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2009年6月15日 第3回海のサイエンスカフェ報告(日本海洋学会教育問題研究部会のウェブサイト)
2009年5月18日 フロートを使った実験で海水の循環モデル実証されず。気候変動のグローバルモデルにも影響が?(スラッシュドット・ジャパン)
1.第3回海のサイエンスカフェの事前質問
このGCBを話題として4月5日に開催した第3回「海のサイエンスカフェ」にbobyyさんから寄せられた以下の事前質問(抜粋)への回答を日本海洋学会教育問題研究部会のウェブサイト内の「第3回海のサイエンスカフェ報告」に掲載しましたので、お知らせします(報告には今後、写真やビデオを追加する予定です)。
Q.最新の情報を交えた、学術的なCB(コンベアベルト)の定義について教えてください。
Q.最新の情報を交えた、CBが発生するメカニズムについて教えてください。
Q.最新の情報を交えた、熱塩循環のしくみについて教えてください。
Q.CBをドライブする力という視点から見た、表層の海流と深海の海流との因果関係を教えてください。
Q.CBが及ぼす、極地や各大陸への気候の影響について教えてください。
Q.地球内部密度とCBの関係について教えてください。
Q.CBと氷河期との関係について教えてください。
回答内容について、ご質問などがありましたら、この記事のコメント欄でお知らせください。
2.スラッシュドット・ジャパンの5月18日の記事
5月18日のスラッシュドット・ジャパンに「フロートを使った実験で海水の循環モデル実証されず。気候変動のグローバルモデルにも影響が?」と題する記事の中で以下のような記述があった。
2003年~2006年にかけてグリーンランド沖のラブラドル海で行われた調査はこのモデル(管理人注:熱塩循環モデルのこと)に疑問を呈するものとなったとのこと。この調査では深度700~1500mの中層を漂流するRAFOSフロートを使いの深層西岸境界流を調べたとのことだが、フロートの8割近くが深層西岸境界流に乗らずに外洋に流されていったそうだ。この記事はちょっとセンセーショナルな言い方になってしまっているが、きちんとしたフォローがコメント欄で述べられている(分かり易い説明なので、一読されることをお勧めする)。なお、この記事の元ネタは、
Amy S. Bower, M. Susan Lozier, Stefan F. Gary & Claus W. Boning: Interior pathways of the North Atlantic meridional overturning circulation. Nature, Vol. 459, 243-248, doi:10.1038/nature07979 (14 May 2009)
である。また、その解説記事が筆頭著者であるAmy Bowerさんの勤務先であるウッズホール海洋研究所のプレスリリース「Study finds surprising new pathway for North Atlantic circulation」として5月13日に公表されている。このように、情報源が明示されていることに、感服している。だからこそ、上で紹介したような有用な追加情報、訂正も素早く伝えられる。日本のマスコミも記事をウェブで公開する際には、元ネタのプレスリリースへのリンクを張ってほしい。
3.水中漂流ブイ
以下は、スラッシュドット・ジャパンの記事中で「深度700~1500mの中層を漂流するRAFOSフロート」としか説明されていないRAFOSフロートに関連して、水中の流れを観測するために開発された種々の水中漂流ブイについて解説する。
3.1 RAFOSフロート
RAFOS(Range and Fixing of Sound)フロートは、3カ所以上の点に係留した水中音源から数時間毎に発信される音波の受信時刻を記録しながら所定の層を漂流した後、海面に浮上して、それまでの受信時刻データを陸上に送信し、再度、所定の層まで沈降する観測を繰り返す、直径10cm、長さ2m程度のガラス製の漂流ブイである。1980年代には湾流(ガルフストリーム)流域に多数のRAFOSフロートが放流され、湾流の蛇行と共に移動するRAFOSフロートの様子が報告されている。
元論文によると、今回の観測では700m層または1500m層の等圧面上を漂流するように予め設定されたフロートが用いられていた。また、東部および西部北大西洋に約1000km間隔で設置した音源から1日1回の頻度で発信される音波の受信時刻、水温、水圧を記録しながら2年間、水中を漂流した後に海面に浮上して、ARGOS人工衛星データ通信システムを介してデータを陸上に送信していた。
海水は上下に移動して圧力が変わると膨張または圧縮のために密度も変わる。この水圧の変化の効果を除いた密度をポテンシャル密度と呼ぶ。1980年代末頃のRAFOSフロートの開発では、巧妙な仕掛け(ブイの密度を海水と同じように水圧の変化に合わせて変化させる)でフロートの密度を調整して等ポテンシャル密度面上を漂流すること、あるいは2つの等ポテンシャル密度面の間を往復して2つの等密度面の間の厚さ(渦度という重要な物理量に対応)の変化を観測しながら漂流することを目指していたと記憶している。今回の観測では等圧面上を漂流する設定としていることは、等ポテンシャル密度面上の漂流ブイの作成は未完成なのかもしれない。
海水は等圧面上ではなくて、等ポテンシャル密度面上を移動しやすい。したがって、今回のRAFOSフロート観測は必ずしも深層水の移動を追跡したものになっていないのではないかと思う。このため、数値モデル結果との比較を行ったのだろう。論文では、実際のフロートの広がり方とモデル(水粒子の追跡)の結果がほぼ一致していると述べているが、管理人には納得しがたいところである。
