2009年8月15日14時20分 加筆(17時55分修正)
メタンは地球温暖化効果ガスの一種で、その温室効果は同量の炭酸ガスの21倍と言われている。8月6日にアメリカ地球物理学連合(AGU)から発行されたGeophysical Research Letterの第36巻第2号に「Escape of methane gas from the seabed along the West Spitsbergen continental margin(西スピッツベルゲン大陸棚縁辺にそった海底からのメタンガスの漏出)」という論文が掲載されているのを、AGUからメール配信された新着雑誌報告(AGU e-alart)で知った。温暖化が進む北極海の海底のメタンハイドレートが溶解して、海底からメタンが漏出しているのを観測で発見した報告である。以下は、この論文の詳細など。
8月15日付けScienceDailyに以下の関連記事がアップされましたのでお知らせします(平易な英文です。ご参考まで)。
National Oceanography Centre, Southampton (UK) (2009, August 14). Warming Of Arctic Current Over 30 Years Triggers Release Of Methane Gas. ScienceDaily. Retrieved August 15, 2009, from http://www.sciencedaily.com/releases/2009/08/090814103231.htm
1.新着論文の要旨
新着論文の文献情報は以下の通り。
Westbrook, Graham K.他18名(2009):
Escape of methane gas from the seabed along the West Spitsbergen continental margin
Geophys. Res. Lett., Vol. 36, No. 15, L15608
http://dx.doi.org/10.1029/2009GL039191
abstractの全文は以下の通り。
More than 250 plumes of gas bubbles have been discovered emanating from the seabed of the West Spitsbergen continental margin, in a depth range of 150–400 m, at and above the present upper limit of the gas hydrate stability zone (GHSZ). Some of the plumes extend upward to within 50 m of the sea surface. The gas is predominantly methane. Warming of the northward-flowing West Spitsbergen current by 1°C over the last thirty years is likely to have increased the release of methane from the seabed by reducing the extent of the GHSZ, causing the liberation of methane from decomposing hydrate. If this process becomes widespread along Arctic continental margins, tens of Teragrams of methane per year could be released into the ocean.
その簡単な和訳は以下の通り。
西スピッツベルゲン大陸棚縁辺の水深が150mから400mの海底からメタンガスを主成分とする気泡の列が250カ所以上で発見された。この水深は現在のガスハイドレート安定海域(GHSZ)の水深の上限あるいは上限より浅い。一部の気泡の列は海面下50mにまで達していた。北に向かう西スピッツベルゲン海流の過去30年間における1℃の水温上昇がGHSZの領域を減少させ、ハイドレートからメタンガスを開放したことが海底からのメタン放出量を増加させた原因のようである。この過程が北極の大陸棚縁辺全域に拡がると、1年間に数十テラグラム(数千万トン)のメタンが海洋に放出されると推定される。
2.論文本文を基にした補足
気泡列の探知は魚群探知機で行われた。気泡の上昇速度は毎秒8-25cm。
注:気泡は音波の反射強度が海水より強い。海底火山からの気泡も魚群探知機で検知される。著作権のため、図を示せないが、魚群探知機の映像の一部には、いくつもの気泡列が連なっていて壮観である。
気泡列を探知した点でCTD(Cinductivity, Temperature Depth meter, 電気伝導度・水温・深度測定装置)を船から吊り下げて電気伝導度(塩分)と水温の鉛直分布を測定。採取した海水のメタン濃度をガスクロマトグラフィーで分析した結果、気泡列中の海水のメタン濃度は周辺の海水の最大20倍であった。
