こうした中、13日に「研究者ネットワーク(仮)」MLを通して、労働契約法改正が研究業界に与える影響についての情報提供・意見募集の呼び掛けがあった。昨年11月以降の出来事について、ブログで論じたいことは多々あるが、以下に、取り急ぎ、労働契約法改正に関連した資料、Togetter、ブログ記事を読んで、考えたことなどを述べる。
参考ウェブサイト:科学政策ニュースクリップ
2012年3月25日 労働契約法の改正は日本の研究に何をもたらすか
1.労働契約法改正案要綱
労働契約法改正案要綱の詳細は、3月16日に厚生労働省労働基準局労働条件政策課からプレスリリースされた 「労働契約法の一部を改正する法律案要綱」の答申について~有期労働契約の在り方について~ に詳しい。改正のポイントは、
1.有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換
有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換させる仕組みを導入する。
2.「雇止め法理」の法定化
雇止め法理(判例法理)を制定法化する。
3.期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合、その相違は、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、不合理と認められるものであってはならないものとする。
であるということがウェブサイトで示されている。ただし、これを読んでも、この改正の背景は良く分からなかった。そこで、このサイトに示されてた 有期労働契約の在り方について(平成23年12月26日労働政策審議会建議)、さらには、この建議についての検討が始まった第82回労働政策審議会労働条件分科会(平成22年10月26日開催)での配布資料の一つである「有期労働契約研究会報告書」を読んでみた。結局、資料「有期労働契約研究会報告書のポイント」には、取り組むべき課題として、
雇用の安定、公正な待遇等を確保するため、契約の締結時から終了に至るまでを視野に入れて、有期労働契約の不合理・不適性な利用を防止するとの視点を持ちつつ、有期労働契約法制の整備を含め、ルールや雇用・労働条件管理の在り方を検討し、方向性を示すことが示されていた。今回の改正が、この課題の解決を目指した方策の一環であることは確かなようだが、研究会報告書を読んでいて、頭が痛くなった。この報告書の3ページに「OECDからは、我が国においては、正規労働者に強度の雇用保障がある一方で、非正規労働者の雇用保護は実際には弱く「労働市場の二重性」がみられるとの指摘もなされている。」と記載されているように、かなりつっこんだ表現も散見するが、種々の立場を配慮した、複雑怪奇な報告書であるという印象を抱いた。
「報告書のポイント」と見比べると、今回の改正は、
1)有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止する視点に立ち、を目指していると思われる。「報告書のポイント」では、「雇い止め法理の明確化」の課題等として「個別の事案に応じた妥当な処理が可能となる一方、予測可能性に欠ける面をいかに補足するか等」が掲げられている。このことから、今回の「労働契約法改正が研究業界に与える影響」調査は、この「個別事案」調査の一環である可能性が高い。
・一定年限等の「区切り」を超える場合の無期労働契約との公平、紛争防止、雇用の安定や職業能力形成の促進等の観点から、更新回数や利用可能期間の上限の設定を検討(有期労働契約の利用を基本的に認めた上で、濫用を排除。希少となる労働力の有効活用)。
・雇い止め法理(解雇権乱用法理の類推適用の法理)の明確化
2)正社員との間の均衡のとれた公正な待遇
2.社会の反応
3月16日に公表された労働契約法改正案要綱に対する民間の反応の一例が
契約社員も上司も追い詰める“改悪法”の実態 ホントに困っている人たちの声に耳を傾けているかに示されている。ここでは、以下の例のような記述を通して、今回の改正が改悪になる可能性を指摘している。
「3年たったら正社員に転換できる」という制度ができたことで、現実には多くの契約社員が仕事を失うことになってしまったそうだ。実際には、会社はもっぱら「3年たったら正社員に転換できる」ではなく「4年以上は契約しない」という方針で制度を運用したからだという。このことについて、2010年10月26日 第82回労働政策審議会労働条件分科会 議事録では、以下のような指摘が労働者側委員(新谷信幸 日本労働組合総連合会総合労働局長)から行なわれている。ちょっと長いが全文を示す。
○新谷委員 今回の労働条件分科会におきまして、有期労働契約についての審議をスタートするに当たって、労働者側からも意見を一言申し上げたいと思っております。研究業界、特に大学関係者からも、上と同様な懸念がTwitter上で表明された。それらは以下のサイトにまとめられている。
