2012年05月28日

講演会「雪は天から送られた手紙-中谷宇吉郎の雪の研究」参加記

5月3日午後に東京理科大森戸記念館で開催された科学読み物研究会5月例会「雪は天から送られた手紙-中谷宇吉郎の雪の研究」に参加した。講師は「中谷宇吉郎雪の科学館」館長の神田健三さんであった。札幌で小学生時代を過ごし雪に親しんだ経験があり、また10年ほど前に友人たちと片山津温泉を訪れた際に、「中谷宇吉郎雪の科学館」でその展示内容の素晴らしさに驚いた記憶があったため、例会の案内を受け、GWの最中であったが、早々に申し込んだ。以下は、例会の詳細など。



1.科学読み物研究会
 「科学読物研究会」は子どものための科学読物を読み、その普及につなげようと科学者である吉村証子さん(故人)の呼びかけで1968年に発足した、母親や図書館関係者などを中心に子ども向けの科学の本の読みくらべや科学遊び研究などで地道な活動を続けているグループである。毎月発行する、会報『子どもと科学よみもの』では、新刊リストや身近な材料でできる 科学遊びなどを紹介している。
 管理人は「サイエンスコミュニケーションネットワーク横串会」の会合で、その存在を知り、昨年2月から参加している。そのMLでは例会活動や関連する催しの案内の他、種々の情報交換が行われている。

参照ウェブサイト 
「科学読物研究会」http://www.kagakuyomimono.com/
「横串会」http://www.yokogushi.sc/

2.例会:「雪は天から送られた手紙~中谷宇吉郎の雪の研究」
 4月11日未明に以下の「5月例会のおさそい」が担当のKさんから「科学読み物研究会」MLに投稿された。
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加賀市出身の中谷宇吉郎(1900-1962)は、北海道大学で、雪の結晶の分類表と人工雪作成に成功し、世界に先駆けて「雪氷学」の分野を確立しました。また、科学啓蒙家としても活躍しました。

 講師 : 神田 健三先生 (中谷宇吉郎雪の科学館 館長) 
 日時 : 5月3日(木・祝)  14:00~16:00(13:30開場)
 場所 : 東京理科大 森戸記念館(JR飯田橋駅下車 徒歩8分 )         
 対象 : 小・中学生や、
      子どもたちに科学の楽しみを伝えたいと思っている方なら誰でも
 会費 : 会員・・1家族500円
      一般・・1家族700円
 担当 : K、I
 申し込み : Kにお申し込みください。
     (定員50名になり次第締め切らせていただきます。)
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 この開催案内を見て、迷わず申し込んだ(参加者整理番号6番であった)。その後、MLに投稿された記事によると、「担当のKさんが2年越しでお願いし日程が決まりました。しかも、今年は、中谷宇吉郎没後50周年の節目の年にあたり、さらにお忙しい中、石川県加賀市から、日帰りでお越しいただきます。連休の初日です。遠くの方もぜひご参加ください。」とのことであった。結局、4月25日に、参加申し込み数が定員に達したとの情報がMLに投稿された。定員50名が募集開始2週間で埋まったことに中谷宇吉郎への関心の高さとともに、科学読み物研究会の動員力の強さを感じた。
 4月29日には、「雪の科学館」が刊行した以下の3種の本を販売するとの知らせがあり、そのうちの2冊を予約した。

『天から送られた手紙 写真集 雪の結晶』解説・神田健三
/中谷宇吉郎雪の科学館/1999年3月31日/1300円/20×22センチ 47p

『中谷宇吉郎没後50周年記念出版 幻の航空新書1 着氷』中谷宇吉郎著
/中谷宇吉郎雪の科学館友の会/2012年4月14日/800円 /15×21センチ 100p

『中谷宇吉郎 雪の物語』樋口敬二 総合監修/中谷宇吉郎 雪の科学館
/1994年11月1日/代金記載なし/15×21センチ 150p・・・19冊

 5月3日当日は、雨の中、13時45分頃に会場に着いた。既に研究会の有志が受付や書籍販売をされていた。参加者は小・中学生が1/4程度で、大人は子育て中とみられる世代の他、子育てが終わった年配の方も多いように感じた。受付で配布された資料(「中谷宇吉郎雪の科学館」パンフレット、2012年3月31日付け中谷宇吉郎雪の科学館通信特別号「中谷宇吉郎没後50周年特集」、他)や予約購入した本を見ながら開始を待った。

 14時からの神田さんの講演は、前半の1時間は「中谷宇吉郎雪の科学館」の紹介をしながら、中谷宇吉郎の業績の紹介と没後50年間の「中谷宇吉郎をめぐる出来事」の紹介であった。子供たちの興味を引くようなやさしい語り口で、丁寧なお話しぶりであった。業績の紹介が主であり、科学コミュニケーターの先駆けとしての貢献にはあまり言及がなかったのは、科学コミュニケーションに関心のある管理人にとってはちょっと残念だった。とは言え、「雪は天から送られた手紙」という言葉の基となった雪の結晶の形状と気温・湿度との関係をまとめた中谷ダイヤグラムの丁寧な説明の他、グリーンランド氷床分析、凍上現象(冬季の鉄道線路の歪)の原因究明と防止策、など興味深いお話であった。また、「没後50年の出来事」の中で、2000年に行われた朝日新聞の「この1000年の優れた日本の科学者」読者人気投票で中谷宇吉郎が野口英世、湯川秀樹、平賀源内、杉田玄白、北里柴三郎に続いて第6位に挙げられていたことや、読売新聞の識者による「21世紀に読み継ぐ日本の名著」投票で、日本書紀、立正安国論に続いて中谷宇吉郎の「雪」が第3位に挙げられていたのを知って、驚いた。

