拙ブログの3月1日の記事について、7日に海岸環境の保全に関わるブログ「ひむかのハマグリ」を主宰されているbeachmolluscさんからコメントを頂いた。beachmolluscさんは「なぜ砂浜海岸に(深いところから)貝殻が打ち上げられるのか」という問題について取り組んでおられるとのことです。beachmolluscさんは記事「海水の逆流:副振動(あびき:網曳き、セイシュ)とインターナル・ボア」で、沖から岸に向けて浮遊幼生が運搬される仕組みとして、「インターナル・ボア」の可能性を指摘されています。「インターナル・ボア」という言葉は聞いたことがないので、beachmolluscさんが紹介されている文献を調べたら、インターナル・タイダル・ボア(Internal Tidal Bore, 内部潮汐の打ち寄せ)のことでした。内部潮汐の話は内部波、塩水クサビとともに密度成層に関連しています。これらの説明を始めると長くなるので、別に述べることとして、以下に、密度成層のない、遠浅の海岸における「沿岸流、離岸流」について説明します。
沿岸の物理過程については専門外の私の説明に誤りがある可能性があることを念頭に置いてご覧ください。
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拙ブログ「「どうして海の波はたつのか」の補足」
1.水位と流れ
浴槽にお湯を入れる時の湯面の高さの変化からも容易に分かるように、ある領域に流入する海水量が流出する量より多い時には、その領域の水位(海面の高さ)は上昇し、少ない時には下降します(これは、質量保存の法則と呼ばれています)。このことを、遠浅な直線的な海岸線付近の領域についての思考実験として最も単純に海岸に平行な流れ(沿岸流)がない場合を考えると、海面から海底まで同じ速さで海岸に向かう流れ(向岸流)のみが恒常的に存在している場合には、海岸に海水がどんどん溜まって、際限なく海面が上昇し続けることになります。岸に向かって強い風が吹き続き、海水が海岸に吹き寄せられて発生する高潮が、これに該当します。逆に、海面から海底まで同じ速さで沖に向かう流れ(離岸流)のみが恒常的に存在する場合には、海岸付近の海水がどんどん減って、際限なく海面が下降し続けることになります。
水位が変化しないと考えた場合には、海岸線付近の領域へ流入する海水の量は流出する海水の量と同じでなければなりませんから、海面から海底まで同じ速さの向岸流のみが恒常的にあれば、この流れによって流入した量と同じ量の海水が沿岸流によって領域外に流出しなければなりません。また、海面から海底まで同じ速さの離岸流のみが恒常的にあれば、離岸流で運ばれる海水を補充する沿岸流が存在しなければならないことになります。
すなわち、水位が変化せず、沿岸流がない状況では、直線の海岸線に直交する向きの流れ(向岸流または離岸流)が恒常的に存在することはあり得ないことになります。このことは、顕著な水位の変化も沿岸流もないのに、浮遊幼生を沖から岸に運ぶ流れがあるように見える現実と矛盾しているように見えます。
しかし、これは矛盾ではありません。上の思考実験の結論は、海岸に直交する流れの向きが海岸線に沿って、あるいは上層と下層で異なる可能性を考慮していなかったことが原因で生じた、不十分な結論だからです。以下に、海岸に直交する流れの向きが海岸線に沿って、あるいは上層と下層で異なる可能性を考えます。
2.流れの向きの海岸線に沿った場所的な違い
海岸線に沿って海水の運ばれる向き(流れの向き)が同じではなくて、向岸流と離岸流が同時に存在し、向岸流と離岸流の各々の運ばれる海水量を合わせた正味の量がゼロとなる場合には、海面の高さは変わりません。実際、現実の凹凸した海岸線を持つ海岸付近には、広い範囲でゆっくりと恒常的に岸に向かう向岸流で運ばれた海水が、海岸地形に沿って流れた後、海岸線が沖合に突き出る狭い範囲で急速に沖に向かう離岸流(この離岸流に海水浴中に遭遇すると海難事故に至る危険がある)によって沖に運ばれます。この結果、岸に運ばれた海水が海岸付近に溜まって際限なく水位を上げることはありません。
岸に沿って分布する海水やその流れ(沿岸流)が岸を離れて沖に向かうためには離岸流が必要です。航空写真では、よく沿岸の濁った海水が岸に沿って狭い帯状に分布(これはCoastal Entrapment、沿岸捕捉、と呼ばれる現象です)し、さらに、この沿岸の濁った海水の一部が海岸の突出部で沖に向かう細い帯状に分布(分布形から?リップカレントと呼ばれます)している形で離岸流が観察されます。沿岸捕捉は向岸流によって海岸付近の海水の沖側への拡散や移動が抑制されているためと考えられています。この沿岸捕捉とリップカレント(離岸流)は、陸岸起源の汚染物質の沖合への広がりを考える上で重要な要素です。
それでは、この向岸流は何によって引き起こされているのでしょうか?
