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1.シンポジウムの概要
本シンポジウムの提案者・担当者であって、管理人よりずっとお若い豊川雅哉さんと藤井直紀さんが起案され、シンポジウムのウェブサイトに掲載されている本シンポジウムの開催趣旨は以下の通りである。
ポスドクの就職難は、海洋科学への若者の参入の障害となり、分野全体の停滞につながりかねない危機をはらんでいる。根源的には大学院大学化を進め、受け皿を用意せずに大量の博士取得者を生み出した政策の失敗に帰せられるが、これに積極的に関わった大学関係者も責任を免れない。研究事業実施者も安くて優秀なポスドクに助けられながら、年限が来ても受け皿を用意できず、野に放つしかない。政策に大きな変化が無い限り、大学・研究機関の交付金は年々減らされ、ポストは減る一方である。そんな中で、ポスドク自身のプライドの問題はさておき、彼らが安定した生活を手に入れるためには、企業への就職に活路を見出すほか無い。博士取得後の民間企業への就職は、海外では珍しくないが、日本では頑迷な新卒主義の中、博士取得後の就職が年齢的にも困難な状況にある上、「博士は使えない」との認識を持つ企業すらあるようである。博士ほど、新しい分野を見つけて自力で切り開く才能に長けている人財は無いはずなのに。多額の教育投資をつぎ込んだ有為な人財を、職も与えずに捨て置くなど、国家にとってこれほど重大な損失はない。こうした状況を打開すべく、企業と学会関係者が知恵を出し合う会にしたい。また、この状況を違った角度から見ている、ポスドク支援活動や、人材派遣会社からの問題提起もいただく予定である。このシンポジウムを契機に、他学会でも既に行われている就職支援企画を、今後の海洋学会大会で企画するよう提案して行きたい。
話題提供者として現在のところ確定しているのは、サイエンス・サポート・アソシエーション(SSA)代表、NPO法人サイエンス・コミュニケーション理事である榎木英介さん、神戸大学キャリアセンター長である神戸大学大学院国際文化学研究科の内田正博教授、九州大学応用力学研究所の松野健教授、2社の海洋関連企業の方々である。
管理人は、教育問題研究会の代表者としても、また研究会の一員としても、担当のお二人を強く支援したいと思っている。網走での海洋学会秋季大会の期間中に、関係者の方々にご相談して、先日、ようやく話題提供者の陣容のおおよそが定まったところで、これからの約1ヵ月間に講演内容・話題展開の調整を進めていくことになっている。
上の趣旨に述べた現状認識に異論のあるポスドク、大学院学生の方も多いと思う。そういう方も含めて、多くの海洋科学関連分野の大学教員、大学院博士課程後期在学中の学生、大学院博士課程後期への進学を考えている学生、海洋関係の学部への進学を考えている大学受験生の皆さんが参加して、企業の方々と活発な意見・情報交換が行われることを願っている。
2.水月blogの記事
上のシンポジウムの準備を進めている中で、Twitterで@5goukanさんを通じて、ベストセラー「高学歴プアー」の著者である水月昭道さんが、そのブログ「水月blog」で9月10日に「『ホームレス博士』、来週刊行に先立って一言。大学はまず、博士院生を「あきらめさせる」べきだ」と題する記事をアップされているのを知った。
水月昭道さんは、その記事の中で、
大手私大や旧帝大などでは、就職が極めて厳しい状況にある大学院生(博士課程)に対して、やっと重い腰を上げ民間に仕事を見つけるための「キャリア支援」を行うところも増えてきた。が、うまくいっているという話はあまり聞かない。そもそも、お客さん(院生)が集まらないというぼやきもよく耳にする。当たり前だろう。と、上に述べたようなシンポジウムを準備している者にとっては、有益ではあるものの、手厳しい現実(学生の本音?)を述べている。水月さんは、さらに、現役大学院学生のみならず、卒業生へのケアの重要性を述べた後、最後に、
だって、彼らはまだ「アカデミアに残ること」を〝あきらめていない〟のだから。
大学の先生として残るための〝キャリア支援〟ならば、もしかすると参加者をたくさん集めることもできるかもしれない。だが、大学側がキャリア支援で行おうとしていることは、「大学の外にでること」の提案でしかない。これは、博士院生の心理を全く理解していないと言わざるを得ない。
「ここまで(博士課程まで)来たならば、大学の教員になりたい」。ほとんどの院生の本音はコチラである。
そうした強い思いを抱いている人たちに、「大学の外で仕事を得る方法としてはこんな道もありますよ」と説いたところで、だれも耳などかさないだろう。というか、そんな話、聞きたいと思わないんじゃないか?
