2009年08月02日

各大洋の西端に強い海流が流れる仕組み

各大洋の亜熱帯循環の西側には西岸境界流と呼ばれる強い海流が流れています。例えば、北大西洋の西側には湾流、北太平洋の西側には黒潮、という強い北向きの海流が流れています。また、南大西洋の西側にはブラジル海流、南太平洋の西側には東オーストラリア海流、インド洋の西側にはマダガスカル海流、という南向きの強い海流が流れています。西岸境界流は各大洋の亜熱帯循環の東側の海流に比べて強いため、西岸強化流と呼ばれることもあります。何故、各大洋の亜熱帯循環の流れは東西で異なり、西岸付近でのみ強い流れががあるのでしょうか? 以下では、そのカラクリを説明します。


1.風成循環
各大洋において、低緯度海域の洋上を吹く西向きの貿易風と中緯度海域の東向きの偏西風によって、北半球では時計回りの、南半球では反時計回りの亜熱帯循環流が引き起こされています。しかし、このような洋上の風によって東西に対称な大きな循環流が生じることは説明できても、東西で非対称に、各大洋の西側に狭くて強い流れが存在する理由を説明できません。

参考記事:
拙ブログ「表層海洋循環の成因

単純には、風が東西で異なることが原因ではないかと考えるかもしれません。でも、観測結果では、西側の洋上風が東側に比べて特に強く吹いているということはありません。したがって、風の分布のみから亜熱帯循環の東西方向の非対称性を説明できません。それでは、何が亜熱帯循環の東西方向の非対称性を生じさせているのでしょうか? 

この答えは1948年に当時28歳であった天才海洋物理学者ヘンリー・ストンメル(Henry Stommel, 1920-1992)によって与えられました。

2.地球自転効果の緯度変化の効果(ベータ効果)
海水の運動を考える際には、日常生活に合わせて多くの場合に、x軸を東向きに正、y軸を北向きに正、z軸を鉛直上向きに正に設定します。このような座標系を(右手系)局所直交直線座標系と呼びます(左手系ではz軸が鉛直下向きに正)。

地球自転の効果によって、地上で移動している物体にはコリオリ力が働きます。コリオリ力の大きさは物体の移動速度に比例し、向きは移動する方向に向かって右手直角方向です。地球上の任意の緯度Φ(北緯を正)周辺での局所直交直線座標系では、コリオリ力の東向き成分Cxと北向き成分Cyの各々は、流速の東向き成分をu、北向き成分をvとすると、
Cx= 2・Ω・sin(Φ)・v
Cy=-2・Ω・sin(Φ)・u
で表されます。ここで、Ωは地球の回転角速度(=2π/24時間)です。この比例係数 2・Ω・sin(Φ) をコリオリパラメータ(コリオリ係数)と呼び、多くの場合、fで表します。

参考記事:
拙ブログ「コリオリ力を説明するビデオ

コリオリパラメータfは厳密には緯度によって変化します。このことは、緯度Φ0付近における局所直交直線座標系では、コリオリパラメータfが以下のように近似的に表すことができることを示しています。
f=f0 + βy
ここで、Rを地球の半径とすると、f0とβは、各々、f0=2・Ω・sin(Φ0)、β=2・Ω・cos(Φ0)/Rで表されます。北緯30度でf0は1万分の0.7(毎秒)、βは10億分の2(毎秒・毎km)です。したがって、y座標の範囲が数100km程度ではfはほとんど変わりません。このような場合に、コリオリパラメータfはy座標に依存しない(β=0)と近似しすることをf面近似といいます。他方、局所直交座標系でβ=ゼロではないとして取り扱うことをβ面近似と言います。

ストンメルは、平坦で密度が一様な長方形の大洋について東西方向に吹く洋上の風の強さが南北で異なる単純化した海洋の循環について海底摩擦を考慮した方程式を解析的に解いて、f面近似では大洋の中央部の海面が高くなって循環が東西対称となるのに対し、β面近似では海面高度が最大となる場所が西岸に移動し、循環が東西非対称となる(循環が西岸で強化される)ことを示しました。すなわち、地球自転効果の緯度変化(ベータ効果)が亜熱帯循環の東西方向の非対称性を生じさせていること明確に示しました。

拙ブログの記事「表層海洋循環の成因」は、ストンメルのf面近似の解を基にした説明でした。

3.なぜベータ効果で西岸境界流が発生するのか
拙ブログの記事「表層海洋循環の成因」を読まれて、日常生活では認識できない地球自転の効果であるコリオリ力が表層海洋循環の成因に重要な役割を果たしていることに驚かれたと思います。さらに、本記事で、このコリオリ力と流速とを結びつけるコリオリパラメータの緯度による変化率という非常に小さな値の効果(ベータ効果)が黒潮のような身近な海流の成因となっていることにも驚かれたと思います。でも、このベータ効果によって、なぜ西岸境界流が発生するのかは上の説明では、直感的には分かりにくいと思います。

