にはCNN日本語ウェブサイトで「地図上の南太平洋の島は実在せず 科学者チームが発見」と題する記事が掲載され、ネットサイト「カラパイア、不思議と謎の大冒険」でも「グーグルアースの衛星地図に載っている小島「サンディ島」は実際には存在しないことが判明(オーストラリア地質学チーム)」として紹介され、Twitterや「はてなブックマーク」でそれなりの注目を集めた。

海洋観測のための船舶航行計画立案に深くかかわる経験を有する管理人としては、航海用海図に大きな誤りはないと思っていたので、この結果は世界の海図管理体制の大きな欠陥の発現かもしれない重大事と一旦は思った。しかし、これは管理人の読み間違いで、じっくりと記事を読むと、世界の海図管理体制の問題ではなくて、一般用地図の問題であることが分かった。以下は、この騒ぎについて思ったことなど。



1.元記事の記述
最も詳細に報道している元記事(The Sydoney Morning Heraldのウェブサイトに掲載されている「Where did it go? Scientists 'undiscover' Pacific island」と題する記事)では、
Even onboard the ship, the weather maps the captain had showed an island in this location. The island, named Sandy Island on Google Earth, also exists on marine charts and world maps and allegedly sits between Australia and New Caledonia in the south Pacific.
と記載されている。この文中の「marine charts」を航海用海図と理解すると、重大事ということになる。しかし、記事では、その後にDr Maria Seton, a geologist from the University of Sydney, の以下の言葉を紹介している。
We became suspicious when the navigation charts used by the ship showed a depth of 1400 metres in an area where our scientific maps and Google Earth showed the existence of a large island.
この発言は、航海用海図を意味する「navigation charts」ではサンディ島が記載されていなかったことを示しており、前出の「marine charts」は一般用地図であるらしい(上の文の「our scientific maps」が何を示しているのかは不明)。さらに記事本文で、
Neither the French government - the invisible island would sit within French territorial waters if it existed - nor the ship's nautical charts, which are based on depth measurements, had the island marked on their maps.
と水深測量に基づく「ship's nautical charts」ではサンディ島が存在しないことを述べている。

これらのことから、船舶の安全運航に関わる航海用海図の精度には問題がなかったが、一般用地図と航海用海図との整合性に問題があったことになる。

2.海図の種類
上で紹介した記事では、海図の英語表記として、marine charts、navigation charts、ship's nautical chartsが用いられている。これらの語句間の違いは管理人にはよくわからない。

海洋保安庁海洋情報部のウェブサイトでは、航海用海図(Nautical Charts)には以下のような種々の種類のあることが紹介されている。
総図(General Chart):きわめて広大な海域を収めたもので、1/400万よりも小縮尺のものをいいます。 本海図は長途の航海に使用され、主として航海計画立案用に用いられます。

航洋図(Sailing Chart):長途の航海に用いられ、沖合の水深、主要灯台の位置等が図示してあり、 縮尺1/100万~1/400万分のものをいいます。日本近海は1/120万、 1/250万で包含しています。

航海図(General Chart of Coast):陸地を視界に保って航行する場合に使用され、船位は陸上物標により決定できる ように表現されている。縮尺は1/30万~1/100万です。 日本領土沿岸は、縮尺1/50万の図でカバーされています。

海岸図(Coast Chart):沿岸航海に使用するもので、その沿岸の地形が細部にわたって詳しく描かれてあり、 縮尺は1/5万~1/30万の図です。日本沿岸は、ほとんど1/20万または 1/25万の図でカバーされています。

港泊図(Harbour Plan): 縮尺は1/5万より大尺で、港湾、泊地、錨地、漁港、水道そして瀬戸 のような小区域を詳細に描いた海図です。
また、同サイトでは、「海図の最新維持」について、
 海図の内容は船舶の安全確保のために常に最新の状態に維持されています。 海図の最新情報は、毎週発行される水路通報により利用者に提供されています。 右図は、水路通報に添付される海図の一部分で補正図といいます。 補正図は利用者が対応する海図に張り込んで海図を最新に維持するためのものです。
 また、海上保安庁は、定期的に海図を最新の内容に維持して改版を行っています。
と述べている。なお、海図情報の世界的な管理は国際水路機関 (International Hydrographic Organization:IHO)によって行われている。

3.今回の「発見」の経緯についての疑問
今回の「発見」に至った経緯として、海洋調査船による調査航海立案において、Nautical Chartsを用いず、一般用地図あるいはGoogle Mapを用いていたことが示唆される。しかし、このようなことは、航海計画を立案する際に、航海用海図を使用するのを常とする管理人にとっては考えられない事態である。事前に航海用海図を見れば、島がないのは明確だったはずだと思う。冒頭に示した元記事では
The team collected 197 different rock samples, more than 6800 km of marine geophysical data and mapped over 14,000 square kilometres of the ocean floor.

