2009年06月21日

科学広報戦略の見直し

2009年6月22日01時35分 追記

読売新聞の5月13日付け科学コラムに保坂直紀さんの「様変わりした科学者らの広報戦略」と題する記事が掲載されていた。「いまや少なからぬ科学者たちが、メディアとの接触に積極的な姿勢をみせているのだ。」という認識を示し、科学ジャーナリズムの新たなあり方に言及している。他方、研究者の立場から、5月25日夜のNHK教育TVの視点論点で横山広美さんが「科学者の情報発信」について発言しているのを垣間見た。横山さんの認識は管理人のとはちょっと違うなあと感じ、保坂さんの記事と合わせて言及しようと思っていた。そうこうしている内に、6月11日にアメリカ地球物理学連盟広報委員会のメンバーであるJohn D. Coxさんから、Nature Biotechnologyの6月号に掲載されたCommentary Article「Science communication reconsidered」という記事とこれに関するAmerican Universityのプレスリリースが送られてきた。この論文は、米国・カナダを主として英国・ドイツ・オーストラリアの研究者を含めた24名の共著によるワークショップの報告であり、欧米におけるサイエンスコミュニケーションの現状を分析して、新たな戦略を提案している。これらを合わせて、科学広報、アウトリーチ、サイエンスコミュニケーションについて日頃考えていることを以下に述べる。

関連記事:
2009年5月21日 NHK視点論点に出演します「科学者の情報発信」(横山広美のお知らせページ)
2009年5月26日 【話題】視点・論点「科学者の情報発信」横山広美さん(Science and Communication)
2009年5月13日 様変わりした科学者らの広報戦略(読売新聞 科学コラム)ウェブ魚拓
2009年6月10日 At Nature Biotech, Science Communication Re-Considered(Framing Science)
2004年12月 基礎科学のフロンティアとしてのアウトリーチ(東京大学出版会『UP』2004年12月号,No.386,p. 22-28.鎌田浩毅のホームページ)


1.横山広美さんの「科学者の情報発信」
横山さんの発言については、NHKの関連ウェブサイト(このサイトの過去記事はカテゴリ別になっておらず、不便)にアップされる記事を熟読してから言及しようと思っていた。しかし、放送から約1か月過ぎても、まだ掲載されてない。不正確かもしれないが、ブログScience and Communicationの2009年5月26日の記事「視点・論点「科学者の情報発信」横山広美さん」で、以下のように紹介している。
科学広報の目的は次の3つだそうです.
1.若者のリクルート
2.不安を取り除く
3.支持者をふやす
 オーストリアがCERN脱退を撤回した話について触れてます
すぐに役に立つという論調に流されないということを強調されていました.
ここで述べられている3つの目的は、いわゆる科学技術分野の「アウトリーチ」の目的として関係者の多くが認めていることだとは管理人も思う。しかし、これは「アウトリーチ」の目的ではあっても、「科学者の情報発信」の目的の全てではないと考える。

2.アウトリーチとサイエンスコミュニケーション
「科学技術分野におけるアウトリーチ」は、Wikipediaでは、
研究者や研究機関が研究成果を国民に周知する活動をさす。国際会議や国際シンポジウム等を開いて、広く一般に成果を発表する場合や、研究論文を学会誌などに投稿して世に知らしめる場合なども、アウトリーチ活動であるといえる。また、同分野の専門家以外を対象とした、一般向けの成果発表会、普及講演、研究施設の一般公開などもアウトリーチ活動に含まれる。
と定義されている。このように定義されているアウトリーチという言葉に、管理人は研究者が一方的に一般を対象に「上から目線」で行う活動であるように感じる。