海中の音速は、温度が高いほど速い。また水圧が高いほど速い。海中では一般に深度が深いほど水温は低い。したがって、海洋には、その上下よりも音速が遅いために、その層内に入射した音波は減衰せずに遠い距離を伝播するSOFAR(Sound Fixing and Ranging)層と呼ばれる音速極小層がある。この層の深度は700m-1000mである。このSOFAR層の存在は潜水艦の水中情報伝達システムで重要な役割を果たしている(小説 レッド・オクトーバーを追え!ので、このことに言及されていたように思う)。今回の観測のように、東部および西部北大西洋に約1000km間隔で設置した音源から1日1回の頻度で発信される音波をRAFOSフロートが受信できるのは、このSOFAR層を使っているためである。また、漂流深度を700mと1500mに設定したのも、SOFAR層の深度に合わせたためと推定する。
3.2 SOFARフロート
SOFARフロートは、RAFOSフロートとは逆に、一定の時間間隔(例えば6時間毎)に100Hzの音波を発信しながら所定の深度を漂流するフロートである。1000km程度離れた3カ所以上の点に係留した水中ハイドロフォンでSOFARフロートからの音波を受信し、その受信時刻の相違からフロートの位置を測定する。SOFAR層を利用することから、SOFARフロートと呼ばれる。実は、RAFOSフロートは、SOFARフロートが開発された後に、その音源と受信関係が逆のシステムとして開発されたので、英語の綴りが逆のRAFOSフロートと命名されたと聞いている。SOFARフロートによる中層の海水流動の観測は、わが国でも、四国沖で1980年代に管理人も参加して行われた。SOFARフロートは電子回路とバッテリーを内蔵した直径が約50cmの2個の耐圧ガラス球の下に長さ約1mの鉄製円筒をぶら下げている。この鉄製円筒を振動させて100Hzの音(耳で聞くとボーという音)を発信する。水中ハイドロフォンは多数のマイクを油を封入した長さが約20mのビニールホースである。
3.3 ALACEフロート
海中では電波が使えないため、SOFARフロートおよびRAFOSフロートの位置決定には音波を用いた。しかし、そのためには、SOFARフロートでは水中ハイドロフォンを、RAFOSフロートでは音源を係留する必要があった。このような係留作業の労力を省いて、人工衛星を用いたARGOSシステムによる電波信号で位置を決定するようにしたのが、ALACE(Autonomous Lagrangian Circulation Explorers)フロートである。ALACEフロートは、海面で約一日間漂流した後、沈降し、10日間、海面下2000mの層に留まって漂流した後、再度、海面に浮上することを繰り返し、沈降開始から再浮上直後までの位置変化から2000m層の10日間の平均流速を求める。我が国では、1990年代に沖縄近海や日本海でALACEフロートを用いた流速観測が行われた。ALACEフロートに浮上中の水温、塩分を水圧とともに測定する機能を加えたフロートはP-ALACE(Profiling ALACE)フロートと呼ばれる。P-ALACEフロートを改良したのがARGO計画で利用されている。また、その技術が発展して自航式水中グライダーが開発された。
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3.4 思い出
RAFOSフロートは1980年代に米国ロードアイランド大学のTom Rossby(ロスビー波などで有名なカール・グスタフ・ロスビーの息子、Amy Bowerさんは、彼の学生だった)さんのグループによって開発された。管理人はRAFOSフロートの存在を1988年12月からの在外研究の折に参加したアメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union, AGU)の大会で知り、東中国海陸棚縁辺での海水交換過程の観測にRAFOSフロートを使用したいと考えて、家族とともに車でロードアイランド大学のRossbyさんを訪ねた。結局、RAFOSフロートを東中国海陸棚縁辺のように浅い海域で使うのには無理があることが分かったが、このときRossbyさんから隣室のMark Wimbushさんを紹介された。これが、その後の東中国海や四国沖における黒潮共同観測を含めたロードアイランド大学ゆかりの人々との交流の始まりとなった。Amy Bowerさんは当時、ウッズホール海洋研究所のアシスタント・リサーチャーになったばかりだったように思う。Natureの論文によると、いまや、Bowerさんもシニアー・サイエンティストである。いつのまにか20年の歳月が経ってしまったことに愕然としている。
●CBと氷河期との関係について教えてください。
氷河期・間氷期とCBの変化の因果関係についての論文、仮説がありますか。
もしあれば、その概要について教えてください。
<お答え>
因果関係ということで、(1) GCBの変化 --> 氷河期・間氷期の間の遷移 : と、(2) 氷河期・間氷期の間の遷移 --> GCBの変化: とに分けて考えます。
(1) については、氷河期・間氷期の間の遷移はほぼミランコビッチ理論(日射の長期変動)で説明できるというのが通説です。つまり、GCBは、現在わかっているデータの範囲では、氷河期・間氷期の間の遷移がGCBの変化によって引き起こされたという明確な証拠は見つかっておりません。
(2) については、GCBに限らず、様々なレベルで海洋の循環が変わるかと思われますが、最終氷河期から現在の間氷期にいたる遷移を除いては、詳細はわからないというのが現状です。」
★
啓蒙書を読むと、ヤンガードライアス事件の原因を説明できると、書いてありますが、私は説明できないと思っています。
hiroichiさんの回答では、「最終氷河期から現在の間氷期にいたる遷移を除いて」と書いて有りますが・・・。
どうなんでしょう?
「ヤンガードライアス事件」は質問8で注目している周期約11万年の氷河期・間氷期・氷河期の変動ではなくて、より周期(期間)が短い変動現象です。したがって、(1)のGCBの変化が氷河期・間氷期の遷移に及ぼす影響の説明の対象には含まれていません。
「最終氷河期から現在の間氷期にいたる遷移を除いて」という回答は、(2)の氷河期・間氷期の遷移がGCBに及ぼす影響についての説明です。例えば、古海洋学の研究によって最終氷河期の黒潮の流れが現在と異なっていたことを示唆するような資料が得られています。