有期労働契約は後ほど御説明があるかと思いますけれども、研究会でも研究をまとめられていますし、それに伴ってアンケート調査等々も実施されています。有期契約労働者は、数が増えているということもありますし、有期労働契約で働いておられる労働者の方については雇用の不安定さであるとか、処遇の低さが問題だと思っております。特に有期労働契約はまさしく雇用期間が定まっておりますので、その期間が満了したときに、次に雇われるか、雇われないかといういわゆる雇い止めの問題も大きな問題をはらんでおります。有期労働契約の方々は雇い止めを恐れて、まさしく労働者の正当な権利である、例えば年次有給休暇であるとか産休や育児休業などについても取れないといった問題もございます。
私どもの方に寄せられている相談の事例などを見ても、憲法28条で守られている労働基本権である団結権についても、これを行使しようとしたところ、それをもって雇い止めをされるといった事例もございます。
厚生労働省の有期労働契約のアンケート結果でも、自分または同僚が雇い止めに遭ったことがあるという回答は50%に達していますし、年収が100万から200万以下という方が31%ということになっております。有期労働契約で働いている理由も、正社員としての働き口がなかったという方が4割近くおられるという状況にございまして、有期労働契約は、本当にさまざまな問題をはらんでいると私どもは認識しております。
ただ、有期労働契約で働いておられる方も多様な類型の方がおられると思いますので、そういったさまざまな類型ごとにきめの細かな対応が必要ではないかと思っているところでございます。そういった意味では、今回、労働条件分科会において有期労働契約の論議を行うということについては、私どもとしては前向きにとらえたいと思っております。勿論、有期労働契約の存在であるとか必要性そのものをすべて否定することではございませんけれども、私ども労働側といたしましては、雇用の原則というものはやはり期間の定めのない直接雇用であるべきだと考えております。
現在の有期労働契約の企業における活用のされ方を見ますと、需要変動のリスクとリターン、処遇について、普通はリスクとリターンはバランスをするということでありますけれども、現在はリスクもリターンもどちらも労働者側がリスクを負っているという現状ではないかと思っております。働く者がそれぞれの能力を高めながら安心して働き続けられる基盤をいかにつくっていくかということが、この審議会に期待されていることだと思います。非常に難しい課題をはらんでいると思いますけれども、今後こういう視点から有期労働契約の規律の在り方について真摯な論議を私どももさせていただきたいと思っております。
以上であります。
有期雇用5年超で無期雇用転換を義務付ける労働契約法改正案が研究者コミュニティーに与える影響について
この中で、多くの人が危惧しているのは、要綱が実施されると
「5年たったら無期契約に転換できる」ではなく「6年以上は契約を継続しない」という方針で制度が運用されることになり、任期付教員・研究員の処遇および教育研究活動に重大な影響を及ぼすということである。
要綱では、「有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換」によって「6年以上は契約を継続しない」という対応が増えるのを防止するために、「雇い止め法理(解雇権乱用法理の類推適用の法理)の法定化」を掲げている。しかし、現場でのこれまでの実績から「雇止め防止」は機能しないというのが共通で認識されている。
現状では、3年契約で勤務を開始した場合、3年後の再契約についての記述は含まれず、3年を経過すれば満期ということで更新しなくても、「雇い止め」ではない、という取扱いになっている。このような状況では、『「雇止め防止」は機能しないという認識』が誤解であるという反論は説得力を持たないと思う。
「有期労働契約研究会報告書」で「雇い止め法理の明確化」の課題等として「個別の事案に応じた妥当な処理が可能となる一方、予測可能性に欠ける面をいかに補足するか等」が掲げられているにもかかわらず、要綱では「雇い止め法理の法制化」で、この課題について全く言及していないのは、はなはだ疑問である。なぜ、このような要綱になったのか、膨大な議事録を読んでいないので、断言できないが、公益代表の責任は重いと思う。
今回の要綱を検討した労働条件分科会は公益、労働者、使用者から各7名、合計21名で構成されているが、公益代表7名の中の2名が東京大学大学院法学政治学研究科教授(1名は委員長)、1名が京都大学大学院法学研究科教授であるのを知って驚いた。複雑な労働契約条件を検討する分科会の公益代表に法学政治学の学識経験者(誤解しているかもしれないが、現場に精通しているとは思えない人たち)が選出されていることに疑問を感じる。
資料1 労働条件分科会委員名簿
素人ながら、「雇い止め法理の明確化」においては、原則として無期契約を促進する立場から、契約期間終了後に更新しない条件を契約書に明示することを定めるのが不可欠のように思う。
3.大学、研究機関における有期労働契約