遠浅の海岸に立つと、打ち寄せるウネリや風波の波頭は海岸線にほぼ平行で、沖合のほぼ同じ場所(砕波帯)で白く砕ける状況がよく観察されます。これは、海上で発生した風波や、その高周波(短波長)成分を減衰させて海岸に近付いてくるウネリの特性のためです。
ウネリが海面を伝わる速度(位相速度)は水深が浅いほど遅くなります(海面で上下動があっても、海底では上下動がありません。このような海底での状況が波の位相速度を制御しています。ウネリが水深の変化を感じるのは、水深がウネリの波長の約4分の1より浅くなったところからです)。このため、遠浅の海岸に斜め方向から近付いてきた波頭が一直線に連なるウネリの中で、海岸に近い、水深の浅い部分の位相速度は、まだ海岸から遠い、水深の深い部分の位相速度より遅くなります。この結果、遠浅の海岸に斜め方向から近付いてきたウネリが形作る波頭は海岸に近付くにつれて、その向きを緩やかに変え、海岸近くでは、波頭は海岸に平行になります(このような現象を海底地形による表面波の回析現象と呼びます。)。
海岸に近付いてきたウネリがちょっと海底が凸状になってところを通過すると、ウネリの位相速度は、後ろから来るウネリよりも遅くなります。後ろのウネリが前の波に追いつくと、そこでウネリの高さが限界を超え、砕波します。すなわち、砕波帯は、そこの海底は沖側より急に浅くなっていることを示しています。また、波打ち際で波が砕けるのも、ほぼ同じカラクリです。ウネリが砕けると、ウネリに伴う流れは、それまでの周期的な往復流から、それまでのウネリの進行方向(岸向き)のみへの一方的な流れになります。このようにして発生する流れの速度は波に伴う往復流の速度より小さいため、それまで波によって海中で翻弄されていた(海中に浮遊していた)細かい砂粒などは、砕波の結果、浮遊できずに海底に沈降し、堆積します。このようにして、砕波帯が発達したり、移動します。
波の位相速度とは、波の凹凸(山と谷)が伝わる速さであって、波そのものは海面に浮いている物体を波の位相が伝わる方向に移動させるわけではありません。このことは、海岸で、海面に浮かべた木片が波とともに上下するだけで、なかなか流されない経験からもお分かりと思います。しかし、海中の浮遊物質は、波によって、波の進行方向に運ばれます。海面の水粒子は波と共に上下しますが、海底付近の水粒子は海底があるため、上下に動けません。このことから、理論的に、波に伴う周期運動の振幅は海面で最大で、深度が大きいほど小さくなることが導かれます。このとき、岸に近づく海面波に伴う流れで運ばれる浮遊幼生が元の場所から上へ移動したときには元の場所よりも速い速度で岸に向かって流され、下へ移動したときには元の場所よりも遅い速度で沖へ流されます。この結果、1周期後の浮遊幼生の位置は、元の場所より岸側へ移動します(これをストークス流と呼びます)。このように、ウネリの砕波のみならず、岸に近づくウネリに伴う周期的な流れそのもによっても岸向きの海水粒子の移動が生じています。
海上の風が強くなれば、風波の周期は長くなり、振幅は大きくなります。したがって、岸に向かう風波やウネリに伴う向岸流の強さも風によって変わります。
なお、海底では海水は海底から離れて上下に運動することはできませんが、海底面に沿って運動することは可能です。この運動によって海底の砂が移動し、海底に砂の波模様が形成されることがあります。これが、砂漣です。砂漣の形成には海底での流れと底質が関係しています。その多くはウネリや風波によって生じますが、潮汐流が関係している場合もあります。砂漣がキビナゴ産卵場となっているとの報告を聞いたことがあります。
3.流れの向きの上層と下層での違い
上層と下層で同じ量の海水が逆向きに流れている(上層と下層の流れで運ばれる海水量を合わせた正味の量がゼロ)場合には、海面の高さは変わりません。上層で離岸流、下層で向岸流であると、上層にある比較的軽い浮遊幼生の岸から沖へ移動し、成長して比較的重くなった幼生が下層を沖から岸へ運ばれるという説明ができそうです。
それでは、このような上層で沖に向かい、下層で岸に向かう(海岸付近で上向き)となる流れ(このような流れの連なりを鉛直循環と呼びます)は、現実にあるのでしょうか? あるとしたら、何によって引き起こされているのでしょうか?
