1.AFPBBの和文記事の問題点
AFPBBの和文記事では、
南極大陸沖のコモンウエルス湾(Commonwealth Bay)で、オーストラリア南極局(Australian Antarctic Division)の船舶オーロラ・オーストラリス(Aurora Australis)に乗船した豪州と米国の科学者らが実施した水温・塩分の調査によって、「南極周辺の海の塩分濃度が1970年より下がっており、南極大陸の周辺で形成され、深海に沈み込んで世界の海洋に広がる「南極底層水(Antarctic Bottom Water)」が1970年以降、最大60%失われた」ことが判明した。
ことを伝えるとともに、Rintoulさんの以下の発言を紹介している。
「これは、人為的な原因と自然の原因により起きている極地域の気候の変化による影響だ」
「これは、気候を変化させる要因ではなく、気候が変化した結果として起きたことだ。つまり、南極周辺で状況が変わっていることを示す信号だ」
その後に、以下の文章が続いている。
科学者たちはこの現象の原因について確信を持っていないものの、リントール氏によると最も有力な仮説は南極大陸辺縁部で氷の融解量が増加し、海に淡水が多く流れ込んでいるというものだ。リントール氏は、この結果、高緯度の海域で高密度水が沈んでいるのだと説明する。管理人は、この最後の文を読んで、混乱した。海水の密度は、温度が低いほど、塩分が高いほど、大きくなる(重くなる)。「海に淡水が多く流れ込」めば、海水の塩分は低くなり、その結果、海水の密度は小さくなる。したがって、どう考えても、「その結果、高緯度の海域で高密度水が沈んでいる」という文が、その前に文章とつながらない。
この矛盾する記述は和訳の際に生じたのではないかと考え、元の英文記事を探した。
2.AFP配信の英文記事
Google検索の結果、以下の記事が「mother nature network」というサイトに掲載されているのを見つけた。
Antarctica's most dense waters disappearing
By Agence France-PresseFri, May 04 2012 at 6:40 AM EST
それによると、問題の個所の記述は、
Scientists are not sure what is causing the phenomenon, but Rintoul said the leading hypothesis is that as more of the ice on Antarctica melts around the edges of that continent, it adds fresh water to the ocean.となっていた。この英文記事を読む限り、和文記事は誤訳ではないことが分かった。むしろ、和文記事は元の英文記事を正確に訳していることが確認できた。
He said this could be causing the "sinking" of the dense water at high latitudes, a process that has been linked to major changes in climate in the past.
Google検索によって、「南極低層水が激減した」ことについての記事が「Common Dreams」サイトにも掲載されているのが見つかった。
Scientists: Deep Ocean Beneath Antarctic Responding Rapidly to Climate Change
Published on Friday, May 4, 2012 by Common Dreams
この記事では、Common Dreams staffが、「mother nature network」の該当記事へのリンクを張ったAFPの元記事の抜粋とCSIROのプレスリリース記事
Latest Southern Ocean research shows continuing deep ocean change
の抜粋を示して、AFPの記事とCSIROのプレスリリース記事を合わせた要旨を述べている。
ここに至って、AFPの記事が独自取材ではなくて、CSIROのプレスリリースに独自取材を加えたものであることが明らかになった。
「Common Dreams」サイトの記事は、担当記者が、自分の言葉で、自分の分かる範囲でまとめを、その元記事の抜粋とともに示しており、科学報道記事としての模範的な記事だと思う。
担当記者のまとめでは、彼も理解できなかった、あるいはAFPの独自取材の結果と思われる「AFPの記事の問題の個所」については言及せず、元記事で明示しているという、文句に言えない対応である。
3.CSIROのプレスリリース
「AFPの記事の問題の個所」に関連することは、CSIROのプレスリリースでは、
The ocean profiles also show that the dense water formed around Antarctica has become less saline since 1970.と述べられている。この記述は、特に誤解を招く表現にはなっていないように思う。
"It's a clear signal to us that the oceans are responding rapidly to variations in climate in polar regions. The sinking of dense water around Antarctica is part of a global pattern of ocean currents that has a strong influence on climate, so evidence that these waters are changing is important," Dr Rintoul said.
4.おわりに
結局、AFPの記事は、記者が上の記述の詳細を取材の結果を取りまとめる段階で、今回の観測結果の解釈と、一般的な説明とを混同したのが原因だと思われる。
CSIROのプレスリリースの他の個所で、
The new measurements, which have not yet been published, suggest the densest waters in the world ocean are gradually disappearing and being replaced by less dense waters.
と述べられているのを見て、公刊されていない観測結果がプレスリリースされていることを知り、驚いた。商業学術雑誌であるScienceやNatureでは、公表済みの研究成果を受け付けないと聞いているからである。最先端の研究成果を数多く公表しているRintoulさんだからできることなのかもしれない。
また、CSIROのプレスリリースでは、アルゴフロート観測の重要性、南大洋の役割、今回の観測の100年前の観測とのつながりなど、一般向けに興味深い話題も、分かりやすく記述されいる。問い合わせ先にはCSIRO所属のScience JounalistであるCraig Macaulayの名が記されている。おそらく彼が本プレスリリースの著者であると推察される。
このようなプレスリリースが我が国の多くの研究機関でも行われることを望む。
温暖化関連の新しい記事、久しぶりですね。これからも宜しくお願いします。