サイエンスアゴラ2010の一環として19日午後に開催されたシンポジウム「 ニッポンの科学技術が目指すもの」に参加した。本番の明日・明後日には、興味深い催し、これまでに縁のあった方々が関与する催し、管理人も参加している横串会の会合などが予定されているが、所用のため参加できないので、今年は、このシンポジウムのみの参加となってしまった。昨日、18日午後に思い立ってウェブで参加申込をしたが、定員450名に対し、受付番号102番であった。参加者が少ないことを予想した。しかし、明日からの展示に向けての準備作業を横目に、会場に10分遅れで入室してみると、ガラガラと言うほどではなく、6割程度の入りであった。以下は、その感想。
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2007年11月26日 サイエンスアゴラ2007
2008年11月23日 サイエンスアゴラ2008
1.プログラム
本シンポジウムのウェブサイトに掲載されている「内容」は、以下の通りである。
サイエンスアゴラ2010開幕宣言:
北澤宏一(独立行政法人科学技術振興機構 理事長)
基調講演:柳沢正史(筑波大学教授、テキサス大学教授)
「科学技術研究:ニッポン・アメリカ やぶにらみ
~バイオ基礎研究の現場から~ 」
パネル討論:
「2大イノベーションが切り拓く未来」
次期科学技術基本計画に盛り込まれる見込みの目標に絡めて(1)われわれが目指す社会、(2)目標実現のために必要なこと、(3)世界の中で目指す位置づけ、を科学技術行政関係者、先端研究者(FIRST(※)採択者)を含むパネリストが議論する。
<パネリスト>
津村啓介(衆議院議員)
奥村直樹(総合科学技術会議常勤議員)
小池康博(慶應義塾大学 理工学部 教授)
柳沢正史(筑波大学教授、テキサス大学教授)
野間口有(独立行政法人産業技術総合研究所 理事長)
北澤宏一(独立行政法人科学技術振興機構 理事長)
<モデレーター>
高橋真理子(朝日新聞東京本社科学医療グループ)
また、「概要」では
次期科学技術基本計画策定の基本方針で謳われている「2大イノベーションの推進」「我が国の科学・技術基礎体力の抜本的強化」「国民とともに創り進める科学・技術政策」等の目標を達成することでどのような社会を目指すのかを論じ合い、目標実現のために必要な問題意識を共有します。
と述べられている。
2.基調講演
管理人が入室したのは、柳沢さんの基調講演が始まる直前だった。米国での研究経験に基づく、わが国の研究現場についての問題点を指摘した、約30分間の非常に分かりやすい講演であった。老齢の日本人在米研究者の多くに感じるような上昇志向、必勝主義むき出しではない人柄が感じられた。多分、本当に優秀な人が、存分に研究の出来る米国の恵まれた研究環境の中で、研究を続けてきたことで育まれた風格なのかもしれない。
最初に「科学に国粋主義はない」と述べていたのが新鮮であった。「そうはいっても、人材以外に資源に恵まれないわが国では、科学技術で国を成り立たすしかない」との立場から、日米での科学研究補助金の規模(日本は500万円以下が大部分なのに対し、米国は500ー3000万円が多い)や独立した研究者(PI)の数の相違を紹介した。「研究アイデアの数はPIの数に比例する」として、研究グループを率いるPIを増やすことの重要性が指摘された。なお、管理人は、数10人の研究グループ(米国では数10人の研究グループの数は多くはない)よりも数人の小さな研究グループが優れたアイデア、成果を挙げているという話は貴重な情報だと感じた。
さらに、大学院留学生数が10年前に比べて1/3に減少していることについて、「日本を外から見る目が減る」ことに危機感を募らせていることが述べられた。その原因として、
若者が「日本への帰国時の就職先に不安をもっている」こと
と、
「背水の陣」の気概を持たなくなったこと、
を挙げていた。さらに、就職先について、米国では、新聞記者や政策立案担当者、などになる研究者(学位取得者)が多いことを紹介し、キャリア・パスの確保・開拓の必要性を述べた。
若者の「内向き」傾向については、基調講演後の質疑およびパネルディスカッションでも大きな話題になった。管理人は、若者の「内向き」傾向の原因は、日本の大学院学生たちの多くが、皆(特に親の世代)が、失敗を恐れ、成功(一流大学合格)のための子育てを追い求めてきた結果であることが関係しているように感じている。失敗すれば、「落ちこぼれ」の道しかないと思い込んでいる若者に「背水の陣」の気概を求めるのは酷と思う。