大学に任期制導入が検討された際に、管理人は、助手(当時)ではなくて、教授を10年程度の任期付とし、定年まで複数回の再任を認めるものの、その再任審査を行うことを提案した。これは、助手、助教授は昇格のため、絶えず研究教育実績を積み上げる努力をするが、最終ポストである教授になった後は、人によっては実績を積み上げる努力を停止してしまうと考えたからである。教授たるものこそ、講座運営責任者として、絶えざる努力が必要と考えた。この考えは、教授会メンバーの支持を得ることなく、形だけ任期制を導入する方便として、助手のみに任期制を科すことが多くの大学で採用されている。任期制助教の契約で更新が繰り返されているのは、有期労働契約の不合理・不適性な利用ではない。それなりに優れた研究成果を得るためには十分な時間が必要だからである。
大学、研究機関において優れた研究成果を得るためには、身分保証により研究担当者の生活を安定させ、確たる将来設計の下で研究に専念できる環境を整えることが不可欠だと管理人は思っている。ただし、その体制を維持するためには、組織の自己点検が必要である。その方策として、任期制を導入し、10年程度の期間中の業績を基にした再任審査が必要だと考えている。これは、有期労働契約の不合理・不適性な利用ではない。
多くの研究機関は、優れた研究者を招聘して成果を出すことが、高い社会的評価を得て、多くの研究資金を確保するのに有効だと考えていると思う。他方、研究者は、優れた研究環境、安定した身分、十分な収入を求めて異動する。したがって、研究者に優れた研究環境、安定した身分、十分な収入を提供する道を確保して、優秀な研究者を招請することが研究機関の各々にとって重要な経営戦略であろう。しかし、科学技術は少数の優秀な研究者のみによって発展する訳ではない。優れた研究環境には、多様な研究協力者と支援者の存在が不可欠である。今回の労働契約法の改正により、多様な研究協力者と支援者の存在が脅かされ、今でも不十分な研究環境がさらに劣化することが危惧される。研究業務の管理を強め、成果主義の下で、論文数で表されるような成果を短期間で挙げることを任期付研究者に求めても、本質に迫る画期的な成果を得るのは難しい。この意味で、科学技術政策と労働政策は密接に関連している。
4.おわりに
上で議論した有期労働契約にかかわる問題の多くは、労働契約法の改正のみで解決するとは思えない。とは言え、総合的な解決には、長い時間を要する。この意味で、何もしないよりは、現時点で最善と思われる方策を考え、実行するのが望ましいとは思う。しかし、その効果を検証し、弊害があれば、その方策の見直しを速やかに行う体制作りが必要だと思う。「現時点で最善と思われる方策」を考える際には、これまでの施策の失敗を直視し、従来の審議会方式を抜本的に見直す必要があるように思う。今回の労働契約法の改正の要綱には、過去の施策の問題点に学ぶという視点が不十分であるように思われる。
それでは紹介予定派遣は成立しなくなります。一度内定を出した以上、雇用者の求めるスペックを満たさないことが判っても履歴書の虚偽記載でもない限り契約違反で解雇することはできませんから。研究という一分野のためだけに労働契約法を合わせろと?
>身分保証により研究担当者の生活を安定させ、確たる将来設計の下で研究に専念できる環境を整えることが不可欠
小生が工&法という文理ともにつぶしの利く出身ということを割り引いても理解も同意もできません。問題なのは「転職市場の流動性を高めること」であり、「研究職の常勤ポストを増やすこと」ではないはずです。いつから「優秀=常勤」になったのですか?「正社員=終身雇用」と同じくらい権利意識の塊だと「自営業」からすれば思います。
教授職であろうが特任であろうが若手であろうが成果が出なければ問答無用で中途解雇もありうることを明示していただかなければ、常勤ポストの裁量権が雇用する(大学・研究所)側にないままであることも人件費の節約にならないことも明白です。
…CSTPの調査会で「(設備の)スペックを科学的根拠ではなく技術的根拠で決めています」と言われたときには呆れ返りましたが。
コメントをありがとうございました。
>研究という一分野のためだけに労働契約法を合わせろと?
このような主張はしておりません。研究業界の前に、一般でも「雇い止め」が懸念されていることを示し、その回避案を提示したつもりでした。
>教授職であろうが特任であろうが若手であろうが成果が出なければ問答無用で中途解雇もありうることを明示していただかなければ
「ただし、その体制を維持するためには、組織の自己点検が必要である。その方策として、任期制を導入し、・・・」と、文中に明示しております。
>「研究業界の前に、一般でも「雇い止め」が懸念されていることを示し」
それでは一般商船の乗組員は生活が成り立ちません。彼らは同業の国際連帯意識だけで持っているようなものです。「雇い入れ&止め」の問題ではないです。どのようなシステム(制度)であれ、悪用する連中はいますし、それを織り込んだ上で雇用の確保に動くべきでしょう。
http://www.itftokyo.org/maga_seafare/no023/vol01.html
>「組織の自己点検が必要である。その方策として、任期制を導入し…」
それはその組織に「自己点検能力があること」が絶対条件になります。小生は各所を渡り歩いた経験からその能力に深刻な疑義(=より正確にはそんなものはない)を持っています。
その機関から出ても別の研究機関なり組織で食べていける人材の流動性を担保すべきであり、個々人の業績評価はその次です。人材市場が硬直化しているのではどれほど優秀でも動きようがないですから。