でも、このままだと、多くの院生はたとえ博士号をとったところでその資格を活かす場はアカデミアのどこにも見つからない可能性が極めて高い。万一あったとしても、食べていくことを考えると、ほぼ絶望的だ。だからこそ、大学側に今求められていることは、自学で学んだ院生たちをまず「あきらめさせる」ことなのではないだろうか。
表向きのポーズなどそれこそ〝あきらめ〟、大学の真心を学生たちに届けることが急がれる。新入生に対しても、また入学前ガイダンスでも、ぜひそんな姿勢を見せて欲しいものだ。でなければ、大事な卒業生たちを「ホームレス博士」にしてしまうばかりだろう。食い止めるには、もうわずかの猶予もない。と述べている。
重要なご指摘だと思う。このことをTweetしたところ、@yokodon001さんから
論点として重要ですが、“諦めさせる”→“学外の魅力を提案”に出来ないかと。というコメントを頂いた。シンポジウムでの企業関係者との意見・情報交換の目指すところは、「学外の魅力を提案する」ことにつながってはいる。しかし、ここで留意すべきは、シンポジウムの趣旨の冒頭での「ポスドクの就職難は、海洋科学への若者の参入の障害となり、分野全体の停滞につながりかねない危機をはらんでいる」ということが、水月さんが以下で指摘していることとつながっていることである。
大学院志願者に陰りが見え始めるなか、院生の先行きについてもここらあたりで手を打っておかねば「まずいことになる」、という思惑がどうも透けて見えてくるのは私だけの気のせいだろうか。「だからこその〝現役生メイン〟なのではないか」、と訝る学生だって少なからずいるだろう。学会レベルでの「まずいこと」の中に「海洋科学への若者の参入が減り、分野全体が停滞する」ことが含まれているのは事実である。伝統的な教育を継続するために優秀な教員を確保するだけならば、現在のアカデミック・ポストを維持・補充するのに必要な数だけ大学院学生、ポスドクを確保すれば十分であろう。しかし、短期的な成果が要求されているプロジェクト研究の未完成・失敗が、競争的資金が研究費の大部分を占めているため、致命的な研究費不足につながる、現状では、多くのポスドクは、本来の自律的な研究の経験を蓄積する機会としてではなく、プロジェクト完遂のための研究補助者として採用されていると言わざるを得ない場合が多い。この意味で、大学院におけるキャリア支援事業は既にポストを得た研究者の補助者を確保するための事業と言わざるを得ない面がある。
このように学生にとっても、教員にとっても熾烈な研究環境において、いかに一人でも多くの人が満足度の高い人生を送れるようにするのか? その答えは容易には出ない。
3.「あきらめをつける」ではない
水月さんは記事の冒頭で
先日、『希望難民ご一行様』(光文社新書)の書評を書きながらふと思った。と述べている。「展望が全く見えない世の中である」のはいつの時代でも、その程度に差はあれ、同じであると思う。今の厳しい状況を理解していないと批判されるかもしれないが、
「俺たちをあきらめさせてくれ、か。全国の博士院生がもしこの台詞を聞いたとしたらどんな反応を示すだろうか・・」
高学歴ワーキングプア問題にかかわってきてしみじみと感じていることは、学ぶものたちにとって、今は展望が全く見えない世の中であるということだ。だとすれば、彼らがやるべきことは、まずはいろんなことに「あきらめをつける」ことなのかもしれない。そのうえで、しぶとく「学び」続けるしかないのではないか、と先の本を読んでみてそんな思いを強くしている。
「展望が全く見えない世の中」にあって、まずやるべきことは「あきらめをつける」ことではなく、「人事を尽くす」ことではないかと管理人は思う。「あきらめをつける」のは「人事を尽くして天命を待」ち、天命を知った後でも、遅くないであろう。「人事を尽くす」とは、最大限の努力をするということである。その結果、競争に負けて「優秀な奴にはやっぱりかなわない」と諦めることもあろうが、最大限の努力を重ねる間に新たな道が開けることもあるし、「優秀な奴とは違う土俵で生きる」とか、「自分だけの土俵を開く」とか、当初とは異なるものの、「これぞ」と思う道はいくらでもあるように思う。水月さんは、何もせずに「あきらめをつける」という趣旨で言ったのではないと思うが、どうなのだろうか? 今の若者は「まず、あきらめをつけろ」というほどに偏狭で、執着心が強いのだろうか? 先の網走での海洋学会の折に、旧友とともに双方の研究者としてのこれまでの人生が偶然の賜物であったことを確認しあった。研究テーマにしろ、勤務地にしろ、ポストにしろ、皆、「したいこと」と「出来ること」の狭間を迷いながら過ごしてきたように思う。
4.書評 水月昭道著「ホームレス博士」
10月15日のシンポジウムで話題提供される榎木さんが「科学政策ニュースクリップ」で「書評 水月 昭道著 ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)」と題するかなり長文の記事を9月19日にアップされている。その中で、榎木さんは