鎌田浩毅さんは「基礎科学のフロンティアとしてのアウトリーチ(東京大学出版会『UP』2004年12月号,No.386,p. 22-28)」で、「アウトリーチには、市民の関心を的確に把握する感受性と、それをサポートする幅の広い教養が必要である。タコツボ研究者と言われるような、視野が狭くて協調性の低い研究者には、無理な仕事だ。」といいつつも、アウトリーチの目的を以下のように述べている。
一、研究資金の獲得
二、後継者の育成
三、一般社会に認知してもらうこと
ようするに、「科学技術分野におけるアウトリーチ」は、社会全体よりも、自分自身が直接携わる研究分野の発展や研究活動への支持・支援を得ることを最終目的とする活動となっている。

これに対し、サイエンスコミュニケーションは、science-comm @ ウィキでは、
研究者、メディア、一般市民、科学技術理解増進活動担当者、行政当局間等の情報交換と意思の円滑な疎通を図り、共に科学リテラシーを高めていくための活動全般」文部科学省科学技術政策研究所(調査資料100)

「科学研究の知を扱う様々な場面において、立場の異なった人々が科学研究の知を題材に情報交換し、意見を言い、双方向に交流すること、すなわち科学研究の知を通じた双方向交流」NPO法人サイエンス・コミュニケーション (設立趣旨書)

という定義が示されている(追記を参照)

「科学者の情報発信」には「科学技術分野におけるアウトリーチ」のみならず、市民としての研究者が、その専門知識や科学的考え方の普及を通しておこなう社会貢献活動としての「研究者がおこなうサイエンスコミュニケーション」の視点が含まれているべきであると管理人は考える。また、研究機関の行うアウトリーチ活動へのメディアや市民からの冷やかな対応を招かないためには、「科学技術分野におけるアウトリーチ」の活動には「研究者がおこなうサイエンスコミュニケーション」の視点が含まれていなければならないとも考える。

3.科学者らの広報戦略と科学ジャーナリズム
保坂さんは科学コラム記事「様変わりした科学者らの広報戦略」の中で、「いまや少なからぬ科学者たちが、メディアとの接触に積極的な姿勢をみせているのだ。」として、
科学者側の広報が巧みになればなるほど、科学ジャーナリズムは科学者集団のたんなる宣伝係で仕事をした気になってしまう恐れがある。
・・・
これらの論文誌の巧みな広報資料や研究者の記者発表をもとにしているのだが、これなどまさに、何を社会に伝えるかは自分で決めるというジャーナリズムの要を、科学者集団側になかば預けてしまっているのではないか。
・・・
科学ジャーナリズムは、広報戦略に長けてきた科学者たちとどう付き合っていくべきか。その哲学と戦略を、こちら側も改めて肝に銘じておかなければならない時代になった。」
と科学ジャーナリズムのあり方に言及する言葉で終わっている。

確かに科学ジャーナリズムは科学者集団の単なる宣伝係ではない。しかし、「論文誌の巧みな広報資料や研究者の記者発表」をきちんと一般市民の側に立って理解・租借して、正確に報道しているとは思えない場合が多い。また、「ジャーナリズムの要」が「何を社会に伝えるかは自分で決める」ことであるのならば、そのために必要な科学的素養を科学ジャーナリストは持っていなければならないと思う。しかし、このような素養を持っている、いわゆる理系学部・大学院出身の人材の確保・育成にマスコミ各社が努めているとは思えないのが現状であろう(保坂さんが理学部・大学院出身者であることは承知しているが、・・・)。

4.サイエンスコミュニケーションの新たな戦略
Nature Biotechnology6月号に掲載された論文「Science communication reconsidered」に関するAmerican Universityのプレスリリース資料では、8項目の提言を行っている。以下に簡単に紹介する(かなり大胆に意訳、省略しています。誤りがあればご指摘ください)。

背景:
過去数十年の間に、科学は、官僚主義的、問題解決型、私企業資金への依存、の傾向が強まっている。市民アンケート調査結果は、科学者、特に大学所属の科学者への信頼度は高いが、私企業や産業に従事している科学者への信頼度は薄れている。読者と科学についての良質なニュース源の減少というメディア業界の変化に対応して、公衆をより強く科学の話題に引き寄せるためには、サイエンスコミュニケーションの改革が必要である。

