1.風が海面に及ぼす力(大気の粘性摩擦力)
厚さ h の液体を間にはさんだ面積 A の2枚の平板が、相対速度 U で運動する時、液体と板の間には粘性摩擦力(F)が発生します。 Fは面積Aと相対速度Uに比例し、液体の厚さhに反比例して、
F=a(AU/h)
で表されます(詳細はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の粘度を参照)。空気も粘性を持っていますので、海面上を風が吹いている場合に、大気と海面の間には摩擦力が働きます。なお、大気が乱れのない層流の場合には、摩擦力は大気特有の分子粘性により生じますが、通常の乱流状態では分子粘性より格段に大きい渦粘性により生じます。
海上風速は海面上10mでの高さでの風速(m/sec)として定義されています。海上風が海面に及ぼす摩擦力(これを海面風応力と呼びます)の向きは風下方向を向き、大きさは風速の2乗と大気密度の積に比例すると近似することができます。この比例定数は抵抗係数と呼ばれています。ただし、抵抗係数は海面上の乱流の状況を支配する海面(波、流れ)や大気の状況によって異なることは知られていますが、それが決められる仕組みはまだ十分には分かっていません。
2.海面での流れ
海面風応力により海面(z=0)の海水w0は風下向きに力が加わり、風下へ向かって移動します。しかし、その下(z=-Z1)の海水w1は静止しています。海水も粘性(分子粘性と渦粘性)を持っています。このため、海水w0の移動する向きと逆の向きに海水w0には摩擦力が働きます。また、風が同じ方向に長時間吹き続けた場合には、海水w0には、その移動速度に比例し、移動する向きに向かって北半球では直角右向きにコリオリ力が働きます。結局、海水w0には、風下向きに海面風応力が働く他に、コリオリ力と摩擦力の合計3つの力が働くことになります。
摩擦力は速度を小さくする働きはありますが、向きを変える働きはありません。したがって、コリオリ力を考えない場合には、海水w0は風下に向かって移動するという、日常の経験と矛盾しない結果になります。しかし、コリオリ力は流れの向きを変える働きがあります。この結果、コリオリ力を考えると、海水w0の移動する方向は、風下向きではなくなります。海面風応力、コリオリ力と摩擦力の合計3つの力が釣り合って、流れが定常(時間変化がない)場合には、海水w0の移動する向きは北半球では風下に向かって右45度の方向になります。
3.海面下の流れ
海面下の海水w1には、その直上の海水w0からの力(風応力が源)が働いて、海水w0と同じ方向に移動します。しかし、その下(z=-Z2)の海水w2は静止しています。このため、海水w1が移動する向きと逆の向きに海水w1には摩擦力が働きます。また、海水w1には、その移動速度に比例し、移動する向きに向かって北半球では直角右向きにコリオリ力が働きます。結局、海水w1には、海水w0の移動する向きに風応力を源とする力が働く他に、コリオリ力と摩擦力の合計3つの力が働くことになります。この結果、海水w1は、北半球では海水w0の移動する向きに向かってわずかに右側の向きに移動します。その大きさは、w0の速度よりわずかに小さくなります。
海面から離れるにしたがって、上に述べた過程が繰り返されます。結局、海面下の流れは、海面から離れるほど(深くなるほど)、その大きさを小さくしながら、その向きを北半球では風下に向かってわずかに右側の向きに変化させ続けます。このとき、流速の向きと大きさを表すベクトルの先端が螺旋(らせん)を描くことから、このような海面下の流れの鉛直分布を、氷山が風の方向に流れないことを物理的に解いたスウェーデンの海洋学者の名前にちなんでエクマン螺旋と呼びます。
4.風によって移動する海水の向き
海面風応力によって引き起こされた海水の運動の向きと大きさは深さと共に変わります。この海水の各深度で運動(流速)を風下向き成分と風下に向かって直角右向き成分の各々に分けて海面から十分な深さまで合計すると、風下向き成分の合計はゼロとなり、直角右向き成分のみが残ります。結局、海面風応力により海水は風下に向かって、北半球では右直角方向に、南半球では左直角方向に運ばれることになります。海面風応力が直接作用する層をエクマン層といいます。エクマン層の厚さは海水の渦粘性の依存し、数100mです。
5.おわりに
地球自転によるコリオリ力によって日常生活での経験からは想像もできない現象を引き起こしていることの一例を示しました。数学も図も使わないで説明することを試みましたが、難しかったかもしれません。理解しにくい所がありましたら、お知らせください。次回は「西岸境界流」のお話です(多分)。