推定された年間数千万トンの北極海の海底からのメタン放出量は、年間5-6億トンの大気へのメタン放出量に比べて無視できない量であり、陸上の地質学的源からの年間2-4千万トンの放出量と同程度である。ただし、観測された気泡列のメタンのごく一部しか大気に届かないと考えられる。気泡中のメタンの多くは海面に達するまでに窒素、その他のガスと交換する。とはいえ、気泡発生海域の海面の海水のメタン濃度は大気のメタン濃度より0.7nMほど高い。観測はされていないが、特に急速に海底から大量のメタンが放出されたときには、大気へ到達する可能性を否定できない。
大気への放出がなくても、海底から海中へのメタン放出により、海水中におけるメタンの酸化が海水の酸性化と溶存酸素量の低下を引き起こし、生物へ影響を及ぼす。
3.おわりに
地球温暖化が進行し、海水温度が上昇すると、メタンハイドレートが溶解して、メタンが大気中に放出され、地球温暖化が加速する可能性が指摘されていた。今回紹介した論文は、「海水温度が上昇すると、メタンハイドレートが溶解する」現象を初めて観測で捉えたものかもしれない。
ただし、観測航海が終了した直後の2008年9月24日のプレスリリース「Discovery of an active methane gas system beneath Arctic seabed」では、地球温暖化の影響ではなくて、約1万5千年前の最終氷期終了後から継続したメタン放出システムと考えていたようである。著者たちの考えの一端は本論文の第3節「Origin of Bubble Plumes、気泡列の起源
参考ウェブサイト
メタンハイドレートの二面性:「新エネルギー」+「温暖化を激化させる脅威」 | WIRED VISION
http://wiredvision.jp/news/200806/2008060423.html
拙ブログ関連記事
海洋SF「深海のYrr」の補足
【関連する記事】
ご丁寧な御礼のお言葉をありがとうございました。
bobbyさんからご紹介頂いた「深海のYrr」に関わる内容であることもあって、紹介させて頂きました。
なお、論旨が混乱すると思い、記事本文では「深海のYrr」に言及しませんでしたが、関連する拙ブログ記事へのリンクを追加しました。
北極海というのは周囲を大陸やグリーンランドに囲まれてほぼ内海に近い海ですね。それから前のエントリーで教えていただいたコリオリの力も極点近くなのでほとんど働かず、比較の問題ですが海流の動きはそれほど早くないと理解してかまいませんか。特に冬季は氷に覆われて風の影響も受けにくいことも勘案すると、大袈裟な言い方かもしれませんが、沼の海に近いイメージで捉えてもいいのではと思います。そうすると、あくまで相対比較の問題ですが、メタンハイドレートや石油が生成しやすい環境ではないでしょうか。気候も時代も環境も違いますけれど、中生代のテチス海に近いのではないかと思っています。そうすると、海氷面積の縮小は今後メタンハイドレートの剥落の増加とか、これまで冷温で分解してなかった有機物の分解率が高まるとか深刻な可能性が懸念されませんか。
>北極海というのは周囲を大陸やグリーンランドに囲まれてほぼ内海に近い海ですね。
内海とは規模が違いますが、北極海は大陸に囲まれた「地中海」の一つです。
>それから前のエントリーで教えていただいたコリオリの力も極点近くなのでほとんど働かず、
コリオリ係数は両極点で最大、赤道でゼロです。
>比較の問題ですが海流の動きはそれほど早くないと理解してかまいませんか。特に冬季は氷に覆われて風の影響も受けにくいことも勘案すると、大袈裟な言い方かもしれませんが、沼の海に近いイメージで捉えてもいいのではと思います。
冬季に限らず、海面が氷に覆われているところでは、風の力は海氷を通して海水に作用するため、風による流れは弱く、北極海の流れは海氷がないとことの風と大西洋および太平洋との間の流入・流出で生じていると考えられていました。近年の沿岸部での海氷面積の減少で風による作用を受けやすくなって、流れが強くなり、このことが海氷面積の減少を加速しているというような考えも提案されています。
「沼の海に近いイメージ」というとほとんど流れのない海ということだと思いますが、実際には、かなり強い流れがあるのではないかと思います(観測が難しいため、詳細は十分に把握されていないとおもいます。ただし、私の専門ではないので間違っているかもしれません)。
>そうすると、あくまで相対比較の問題ですが、メタンハイドレートや石油が生成しやすい環境ではないでしょうか。気候も時代も環境も違いますけれど、中生代のテチス海に近いのではないかと思っています。
「メタンハイドレートや石油」の生成の地質学的な仕組みや時間スケールを考えると、流れの強弱はあまり関係ないように思います(専門外で詳細は分かりませんが)。
>そうすると、海氷面積の縮小は今後メタンハイドレートの剥落の増加とか、これまで冷温で分解してなかった有機物の分解率が高まるとか深刻な可能性が懸念されませんか。
上にも述べましたように、「海氷面積の縮小」により流れが強くなることが予想されますが、これが「メタンハイドレートの剥落の増加」や「有機物の分解率の高まり」に直接つながるか否かは微妙な感じです。流れの強化よりも「海氷面積の縮小」による水温上昇の影響の方が大きいように思います。
取り急ぎ、ご返答しましたが、全く確信はありません。北極海の専門家に確認してみます。
このことでしょうか?