They also recovered limestone, which forms from near surface coral reefs, from a depth of three kilometres.
と海底調査を行ったことが述べられており、事前に航海用海図で調査海域を検討していないはずはないと思うのだが・・・

4.今回の「発見」の原因
今回の「発見」の原因は、一般用地図と航海用海図との整合性に問題があったことである。このことについて、元記事では以下のようなGoogle社の担当者のコメントを紹介している。
Nabil Naghdy, the product manager of Google Maps for Australia and New Zealand, said Google Earth consulted a variety of authoritative public and commercial data sources in building its maps.

"The world is a constantly changing place, and keeping on top of these changes is a never-ending endeavour,’’ Mr Naghdy said.

He encouraged users to alert Google to incorrect entires using the 'Report a Problem' tool, found at the bottom right corner of the map, which they would then confirm with other users or data providers.
上の3つの文の1番目と3番目の文には異論はないが、2番目の文には、疑問がある。

世界は常に変化していることには同意する。しかし、建物や道路の変化とは違い、今回の島の不存在は、世界が変化した結果ではない。それまで存在が確認されていたサンディ島が無くなったのではない。

Google Earth画像の下部には、「Data SIO, NOAA, US Navy, NGA, GEBCO」と明記してある。これらのデータに基づいて作成してあるのならば、サンディ島は示されていないはずであったと思われる(航海用海図の現物を見ていないので断言できないが)。

Google Earthの地上の画像が人工衛星画像から作成されているというのは確かだろうが、海面については衛星画像はほとんど無意味なので合成画像であろう。サンディ島の人工衛星画像は今となってはあり得ないことが確定しているが、修正前はどのようになっていたのだろうか? 今回の発見の前後で変わっていないとしたら、担当者は、人工衛星画像に映っていないのに気付いたものの、あるはずという思い込みから、雲の影響で映っていないとでも考え、「海岸線データベース」から島の海岸線を付し黒塗りにしたのかもしれない。この「海岸線データベース」の出所が問題であろう。今後の調査結果を待ちたい。

5.深海域の水深測量
沿岸域と異なり、深海域あるいは陸から遠く離れた沖合域の海底地形の詳細はあまり分かっていないのが現状である。

管理人がこれまで行なってきた流速計係留観測では、既存の海底地形図では細かい海底地形が記載されていないため、係留系設置点を定めるために、予定点の周辺の海底地形探査に数時間以上を費やすことが多かった。

詳細な海底地形図が十分に整備されていないのは、測量の難しさと実施に多くの時間を要するのためである。海底地形図を作成する際には、空間的に密に、水深測定の結果と水深を測定した場所の位置(緯度、経度)の精密な値が必要である。現在、沿岸域で行なわれている水深測定では「浅海用ナローマルチビーム音響測深機」が用いられている(海上保安庁海洋情報部のウェブサイト参照)。深海域でも同様の機材が使われている。

マルチビーム音響測深機によって、毎時10km程度のゆっくりとした船速で走ることで、その航跡に沿って幅が水深の2倍程度の帯状の海域について精密な海底地形図を得ることができる。帯状の海域の一部を重ね合わせるように平行に航走することである海域の海底地形図を作成することができる。今回のオーストラリアの海洋調査航海も、対象とした調査海域の精密海底地形調査が主な目的であった。25日間に地形探査を行なった海域の面積が14000平方キロ(距離:6800km)と報じられている。この面積は非常に広大と思うかもしれない。しかし、緯度1度は約110kmであるから、緯度1度四方程度の海域の海底地形を計測したことになる。これは、非常に貴重な成果だが、広大な海のごく一部にすぎない。

水深が5000m程度の海域で、幅約10kmの帯状に海底地形の測定が比較的容易にできるようになったのは、マルチビーム音響測深機が普及したここ10年程度のできごとである。それまでは、船の真下の水深を精密音響測深機で航跡に沿って測定するのみであった。なお、音響測深機データ(船底から発信した音響信号が海底からの反射して受信されるまでの経過時間)から正確な水深データを得るためには、水温と塩分の海底までの鉛直分布を測定して、音速を求める必要がある。また、測定位置も精密に求める必要がある。海山などを発見しても、それを登録するためには、測定方法などについて詳細な報告が必要となる。航海用海図では水深の値が点在している。これらは多くの測点を代表している場合もあるが、精密音響測深機も普及していない時代に、先人が苦心して測定した値である場合も多い。

6.おわりに
Guardianの22日付けの「The Pacific island that never was」と題する記事では、Danny Dorling, president of the British Society of Cartographers, の以下のコメントが紹介されている。
Maps serve two purposes: one practical, to help us navigate and find our way around; the other existential, to give us a sense of perspective, and to define our place on a large and ever-changing planet. "It gives you a sense of identity"
含蓄ある言葉である。多くの人があこがれる南太平洋の島が実はなかった(Lost Paradice)ということと、まだ見ぬ海について我々がよって立つ地図に見つかった欠陥だからこそ、今回の騒ぎになったと言えるかもしれない。
posted by hiroichi at 01:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 海のこと | 更新情報をチェックする
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