就職先がずっと見つからない(大学に「ご縁がなかった」)場合、どうすればよいか、という博士の問いに対し、水月さんは「それもあなたのご縁(道)なのです」と答えるという。と述べ、続けて、以下を引用している。
それは、諦めてしまうことではない。なぜそのような縁があったのかを考えることが重要だという。
どうやら、仏さんは、深い思いやりをもって、人々に苦しむご縁を与えてくれたみたいだ。だからそれは喜んでいいはずだ。これは、前節に紹介した水月blogでの発言内容とは異なっている印象を受ける。しかし、おそらく、水月blogでの「あきらめをつける」という言葉には、「ホームレス博士」で述べている「大きなチカラを与えられた」と考えることが含まれていると思う。
なぜなら同時に、大きなチカラをもくださったからだ。知って納得できるように、自分が何者であるのか、どうしてここにいるのかを見つけ出せるように、「苦しむチカラ」を持たせてくださった博士たちには、学びの究極にまで行く道すがら、それを手にしたのだが、使い道を忘れてしまっていたようだ。
さて、苦しんだ果てに、私たちは何をすればよいのだろうか。確たる答えを導く「サバイバル」の武器はすでに一人ひとりの手にある。
混迷の時代である。嘆いてみても何も変わらない。少なくとも博士問題はそうだった。だとすれば、新しい時代を切り開くチャンスとして、「苦しむチカラ」を存分に発揮したらどうだろうか。自分のために苦しみ、世のため人のためにまた悩んでみる。行動してみるのもいいかも知れない。
なお、榎木さんは、この本に触発された議論の中で、研究環境の確保としてのアカポス着任に関連して、
ワーキングプアに身をやつしても博士が研究にこだわるというのは、人がいかに知的探究心を持っているかということをよくあらわしている。何がなんでも研究がしたい…それは諦めが悪いとかわがままと批難すべきことではない。人類が人類たるゆえんでもあるからだ。この大きな脳を、研究せずに満足させることはできない。と述べている。ここでも「諦めが悪い」という形で、「あきらめる」ことが顔を出している。「アカポスにこだわる」理由も、「研究にこだわる」理由も、人や分野によって大きく異なると思う。
最後に、榎木さんは
正直この問題は、語りつくされた。あとは行動あるのみだ。本書が、当事者や政府、社会に行動を促すことを心より願う。と述べている。緊急避難的な行動も大事だとは思うが、「語り続ける」ことがこれからも必要だと管理人は思う。
5.おわりに
ポスドク問題に限らず、「こだわること」と「あきらめること」の狭間を行き来するのが人生だと、管理人は思っている。
科学の営みは、仮説を構築し、それを検証する実験・観測を行い、その結果によって仮説を見直すという試行錯誤の連続である。このような科学の営みを身につけるための教育を徹底的に受けた学位取得者は、固定観念にとらわれず、多様な価値観の存在を認めるオープン・マインドな態度で人生を切り開く能力に、他の一般人より長けていると信じたい。
おそらく無理でしょう。まず研究の問題と教育の問題が分離できていません。
工学系はまず「学校で習ったことが社会に出て役に立つかどうか」を先生が考えてくれます(しかも夏休みに指導教授が企業回りをして在籍するOB/OGに話をつけてきますし、所属学生の性格や能力を勘案した上で学生に紹介します)。学部・大学院での教育カリキュラムは非常に就職を意識していて構成されています。一回企業に就職しても出戻りが比較的容易です。逆もまたしかりです。つまり企業と大学との協働関係が構築できています。理学屋さんや生物屋さんではどこまでやっているのでしょうか?
大学院生が社会に出られるシステムと出戻りを受け入れられる大学側のシステムの両立が出来ないのであれば、いみじくもご指摘されたように「現在のアカデミック・ポストを維持・補充するのに必要な数だけ大学院学生、ポスドクを確保すれば十分」です。需要と供給は一致させなければなりません。ただし、アカデミック・ポストを維持するためだけにしがみつくような高齢の教授には御退席願うべきでしょう。参入規制をするからには既存ポストの見直しとセットにしないと意味がありません。
コメントをありがとうございました。
学位取得者のアカポス獲得状況が分野で異なることをご指摘いただき、ありがとうございました。
今回のシンポジウム開催の動機は、物理系・生物系の学位取得者の問題がメインですが、当日は他の分野との相違を含めて、議論できたら良いと思います。
なお、最近では、研究開発の余裕のない企業が増え、お示しになった工学系の状況も変わったということをどこかで読んだ記憶があります。
<参考>
人文社会系での話だと思いますが、
http://ow.ly/2CDhU
で、アカデミック型教授と社会人教授について、議論しています。