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080317/296434/
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jp/publications/news/no22/jp/page1.html
>このことでしょうか?
はい、そうです。補足資料をお知らせ頂き、ありがとうございました。これらの資料の存在に気付きませんでした。
NIKKEIBPのサイトで紹介されている島田浩二さんの現在の勤務先は東京海洋大学です。JAMSTEC在勤中は研究室が同じ建物内であったこともあって、島田さんからお聞きしたお話が上の私の回答の元ネタです。最新の成果等は以下のサイトをご覧ください。
http://www2.kaiyodai.ac.jp/~koji/
地球フロンティア研究システム(2009年4月より組織改編により地球環境観測研究センターと統合して地球環境変動領域を構成)ニュースレター22号(2003年3月)掲載の資料の著者である池田元美さんの本務先は北海道大学大学院地球環境科学研究院教授であり、現在はJAMSTECでの兼業を辞されています。最新の成果等は以下のサイトをご覧ください。
http://wwwoa.ees.hokudai.ac.jp/people/mikeda/Jpage.html
参考
http://www.kuba.co.jp/cpea/
気圧、風、海流の地球規模のメカニズムの謎が、少しづつ解明している気がして、わくわくします。
本記事のメタンガスとは、関係ないコメントになってしまいましたが、私は北極圏の温暖化の謎に関心があります。
2007年9月に開催された、主として赤道大気についての観測研究に関わるシンポジウム「地球環境の心臓 赤道大気の鼓動を聴く」のサイトをお知らせ頂きありがとうございました。気象学分野では、一時(40年前?)はデータ解析研究や数値モデル研究ばかりで観測研究が少なかったようですが、近年は新たな装置を用いた観測研究が盛んになったように感じています(門外漢の感想で事実誤認している可能性がありますが・・・)。
>気圧、風、海流の地球規模のメカニズムの謎が、少しづつ解明している気がして、わくわくします。
そうですね。この「謎が少しづつ解明していく」ことへの「わくわく」感が、非専門家を含めた人々が行う「科学の営み」の醍醐味だと思います。拙ブログ他を通して、多くの人に、少しでもこの「わくわく」感を実感して頂くことを願っています。
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2422247/3162491
植物が多いことと、凍りやすいことが原因でしょうか?
>北極圏は、化石燃料の豊富な地域ですね。
>植物が多いことと、凍りやすいことが原因でしょうか?