その候補の一つとしては、岸から沖に向かって風が吹いている場合に、表層の海水が風に引きずられて、沖へ流れたり(このような流れを吹送流と呼びます)、北半球で風が岸を左に見る方向に岸に沿って数日以上吹き続けると、地球自転の影響を受けて、海水が沖へ流れた時に(このような流れをエクマン流と呼びます)、この海水を補充するために下層で海水が岸へ向かい、海岸近くで海面まで上昇すること(これを沿岸涌昇と呼びます)が考えられます。しかし、このような風によって生じる表層の流れの厚さは数十メートル以上あり、遠浅な海岸の浜辺付近での流れが、上に述べた吹送流やエクマン流に関連している可能性は低いと考えられます。
潮汐流は、海岸における潮の満ち引き(海面水位の潮汐周期変動)によって引き起こされる、海岸または沖へ向きを周期的(主として12.5時間の周期で)に変える流れです。これを逆に言うと、潮の満ち引きは、海岸線に沿った広い範囲を、向きを海岸または沖へ周期的に換えながら流れる潮汐流によって生じているという言い方もできます。
潮汐流は周期的な往復流ですから、潮汐流によって、岸から沖に向かって、あるいは沖から岸に向かって、一方的に浮遊幼生が運ばれることはないと多くの人は考えるかもしれません。しかし、厳密にはそうではありません。海岸地形の影響で潮汐流の変化の仕方(振幅と位相)の場所的な違いが生じることによって、海水の恒常的な移動が生じます(これを潮汐残差流と呼びます)。例えば、潮汐流の向きが時間とともに、北・東・南・西の順に時計回りに変化し、流速の北向き成分の振幅が東へ行くほど大きい場合には、この潮汐流で運ばれる浮遊幼生が元の場所から東へ移動したときには元の場所よりも速い速度で南に流され、西へ移動したときには元の場所よりも遅い速度で北へ流されます(上で述べたウネリに伴うストークス流と同じです)。この結果、1潮汐周期後の浮遊幼生の位置は、元の場所の南へ移動します。このように、潮汐流は、物質分布機構において、海水を上下および水平方向に混ぜ合わせるという混合効果とともに、潮汐残差流を形成して海水を水平方向に移動させるという、より重要な役割を持っています。
潮汐流は、粘性の影響を受けて、下層の流れの変動幅は上層より小さく、その変化は上層の流れの変化に遅れて生じます。これに、沖合から海岸まで水深が緩やかに浅くなっている効果が加わり、潮汐に伴う平均的な流れは鉛直分布を有し、下層で岸向き、上層で沖向きの鉛直循環(鉛直断面内の潮汐残差流)が生じる可能性があります(このことについての理論的研究が行われていますが、鉛直循環の向きや発生する海底地形などの条件についての記憶が曖昧です。後日、確認します)。
追記
2009年度日本海洋学会春季大会期間中の4月8日に潮汐残差流に造詣の深いYHさんにお尋ねしたところ、地球自転効果を考えると、鉛直断面内の潮汐残差流は非現実的であるとのことでした。
YHさんは超音波流速計で海底上1mでの水平・鉛直流速と濁度の毎秒16回の測定を25時間行い、上げ潮時の濁度の鉛直輸送量が下げ潮時より大きいことを報告していました(講演番号252)。このことは、潮汐流によって沖から海岸へ低層の微粒子が輸送されることを示しています。
4.おわりに
beachmolluscさんの疑問の一部にお答えしようとして、長い記事になってしまいました。身近な海岸で起きているカラクリの巧妙さを楽しんでいただけたら幸いです。
今回の説明では、密度成層に関連する事項を除いていますが、それでも、沿岸域の物理現象は、その変動要因が多いこともあって、非常に複雑です。管理人は、遠浅の砂浜海岸へ向かう恒常的な流れの主な成因は、海岸に絶えず打ち寄せる波であると考えます(別途説明する密度成層に関係する海水流動は水深が深い海域が対象だと思います)。
生物の生理生態と物理環境との関係については、海水の流動によって酸素が豊富な海水が供給され、それが稚魚・幼生の生理生態に影響しているらしいというようなお話を聞いたことがありますが、生物学的にも物理学的にも、未解決な問題が数多く残されていると思います。