 約10分間の休憩後の後半は、「中谷宇吉郎雪の科学館」刊行の学習テキスト「氷であそぼう やってみよう 氷のふしぎ実験」の「氷のペンダント」、「チンダル像」など子供向けの実演およびダイヤモンドダスト現象の再現であった。内容には長年の工夫の蓄積の効果が垣間見られ、大人が聞いても面白い内容であった。ただし、子どもたちの反応がイマイチだったのが気になった。小・中学生を対象としているため難しいと思うが、説明を聞いた子どもたちがどこまで理解できたのか、あるいは興味を感じたのか疑問を感じた子どもたちの反応であった。これは単なる管理人の思い込みであって、多くの大人の前で子供たちがお行儀よくしていただけなのかもしれない。

3.「中谷宇吉郎 雪の物語」
帰宅後、例会で購入した「中谷宇吉郎 雪の物語」を読んだ。この本は1994年11月1日の「中谷宇吉郎雪の科学館」開館時に刊行された小冊子で、生い立ちや人柄についての記述を主とした『1章 物語「中谷宇吉郎」監修 高田宏』、研究業績・内容についての記述を主とした『2章物語「雪の科学館」監修・執筆 東晃』、中谷宇吉郎との想い出を各人が述べた『3章追想「宇吉郎」監修 中谷芙二子』で構成されている。第3章には、ご遺族の書下ろし原稿のほかに、朝日新聞社1966年刊行「中谷宇吉郎随筆選集」月報に寄稿された湯川秀樹、岡潔、寺田東一(寺田寅彦の子息)、吉田洋一、茅誠司、藤岡由夫、武見太郎、小林勇、池島信平、他の追想が掲載されている。

第1章に以下の記述がある。
雪の降る片田舎に育ったこと、小学校卒業の時に父が死に中学に進むようになったこと、大学で寺田寅彦に出会い実験物理に進んだこと、どれも大きな偶然です。そのうちのどれ一つちがっても、雪博士中谷宇吉郎は存在しなかったでしょう。
管理人は、その「偶然」には、北海道大学理学部に職を得たことと、高校・大学時代に鳥井信治郎(サントリー創業者、1879-1962)から学資援助を受けることができたことも含まれるように思う。

第3章に転載されている静子夫人の『「中谷宇吉郎の生涯」への序文』(学生社、1977年)では、
やがて中谷はぽっつりと「人にはよくして上げなさいね」と申しました。私はこれが遺言ではないかと思いました。
人様には大変お世話になっている、何をするにも心がけが大切で、いつも相手の身になって考えること、というのが主人の口ぐせでありましたから。
と述べられている。中谷宇吉郎の謙虚な人柄が偲ばれる。

4.学資援助
どのような経緯で鳥井信治郎が中谷宇吉郎の学資援助を始めたのか詳細は第1章に記載されていないが、鳥井信治郎のような篤志家の貢献により日本の科学の礎が築かれたことを現代の我々は忘れてはならないと思う。

 奇しくも、山川健次郎九州帝国大学初代総長への米国の篤志家による学資援助の例が5月14日付け時論公論「大学教育改革 黎明期に学べ」で紹介されている。また、5月25日付けの WEDGE Infinityの「広がる格差 希望を失う子どもたち」と題する記事では、貧しい家庭環境の子供たちが十分な勉学の場を与えられず、希望を失っている実態が紹介されている。親の貧富の差が子供の将来を大きく規制する社会は持続しないと思う。貧困家庭にも多数の優秀な人材が居ることは自明であり、既得権益を持たない彼らこそが、中谷宇吉郎のように、全く新しいこれからの日本を切り開き、世界に貢献すると思う。

関連記事:
2012年05月14日 時論公論「大学教育改革 黎明期に学べ」
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/120380.html

2012年05月25日 WEDGE Infinity「広がる格差 希望を失う子どもたち」
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1919


5.おわりに
 小学2年生の頃、庭先に物差しを立て、毎日の積雪量を記録していた管理人にとって、中谷宇吉郎の名前には小さい頃から親しんでいたように思う。また、中谷宇吉郎が創立に大きくかかわった北海道大学低温科学研究所は雪国の理科好き少年にとって、あこがれの場所でもあった。その後、海洋物理学を専門として大学院に進んだが、そこで当時、宗谷暖流の観測研究を進めていた低温科学研究所附属流氷研究施設設置(紋別市)の小野延雄さんや青田昌秋さんとは何かと親しくお話しする機会を得た。今や低温科学研究所は我が国の海洋研究の重要な拠点の一つとなっており、多くの知人が活躍していることに、感慨深いものがある。

 今年が中谷宇吉郎没後50年となり、中谷宇吉郎の随筆48編が「青空文庫」で2013年からウェブで閲覧可能になる予定とのことである。中谷宇吉郎を知らない若い人が容易に中谷宇吉郎の随筆に親しむ機会を提供される青空文庫の関係者の皆さんに感謝します。

青空文庫<作業中 作家別作品一覧:中谷 宇吉郎 No.1569>
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/list_inp1569_1.html
posted by hiroichi at 02:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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