2012年05月02日

故川辺正樹さんを偲ぶ

1月29日に、黒潮についての観測研究仲間であり、数多くの観測航海を共にした船友=戦友の一人であった川辺正樹さんが急逝された。2年前の金子郁雄さんに続く、年下の親しい友人の逝去に、やりきれない思いがつのった。3月26日から30日に筑波大学で開催された日本海洋学会2012年度春季大会に参加中も、城山三郎の手記の題名でもある「そうか、もう君はいないのか」というフレーズが頭をよぎった。急逝の報に接してから既に3か月が過ぎてしまったが、以下に、故人との思い出の日々の詳細を記して、故人を偲ぶ。なお、故人の業績、お人柄については、以下のサイトを参照されたい。

<参照>
お通夜での日比谷紀之 東京大学教授の弔辞
http://ocg.aori.u-tokyo.ac.jp/member/kawabe/choji_hibiya.pdf
故人のウェブサイト(研究の紹介)
http://ocg.aori.u-tokyo.ac.jp/member/kawabe/


1.出会い
故人は1976年4月に大学院修士課程に進学して、名著「Kuroshio; its physical aspects (University of Tokyo Press, 1972)」をHenrry Stommelさんと共同編集した吉田耕造先生の下で黒潮流路変動の研究を始められた。その時、管理人は博士課程3年の大学院学生として、風波の発達機構に関する風洞水槽実験結果を用いた学位論文の作成に集中的に取り組んでいた。このため、専門が同じ海洋物理とは言え、研究対象が大きく異なることもあって、故人が修士課程において黒潮変動を研究していた時期には二人の間に直接的な交流はなかったように思う。

このような二人が親しく言葉を交わすようになったのは、管理人が鹿児島大学水産学部に1979年夏に赴任し、練習船に乗って都井岬沖で黒潮横断観測を行うようになってから以降のことである。その最初は、管理人が都井岬沖黒潮横断観測の結果を海洋研究所で開催された昭和54年度文部省科学研究費総合研究A「黒潮大蛇行と大冷水塊、その消長と予測に関する研究」のシンポジウムで発表した時、ではないかと思う。この科学研究費総合研究Aは、故人が尊敬してやまない吉田耕造先生が代表となって推進されたプロジェクトであり、故人は、その実働部隊で中心的な役割を担い、日本沿岸の水位変動と黒潮流路変動との関連性を明らかにされた。

どのシンポジウム、研究集会だかは忘れたが、ともかく、その後の懇親会、更には、海洋物理部門研究室または新宿駅近くの居酒屋での宴会を通して、故人の、鋭い質問・コメントを発言しながらも、真面目で、どこか控えめな人柄に触れ、何かと親しく話すようになったと思う(故人のちょっと棘のあるような物言いが多くの人に強い印象を与えていたが、管理人も「ずけずけ」物を言う方なので、故人の言葉はあまり気にならなかった)。

2.観測航海
管理人が鹿児島大学に赴任した1979年度に、文部省科学研究費補助金特定研究「海洋の動的構造に関する基礎的研究(研究代表者:梶浦欣次郎)」によって黒潮の観測が本格的に開始された.この研究では,1984年度までの5年間にわたり,東大海洋研の白鳳丸と淡青丸、水産学部練習船敬天丸、その他によって多数の航海を実施し,海洋観測と係留流速計の設置・回収が行われた.故人は、海洋研で助手の職を得た1981年以降、このプロジェクトに公式に加わり、毎年のた敬天丸航海、他の多くの観測航海を管理人と共にした。

その後も、海洋研物理部門(寺本俊彦、平啓介)と鹿児島大学(前田明夫、茶園正明)との緊密な協力関係が続き、種々のプロジェクトで、数多くの観測航海をご一緒した。それらは、1986年度-1990年度の「海洋表層混合層実験(OMLET)」、1987年度-1990年度の重点領域研究「深層循環」、1991年度-1993年度「オーシャン・フラックス」、1993年度-1997年度の「海洋観測国際協同研究計画(GOOS)」、1999年度-2002年度「縁辺海の海況予報のための海洋環境モニタリングの研究」などである。それらの航海で、故人は主にCTD観測とそのデータ管理を担当した。次々と取得されるデータを塩分検定結果を用いて補正する作業である。この作業を、一人で黙々を自室のPCで続けていた。他方、管理人は主として係留流速計の設置・回収作業を担当した。

係留作業は危険を伴うため、迅速で注意深い行動・作業が必要である。このためもあって、管理人は、作業中の学生、大学院学生、若手教員に対し、今、思い返しても、かなり厳しい指導・助言をしていた。これを横から見ていた故人から、ある時、「私は、○○(実際には、本名)さんみたいな鬼軍曹にはなれない」と言われたことがある。この言葉を聞いて、「ああ、やっぱり、傍から辛辣と取られる川辺さんの言葉は、心優しい彼の配慮の限界ぎりぎりのところから発しているのだなあ」と思ったものである。