北半球における亜熱帯循環を例にして、海流が西岸でベータ効果によって強化される仕組みを大雑把に述べると、以下のようになります。

まず、海洋の流れが時間的に変化しない定常状態の海洋では、以下の二つの原理が成り立っている必要があります。
原理1:風によって大気から海洋に入ってくるエネルギーなどの量と同じ量が何らかの形で海洋中で消費されなければならない。
原理2:ある領域に流入する海水量と、その海域から流出する海水量の総和はゼロでなければならない。

さて、
1)低緯度で西向き、高緯度で東向きのように、風の東向き成分の大きさが緯度の増加とともに増加する(西向き成分の大きさが緯度の増加とともに減少する)場合には、詳しい説明を省きますが、次の現象が生じます。
1a)表層の海水はいたるところで、時計回りの渦成分を持つ流れが生じる。
1b)南北でのエクマン輸送量の相違で生じた表層水の水平収束にベータ効果が働いて、表層の海水は南向きに移動する(これをスベルドラップ輸送という)。

関連記事:
拙ブログ「表層の海水が風下側に流されない仕組み

また、海水運動の渦成分は、
2a)時計回りの渦成分の強度は北へ移動(コリオリパラメータが減少)すると増加し、南へ移動すると減少する
という性質(自転している地球上での渦位の保存)を持っています。

<参考>渦位とは、圧力の影響を受けずに保存される水温として温位が導入されたのと同じように、粘性を無視した場合に保存される渦の強さを示す物理量です。温位については拙ブログの記事「水温逆転」を参照。

この時、
3a)コリオリパラメータの緯度変化の効果により、1a)で生成した時計回りの渦成分はロスビー波(ベータ効果によって発生する)として西へ伝播し、西端に達した後は、粘性によって消滅し、北向きの流れだけが残ります。他方、西端以外の広い範囲では、時計回りの渦は、2a)の性質のため、南へ移動することによって減衰します。こうして、原理1の条件が満たされます。
3b)原理2の条件を満たすため、ある緯度で1b)によって南へ移動する表層の海水は西端の狭い範囲で北上します。

これらの結果、
4)西端には強い北向きの流れが生じ、その他の広い範囲では弱い南向きの流れとなります。

4.おわりに
今回の話は非常に複雑で理解するのはかなり難しかったのではないかと思います。出来るだけ直感的に理解していただけるような解説を試みましたが、かえって誤解を生む結果となってしまっているかもしれません。ご遠慮なくご質問をお願いします。

付記:ストンメルさんのこと
ストンメルさんは、本記事で紹介した西岸境界流の研究の後、海洋循環力学のみならず、海中グライダーの基となったSLOCUMブイの提案、バミューダ沖での海洋時系列観測の開始、などに多大な貢献をされています。1972年には、日米の研究成果を当時の吉田耕造東大教授(1922-1978)とともに取りまとめて、黒潮についての本を公刊されています。その人柄や功績はWunchさんの追悼文(リンク先はここ)に詳しく述べられています。ご一読をお勧めします。

管理人には、1989年にウッズホール海洋研究所に滞在期間中に自宅にお迎えしたKMさんとともに出席した海洋物理部門のセミナーにおいて、既に69歳と高齢にもかかわらず、海洋循環と海洋構造について情熱的に話されていたストンメルさんのお姿が思い出されます。
posted by hiroichi at 22:42| Comment(2) | TrackBack(1) | 海のこと | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨年でしたか、コリオリ力は見かけの力と言っておられましたけれど、いまだなぜ「見かけの力」なのか理解に至ってません。「見かけの力」と「見かけでない力」の違いって結局何なんでしょう。
Posted by 佐藤秀 at 2009年08月03日 23:09
佐藤 様

ご質問をありがとうございました。

>「見かけの力」と「見かけでない力」の違いって結局何なんでしょう。

拙ブログの記事「コリオリ力を説明するビデオ」で述べたことに即して言うと、

見かけでない力:
「回転する盤とともに回転するカメラの映像」でも「回転する盤の外に固定したカメラの映像」でも作用している力です。両方のカメラ映像で、球が斜面を転がる運動を起こしている力(重力)です。回転していない盤上を転がっている球には外力は作用しておらず、球は直進します(回転していない盤上での映像を参照)。

見かけの力:
「回転する円盤とともに回転するカメラの映像」では作用しているように見えるけれど、「回転する円盤の外に固定したカメラの映像」では作用していないように見える力です。回転しているカメラ映像でのみ、平面上を転がる球に横向きに働いて球の進路を曲げているように見える力(転向力)です。

>なぜ「見かけの力」なのか

運動を観察するカメラが盤外に固定された場合には作用していない(=実際には作用していない)のに、盤とともに回転しているときには作用しているように見えるので「見かけの力」と呼びます。

この説明では腑に落ちない場合には、ご遠慮なくご質問ください。
Posted by hiroichi at 2009年08月04日 02:27
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