2012年07月18日

2012年7月のボストン

6年ぶりに8日から13日までボストンを訪れていた。アメリカ気象学会第18回大気海洋相互作用研究会の各セッションの研究発表を聴くとともに、10日にポスター発表を行った。また、同時に同じ場所で開催された第20回境界層と乱流シンポジウムとの合同セッションにも参加した。アメリカ気象学会の集会に参加したのは今回が初めてであり、新鮮な経験であった。以下は、この会合の参加報告と感想など。


1.大気海洋相互作用研究会
今回の大気海洋相互作用研究会(Conference on Air-Sea Interaction、18AIRSEA)は、アメリカ気象学会(American Meteorological Society、AMS)の主催で第20回境界層と乱流シンポジウム(Symposium on Boundary Layers and Turbulence、20BLT)と同時に同じ会場で開催された。18AIRSEAが対象とする大気海洋相互作用は海と大気の境界である海面付近(大気海洋境界層)における運動量(波、流れ)、熱、ガスの交換を通して行われ、風速が強い場合には乱流境界層となる。20BLTは、この大気海洋境界層のみならず、陸上の大気の境界層(接地境界層)をも対象としている。

18AIRSEAを主催したAMSの大気海洋相互作用委員会(Air-Sea Interaction Committee)のウェブサイトによると、第1回大気海洋相互作用研究会は1971年に開催され、前回は2010年9月にAnnapolisで開催されていた。

基本的には、18AIRSEAの1会場と20BLTの2会場を合わせた3会場で研究発表が続いたが、11日は終日、1会場でMJO(Madden-Julian Oscilation)についての合同セッションが開催された。以下に、18AIRSEAの単独セッションと合同セッションの題目を示す。

Air-sea sessions:
Air-sea Flux Measurements, Estimation, and Parameterization, including Gas Exchange
Air-sea Interaction under High Wind Speed Conditions
Sea Surface Processes, Including Waves, Spray, Bubbles, and Aerosol
Role of Air-Sea Interaction in Climate Variability and Change I: Air-Sea fluxes and Climate
Role of Air-Sea Interaction in Climate Variability and Change II: Atlantic Ocean and Climate Modelling
Role of Air-Sea Interaction in Climate Variability and Change III: Tropical Pacific and Climate Change
Role of Air-Sea Interaction in Climate Variability and Change IV: North Pacific and Western Boundary Currents

Joint Sessions:
Coastal and Marine Boundary Layers
Theoretical and Practical Issues Associated with Multi-scale Simulations
BLT Keynote and Award Presentation
Dynamics of the Madden-Julian Oscillation (DYNAMO) international field campaign: Overview and ASI Keynote Speech
Dynamics of the Madden-Julian Oscillation (DYNAMO) international field campaign: Surface processes
Dynamics of the Madden-Julian Oscillation (DYNAMO) international field campaign: Sea surface and upper ocean
Dynamics of the Madden-Julian Oscillation (DYNAMO) international field campaign: Atmospheric boundary layers
Renewable Energy Applications of Boundary Layer Physics: Part III

このセッション一覧が示すように18AIRSEAのメインテーマは
Dynamics of the Madden-Julian Oscillation (DYNAMO)

Role of Air-Sea Interaction in Climate Variability and Change
であった。

DYNAMOはインド洋における周期が30日程度の変動(Madden-Julian Oscillation)についての国際共同観測研究計画であり、日本が提唱したCINDY2011(Cooperative Indian Ocean experiment on intraseasonal variability in the Year 2011)に対応して組織されたアメリカの研究計画である。日本からはKMさんとTOさんが日本が担当した観測結果の途中経過を報告をされた。

気候変動セッションは、従来の半日、2セッションに対し、今回は最終日の全日、4セッションが割り当てられており、近年の気候変動、地球温暖化への関心の高まりに対応しているように感じた。日本でも、2011年度から始まった文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「気候系のhot spot: 熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動」で組織的な研究が進められている。管理人はこのセッションに関連するポスターセッションで発表した。その他には、日本から「気候系のhot spot」の主要メンバーであるNHさんとTYさんが口頭発表をされた。気候変動セッションでは、先駆的な論文を発表してきた研究者のその後の最新の研究状況の紹介など、大いに刺激を受ける内容であった。