「北極圏が化石燃料の豊富な地域」である理由をネットで調べてみました。
ナショナルジオグラフィック2009年5月号の「北極海の資源争奪戦」と題する特集記事http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/0905/feature03/index.shtml
によると、
「北極の主要な海盆が形成されつつあった三畳紀から第三紀初期までに起きた変動と言えなくもない。当時はパンゲア超大陸から分裂した地塊(ち かい)が移動していて、温室効果ガスの影響で、地球がいまよりはるかに暑い時期が幾度もあった。ある時には、北極の一部は熱帯に近い気候だったという説もある。地球全体の気温が高かったせいでもあるが、現在の北極を構成する海底の一部が、より南に位置していたことが大きな理由だと考えられている。一部の地塊は、気が遠くなるほどの長い時間をかけて、低緯度地方から北に移動してきたのだ。・・・有機物と熱、岩石、圧力、時間の経過などの条件がうまく組み合わさると、原油や天然ガスの層が地中に形成される。」
と説明されています。この説は、大陸移動と「石油有機由来説」を根拠にしていますが、以下のURLの解説によると「石油無機由来説」もあります(このサイトの記述は良く書かれているとは思いますが、出典が記載されていません)。
http://www.sekiyuexpedition.com/infomation/make.html
結局、「凍りやすいこと」が原因ではないのは確かなようです。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%A2%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%AE%E8%A6%8B%E7%A0%B4%E3%82%8A%E3%81%8B%E3%81%9F-%E3%82%82%E3%81%97%E3%81%8B%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%89%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%8B%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%849%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%A5%87%E8%AA%AC-%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF/dp/4794212828/ref=sr_1_2/377-5490248-1526325?ie=UTF8&s=books&qid=1250442818&sr=1-2
★
大陸移動説だと、赤道より北極圏の方が多い理由が説明できないのですが・・・。
あと南極大陸も、かつては赤道の近くにあったと思うのですが・・・。
「石油無機由来説」の解説として、「トンデモ科学の見破りかた -もしかしたら本当かもしれない9つの奇説 (単行本)」をご紹介頂き、ありがとうございました。
>大陸移動説だと、赤道より北極圏の方が多い理由が説明できないのですが・・・。
>あと南極大陸も、かつては赤道の近くにあったと思うのですが・・・。
この分野の専門家ではありませんので、ご質問に的確にお答えできませんが、仮に「石油有機由来説」が正しくても、「原油や天然ガスの層が地中に形成されるためには、有機物と熱、岩石、圧力、時間の経過などの条件がうまく組み合わさる必要がある」ので、化石燃料資源の分布は大陸移動だけでは説明できないと思います。また、南極大陸の地下資源調査が、今後、進めば、化石燃料資源が豊富なことが分かるかもしれません。
今回、ネットで調べて、世界各地で採取されている石油の由来さえも未だに科学的に確立していないことを知って驚きました。やはり、自然には、まだまだ未知のことがたくさん残されているということなのでしょう。
「炭酸ガスの中核は炭素であるが、地球上で炭素が地下に最も貯えられているのは北極圏であると言うと驚く人が多い。
熱帯地方だと考える人が多いが、実は違う。
それは図2.5を見れば明らかである。
熱帯地方では枯れた植物はすぐ細菌によって分解されてしまい、炭酸ガスやメタンガスとして大気に放出されてしまうが、寒い北極圏では、その作用が地表では少ないため、植物は泥炭として堆積されやすいためである。」
54ページ
これは部分的な引用で、本書には詳しく説明が続きます。
★
「トンデモ科学の見破りかた」は、題名と内容は違っていて、一見、ウソのように思える説を、科学的に真面目に考えてみようという本です。
石油などの化石燃料(と呼ばれている物質)は、動物&植物由来も多いと思いますが、それだけじゃない気がします。
動物&植物由来では説明できない事例が、いろいろ発見されています。
だから、どちらか一方ではなく、両方あると考えた方がいいかもしれません。
将来、他の惑星を調査して、化石燃料と同じモノが発見されれば、はっきりすると思いますが、それは数百年後のことでしょう。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/kankyo/20060823ft06.htm
陸地にメタンハイドレードがあるのは、北極圏だけです。
あとは海の底とか、湖の底です。
水の底は冷たいので、世界中で発見されています。