基調講演では、さらに研究者の業績評価の危険性に話題が変わる。論文数やインパクトファクターでの評価を否定している。
<管理人が帰宅後、ネットで見つけた参考情報>
生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ 2006年11月03日付記事
「暖かい文化の日、新たな論文の書き始め、不正の防止について」
最後は、我が国における米国製の研究機器の購入価格が米国価格の2-3倍であるのに対し、中国では80-90%であること、米国ではベンチャー企業の起業を助ける中古機器市場がないことを示し、このままでは、わが国の研究発展がアジア各国に立ち遅れることが指摘された。
「米国価格の2-3倍である」ことが、機器輸入業者の暴利であるような話だったので、講演後の質疑応答の最後で、管理人は、並行輸入した時の経験から,
機器輸入業者が必要なこと、安く輸入するためには機器輸入支援要員の確保が必要であること、また中古機器市場が成り立たないのは、これまでは研究機材については廃棄が前提で、払い下げは非常に難しかったことを指摘し、いずれも制度改革から始める必要のあることを述べた。
3.パネルディスカッション
最初に柳沢さんを除く5名のパネラーが5分の持ち時間で、プレゼンテーションを行った。
津村さんは、政権交代後の科学技術政策について紹介し、直面する財政難の中で、これまでの量的拡大から質的変換に方針を転換することを述べ、その作業の中で
1)透明性の推進
2)行政・国民・研究者の間のコミュニケーションの推進
3)縦割り行政を排した総合的推進
を進めることを述べた。管理人は、総論としては賛成だが、具体的な進め方には不安を感じている。今回のシンポジウムは上の2)の一環であるが、結果として、消化不良、論点のすれ違いのままで終わった感がある。
奥村さんは、研究開発強化法第2条での「イノベーション」の定義を示し、科学技術イノベーションを社会変革に結びつける仕組みにまで広げることを目指していることを述べた。総合科学技術会議常勤議員の発言としては、科学技術イノベーションを担う研究者の心情を理解していないのではないかと、思わせる内容であった。修了後、かなりの年数を経過した修士課程あるいは博士課程の修了者から現役の大学院学生への助言のアンケート調査の結果、「専門以外にも幅広い知識を身に付ける」ことが多かったことが、報告されたが、その対応として、大学院での教育内容を短絡的に見直すことになりそうな印象を受けた。管理人は、教養部廃止が間違いだったということのように思った。
小池さんは、ご自分の光ファイバー素材開発の経験から
イノベーションは突然やってくる
発見は真理の追究、発見は社会貢献の追究
ブレークスルーにはファンダメンタルズに戻って考えることが必要
であることを述べられた。科学技術イノベーションの実践者として、素晴らしい発言であったと思う。
野間口さんは、オープンイノベーションについての産業技術総合研究所内での検討結果を紹介された。「オープンイノベーション=産学官連携」ということであった。我が国の目指す姿の第5番目に「科学技術を文化として育む」という表現を見たときには、嬉しく感じた。しかし、冷静に思い返すと、果たして、「文化としての科学技術」の意味をどのように捉えているかと思うと少々不安になった。また、イノベーションを進めるにあたって、そのメリット、デメリットを考える必要がある、という指摘があったが、その具体的な説明はなかった。
北沢さんは、大学改革の成果を示し、「大学は頑張っている」と認識してほしいという主旨のお話であった。
以上の5名のパネラーの発表の後、高橋さんの司会で、柳沢さんからのコメントから討論が始まった。討論の内容は、柳沢さんの大学からの特許申請数やベンチャー起業が増えたと言っても内容が問題という発言から、知財管理・利用の話、さらに「若者の内向き傾向」についての話題が議論された。
どう考えても、司会の高橋さんが事前にパネラーと打ち合わせした形跡は感じられず、どのような方向に結論を持っていくという目論見もなかった印象を受ける。結局、パネラー同士の議論のみで時間がなくなり、フロアーからの質疑が省略され、パネラーの各々の1分間の発言で終了した。
津村さんの、異常とも思われる多数の大学人のパブコメについての、多少、非難めいた発言に対する、高橋さんの、「どうして非常に多数の大学関係者がパブコメをしたのか」という質問には驚いた。朝日新聞東京本社科学医療グループ所属とはいえ、一般の大学人の現状に対する危機感が分かっていないことに驚いたのであった。パネラーからの十分な説明もなく、「日本人は上の人の言うことに従うのだから、上からの指令で改革を進めよう」みたいな乱暴な高橋さんのまとめで終わったのには唖然とした。