従来の海面境界過程についてのセッションでは、管理人が学位論文のために35年前に取り組んでいた海面乱流境界過程についての研究の最近の状況を知り、懐かしさと共に、楽しい思いを味わった。特に、波と風によって幅が数メートルの等間隔な泡筋を説明するラングミューラー循環や砕波にともなう白波が海面交換過程に果たす役割について見直しが進んでいること、海面水温データを考慮に入れた風速の衛星リモートセンシング測定の精度向上の試み、航空機を用いた海氷上の海面粗度計測、LES(Large Eddy Simulation)による波面上の気圧と風速分布の計算、は面白く感じた。

乱流境界層関連のセッションでは、1980年代の微小地形周辺での大気境界層についての数値モデルによる再現研究、朝もやのような微小風と密度成層が混在している状況での乱流の話、ネスティング(格子間隔が異なる数値モデルの結合)の精度向上についての詳細な検討などが面白かった。

2.AMS
 AMSは、大気と大気に関連する海洋、水理学の推進と普及を目的として、1919年に創立された、現在、約14000人の会員を擁する学会組織である。AMSが発行している学術誌の中で、
Journal of Physical Oceanography (JPO) 
Journal of Climate (JC) 
の2誌は、管理人の研究分野(海洋物理学)で高い評価を得ている。JPOは1971年創刊、JCは1988年創刊である。気象分野の学会が海洋関係の学術論文雑誌を刊行していることを奇異に感じるかもしれない。

日本国内での海洋物理学分野の研究の情報交換は、主として、1911年に創立された日本海洋学会で他の分野と合わせて行われている。他方、アメリカでは、海洋学分野の学会であるThe Oceanography Society (TOS)が設立されたのは1988年であった。それまでは、1948年に創立されたAmerican Society of Limnology and Oceanography (ASLO)があったが、これは物理のみならず生物、化学を含む学際的な学会であった。このため、海洋物理関係の主導的な学術論文雑誌は、管理人が学生の頃(1970年代初め)は、多くがヨーロッパを基盤とする、Journal of Fluid Mechanics (JFM), Journal of Marine Reserach (JRM), Tellus, Deep-sea Research, Transactions of Royal Meteorological Society of London, であり、中でもJFMが海面境界層の研究分野では最高峰であった。現在、大手となっているAmerican Geophysical Union (AGU)のJournal of Gyophysical Rsearchはタイプ印刷の趣で、あまり魅力的な雑誌ではなかった。また、ロシア(当時のソ連)では海洋関係の学術論文がロシア語で公刊され、約半年遅れで英語版がAGUから発行されていた。こうした状況で、JPOが創刊されたのであった。

なお、ASLOはその後、Association for the Sciences of Limnology and Oceanography (ASLO)と改称し、隔年にOcean Science Meeting をAGUと共催している。ASLOのアジアでの初めての夏季大会が、18AIRSEAと同じ時期の7月8日から13日に大津市で開催された。友人のKMさんがその大会事務局の一員として尽力されてたが、18AIRSEAと重なったため、出席を断念した。

3.おわりに
2日目には、若手の海洋物理学者に与えられるFofonoff賞の授与式があった。Fofonoffさんは、海洋循環や海水の状態方程式の定式化に貢献した海洋物理学者で、彼が長年勤務していたウッズホール海洋研究所(WHOI)のSusan K. Avery所長が受賞者(WHOIのLouis St. Laurent博士)の紹介を行った。管理人がWHOIに文部省在外研究員として滞在中に何度となくお会いしたFofonoffさんの白髪で大柄な体格と穏やかな人柄を懐かしく思い出していた。会合では、既に引退しているTJさんとも久々にお会いした。

今回の参加者は18AIRSEAと20BLTを合わせて200名程度であった。日本から参加した海洋関係者は管理人を含め5名であった。気象分野からは数名と非常に少ないように感じた。イギリス、ドイツ、中国、韓国からの参加者が多かった。特に、中国人はアメリカで職を得ている研究者を含めるとかなりの数に達していた。その中には、管理人がWHOIに長期滞在中に学生だった研究者もいた。

最新の学術研究情報を得るとともに、約40年前の学生時代の研究や25年前のWHOI滞在を振り返る、貴重な時間を過ごすことができた5日間であった。
posted by hiroichi at 03:06| Comment(0) | TrackBack(3) | 研究 | 更新情報をチェックする
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