1. 科学者と研究機関は、信頼と対話に基づいた関係を公衆との間に築かなければならない。その目標は科学の重要性を公衆に知らしめるのではなくて、公衆の構成員が科学に関連する決定に有意義に参加できるように公衆に科学的事項を伝えることである。

2. 科学者と研究機関は、科学関連事項を整理・分類する(枠組みを作成する)ことの重要性を認識する必要がある。サイエンスコミュニケーション活動においては、参加者について注意深い調査を事前に行うことによって参加者の多様性を認識していれば、参加者間に良好な対話が成り立ち、公衆の議論の分裂を避けることができる。

3. 理系大学院学生は科学の社会的政治的背景とメディアや多数の公衆との意思疎通の方法を教えられるべきである。

4. メディアが誤りを犯す要因を認識し、排除すべきである。プレスリリースには研究成果と方法の詳細を明確に記載して、公衆からの信頼を得ること。短期間の注目や人気は、長期間のジャアーナリスト、政策決定権者、公衆との良好な関係に劣る。

5. 既存の新聞、雑誌、TVではなくて、デジタルメディアや画像のような新しい形でのサイエンスコミュニケーション活動を追求すべきである。

6. 研究機関は、公衆が科学を理解する際に用いる種々の文化的内容に注目して、メディアの科学関連報道(天気予報、娯楽番組、他)を監視する必要がある。

7. ジャーナリスト養成学校と報道機関は科学担当記者と政治担当記者の間のギャップを取り除く努力をするべきである。

8. 財団、大学、政府支援のいずれかで、ジャーナリズムの新しいモデルが必要である。利益追求型のじゃナリズム企業モデルは衰退しており、科学ジャーナリストのような特殊なジャーナリストは職を失いつつある。(訳注:この項目についてはサイエンスライターのブログで議論を呼んでいる)

5.おわりに
管理人がアウトリーチという言葉を初めて知ったのは2003年7月に札幌で開催された国際測地学・地球物理学連合(International Union of Geodesy and Geophysics,IUGG)総会であったように記憶している。この総会期間中に、各分野のトップレベルの研究者が札幌近郊の小学校で種々の特別授業をおこなった。それまでも、大学教員の社会貢献として、研究成果の印刷公表以外に、研究室のホームページを立ち上げて卒論・修論の要旨や観測航海の報告を公表したり、一般公開授業を担当したり、マスコミの問い合わせに答えたり、学識経験者として県の委員会委員を務めたりしていたが、アウトリーチという言葉の響きに、新鮮な驚きを感じた。その後、理系離れの風潮に対する危機感を持ちながらインターネットの世界を回っていて、NPO法人サイエンス・コミュニケーションの存在を知り、メルマガを購読するようになった。その頃に比べると、今やサイエンスコミュニケーション関連の話題がサイエンスやネイチャーなどの雑誌では毎号のように取り上げられている。

このような時勢において、研究者と研究機関は、最早、アウトリーチ活動ではなくて、サイエンスコミュニケーション活動にその主眼を移す時期ではないかと思う。そのための第1歩は、双方向の対話を促進するために、研究成果などのプレスリリースの内容を一般の非専門家からの理解を得ることができるものにすること、インターネットの世界での発言や解説については、その検証が可能なように出典、記載年月日、発言者名などを明示すること、が必要だと思う。

追記
名古屋大学情報科学研究科の戸田山和久さん他が、作成された「研究者のための科学コミュニケーションStarter's Kit」では、科学コミュニケーションを、
・科学を市民に伝える
・科学についての思いを市民から聞く
・科学と社会との望ましい関係についてともに考える
活動と定義している。

この資料は、科学コミュニケーションを始めたい研究者に役立つ情報とノウハウを集めた実践ガイドとして非常に良くできています。ご一読をお勧めします。




posted by hiroichi at 19:30| Comment(0) | TrackBack(1) | サイエンスカフェ | 更新情報をチェックする
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