4.おわりに
今回のシンポジウムでは、柳沢さんの基調講演と小池さんの発表、コメントに同意することが多かった。お二人の存在を知っただけでもシンポジウムに参加して良かったと思う。
シンポジウム参加申し込みに際して、「企画へのご意見、ご質問」欄があったので、
・ブレークスルーが企まずして生じる研究環境の整備がなければ、従来の科学技術の単なる延長ではない「イノベーション」の実現は不可能であろう。
・トップを育てても目先の成果しか期待できない。20年後までの発展のためには、現在の小学生・中学生に対する科学技術従事者への道を広げることが重要。
と記入した。しかし、他の参加者の分を含め、パネルディスカッションで参考にされた形跡は皆無であった。柳沢さんの基調講演と小池さんの発表、コメントにはイノベーション実現に不可欠なブレークスルーについての情報が多く含まれていた。これらの発言を基に、ブレークスルーを生みだす研究・社会環境について議論が欲しかったと個人的には思う。
追記:なお、上で紹介したパネラー他の発言は管理人の記憶に基づいたものであり、管理人の誤解・聞き間違いが含まれている可能性がありますことに、ご注意ください。
@皆(特に親の世代)が、失敗を恐れ、成功(一流大学合格)のための子育てを追い求めてきた結果
今では3年生の秋から就職活動を始めるのが普通です。海外留学に必要なTOEFLやIELTSなどの試験を受けたりする準備期間を考えると、3年の夏から1年間留学するのが一番理想的ですが、日本に帰ってくる頃には就職活動はすでに終わっています。これを避けるために2年生の夏から留学するという選択肢もありますが、この場合には大学に入って直ちに準備を始める必要があるので、それなら最初から海外の大学を目指した方がよほど理にかなっています。失敗以前に「挑戦すらできない」が正しいです。
@機器輸入業者が必要なこと、安く輸入するためには機器輸入支援要員の確保が必要であること、また中古機器市場が成り立たないのは、これまでは研究機材については廃棄が前提で、払い下げは非常に難しかったこと
…「売上商品」(会社の売上げに直接貢献する)と「品質商品」(会社のブランドロイヤリティーを高めることが主目的)の区別はついておられますか?機器輸入業者(商社)を入れてもメーカーの部品供給がおろそかであれば開店休業状態になるのは確実ですし、機器輸入支援要員は他所向けの未契約の部品を洗いざらい持ってこられるような目鼻の利く人間じゃなければ務まりません。そんな優秀な人間は仮に居たとしても一品モノの研究機関向けにはまず配属されませんよ?
ご返事が大変遅くなってしまいました。
◎若者の「内向き」傾向の原因
私が述べたのは大学院学生時あるいは修了後の海外留学についての話です。学部学生の体験・短期留学の減少については、HMSさんのご指摘も一因とは思います。ただし、留年・卒業延期すれば、挑戦できることではあります。
@機器輸入
ご指摘のことは、私には何をおっしゃりたいのか理解できません。私が述べたのは、研究機関における研究支援の充実を述べたつもりでした。
こちらも遅くなりまして申し訳ございません。
>留年・卒業延期すれば、挑戦できることではあります。
その代償に新卒就職を事実上断念しなければなりません。日本のように転職市場が未整備な場所ではそれは致命的な事態を招きます(次の年は新卒として扱ってもらえない)。2年しかないMコースでそれは取りがたいリスクだとはお思いになりませんか?「卒業要件に関係ないのであれば、研修を優先させたいから」と3月の海洋学会の発表を辞退するよう学生に求めてきた企業もあるのですが。
>研究機関における研究支援の充実を述べたつもりでした。
研究機関には文教系だけではなく防衛系もあります。武器輸出三原則がある分、文教系よりも条件は悪いとさえ言えます(文教系でも上乗せされていますからその点は同じなのですが)。
外国製品の場合、特殊用途ソフトウェアや専用測定器はイニシャルコストはもちろんランニングコストはそれ以上に高い上にいつ部品供給が切られるか判らないリスクを内包せざるを得ません。したがって払い下げられるころには生産中止品の可能性が極めて高くなります。
機器輸入支援要員は現地に張り付かせて他所向けの良い状態の未契約部品を大量にかっ攫って来るような「目利き」でも居なければ、「生産中止」や「仕様変更」などの重要な事前情報を得られないでしょう。代理店には直前まで知らされないことが多いですから。
これらを日本側のみの制度改革でやっても効果は期待出来ないと指摘しています。