3.ウッズホール
故人は1988年夏?から1年間デラウェア大学海洋研究学部に招待研究者として滞在している。当時、始まったばかりのWOCE(世界海洋循環実験計画)の情報交換サイトをデラウェア大学のFerris Websterさんが運用しており、その関係での滞米だったように記憶している。他方、管理人は文部省在外研究制度により1988年12月から9か月間、ウッズホール海洋研究所に滞在し、その後、テキサス農工大、スクリプス海洋研究所を回って、1989年9月末に帰国した。この期間中の1989年5月にバルチモアで開催されたAGU(アメリカ地球物理学連合)の春季大会に参加した。初日の夜に開催されたアイス・ブレーカーに一人で参加したところ、同じく一人で参加していた故人と出遭い、近況を報告しあった。その後、しばらくして、故人がウッズホールを訪れてきた。管理人が車でバス停まで迎えに行き、あれこれ話しをながら、青空の下、当時の我が家に向かった日を思い出す。我が家に1泊した翌日に、研究所を案内した。奇しくも、その日は海洋物理部門の定期セミナーが開催され、講演者はHenrry Stommelさんであった。故人はStommelさんにお会いできたことを殊の外、喜び、記念写真を本当に嬉しげに撮っていた。故人の修士論文を指導中の1978年1月に亡くなった吉田先生の友人であったStommelさんにお会いできたことが余程、嬉しかったのだと思う。それほど、吉田先生を敬愛していた故人であった。

4.海洋学会60周年記念論文集
2001年の海洋学会創立60周年の記念事業の一つとして総説を主とした記念論文集を刊行することになり、故人はその編集委員の一人を務めた。その故人の依頼により、管理人は「東中国海・黄海の流系」についての総説をウッズホール海洋研究所でお世話になったBeadsleyさんと寄稿することになった。その寄稿依頼のメール、投稿した原稿への担当編集委員としてのコメントは、心配りの行き届いた内容で、気持ち良く仕事ができた。

5.おわりに
故人との最期の航海は、2002年9月26日鹿児島出港、10月10日博多入港の白鳳丸KH02-03次leg2研究航海であった。この航海では、故人が首席研究員を務め、管理人が観測実施の総合調整役を務めた。この航海の目的は、琉球列島東方の北上流の研究、Drop ZondeによるPN線上の黒潮流量の測定、東シナ海(黒潮流域・陸棚域)での水塊および生物光学的特性の研究、海洋大気エアロゾル組成の変動に関する研究であり、東大海洋研、鹿児島大学水産学部の他、九州大学応用力学研究所、長崎大学水産学部、韓国海洋研究開発研究所などから総勢27名の研究者、大学院学生が乗船していた。このような多岐にわたる観測の調整する場合に、種々のもめごとが生じる場合が多いが、故人の主導により、ほぼ予定通りの観測を行なうことができた。

故人は首席研究員としての役務のみならず、CTD補正を担当し、下船直前までCTD補正作業をされていた。思い返せば、故人は、周囲の人々との信義を重んじながら、己の選んだ道を、地道に、几帳面に、歩む、孤高の人だったように思う。故人の、この生き方が、種々のデータから複雑な黒潮変動の特性を引き出し、後世に残る成果を得たのだと思う。

管理人が2005年に鹿児島大学を辞して、現勤務先に転職してからは、ゆっくりとお会いする機会はあまりなかった。2008年9月に広島国際大学で日本海洋学会2008年度秋季大会が開催された際に、一緒に会場から懇親会会場(産業技術総合研究所中国センター)へ徒歩で移動し、瀬戸内海水理模型実験施設を見学しながら、とりとめのないことを話したのが、故人とじっくりとお話しをした最期であった。また、最期にお会いしたのは、昨年8月7日に執り行われた故寺崎誠さんの通夜の席上であった。故人がまじかに長期航海を控えていたため、慌ただしく別れた。

海洋観測研究の面白さ・辛さと資料整理の醍醐味を知る仲間がまた一人、先立ってしまった。故人には、いろいろな面でもっと活躍してほしかったが、それも叶わぬこととなってしまった。故人が急逝の直前まで推進していた、海洋大循環にまつわる海流と水塊の諸現象についての観測研究が、故人の後継者たちによって、大きく発展することを願っている。合掌
posted by hiroichi at 02:47| Comment(1) | TrackBack(1) | 想い出 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうか、もう君はいないのか。は読みましたが、亡き妻に向けた内容というのが、読んでいて胸が熱くなりました。素晴らしい内容でした。
Posted by 短時間睡眠法に挑戦中 at 2013年04月27日 22:12
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック

2017年1月のトップ3ツイート(海洋酸性化、他)
Excerpt: 1月は、年明け早々の4日に海洋学会幹事会があった後、7日には小出遥子著『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』刊行記念トークショーと某同窓会関東支部幹事会、8・9日には「理科カリキュラムを考える..
Weblog: 海洋学研究者の日常
Tracked: 2017-02-05 01:35