ここで述べた沿岸の流れについての説明は、沿岸の流れを理解しようとした先人、友人たちのこれまでの研究成果についての私の理解をできるだけ平易に表現しようとしたものです。多分、言葉足らずや飛躍があると思います。誤りのご指摘やご質問をお待ちしています。
付記
beachmolluscさんのブログから旧友の一人である「宮崎大学三浦教授」のサイトへのリンクが張られているのに気付きました。こうして、ネットの世界で旧友の発信に接すると、力付けられるとともに心楽しくなります。
>管理人は、遠浅の砂浜海岸へ向かう恒常的な流れの主な成因は、海岸に絶えず打ち寄せる波であると考えます。
このコメントに同意します。
海岸侵食問題を論議する場合、砂浜の浅海部では恒常的に砂が浜に打ち寄せられている現象が認識されていないようなので、問題提起が必要だろうと考えています。
台風の高潮や津波で起こる突発的な堆積地形の変化(多くの場合、砂浜の侵食)と平常時のうねりによって砂が浜に戻ってくるビーチサイクル現象のメカニズムを説明したいのです。野外での観測・観察データはありますが、何がどうなっているのかが説明できていません。特に、波が砕ける場所に関連して形成されるサンドバーの位置が沖から岸に向かって移動する理屈が良くわかりません。
離岸流についてですが、上ではヘッドランド周辺にできるものだけを説明されていますが、直線的な砂浜海岸の中央にいくつも並んでできるものがあるようです。
私はサンゴ礁海域で長年研究していたので、サンゴ礁に打ち寄せて砕けるうねりが礁縁を越えて礁池に入り、そこに溜まりこんだ海水が水路を通って外海に戻る循環の様子をいつも見ていました。空中写真を見れば、礁原に堆積した砂礫が流路パターンをきれいに示しています。(砂浜海岸の海底の様子が空中写真からはほとんど読み取れないのが残念なことです)
サンゴ礁では生物が造った地形としての水路が固定されますが、砂浜では固定されずにダイナミックに変動する姿が面白いことです。
>台風の高潮や津波で起こる突発的な堆積地形の変化(多くの場合、砂浜の侵食)と平常時のうねりによって砂が浜に戻ってくるビーチサイクル現象のメカニズムを説明したいのです。
砂浜海岸の保全や海岸浸食に関わる、いわゆる「漂砂・海浜変形」問題は海岸工学を専門とする方々によって、長年、研究が進められています。しかし、現実の海浜変形(砂の収支)には、岸に向かう流れのみならず、岸に沿った流れや河川からの供給量も関係していますので、非常に難しい問題となっているようです。人工海浜を建設したものの、砂の流出が続くため、時折、砂を追加している事例や、逆に沿岸の海水循環が滞り、汚泥が堆積してしまった事例が過去にはあったと聞いています。
私が高校時代を過ごした40年以上前の新潟の海岸では、海岸浸食を防ぐために多くの突堤が築かれていました。しかし、現在では離岸堤(沖側に汀線に平行に設置される構造物)が多いようです。
>サンゴ礁では生物が造った地形としての水路が固定されますが、砂浜では固定されずにダイナミックに変動する姿が面白いことです。
「生物が造った地形」が何によって決められたのかを考えることをも含め、目に見える、身近な海浜の変化過程にアレコレ思いを巡らすことは楽しいことと思います。
以下に述べることは、管理人の単なる思い付きであることにご留意ください。海岸工学分野を専門とする方々はもっと詳細な研究を進めておられると思います。ただし、ちょっとネットで調べたところでは、分かり易い解説はありませんでした。
>特に、波が砕ける場所に関連して形成されるサンドバーの位置が沖から岸に向かって移動する理屈が良くわかりません。
波長の長い波と短い波が打ち寄せる時に、波が海底地形を感じる深さや波の効果(海底を削って深くする/砂を堆積させて海底を浅くする)が異なることが関係しているのではないかと思います。
>離岸流についてですが、上ではヘッドランド周辺にできるものだけを説明されていますが、直線的な砂浜海岸の中央にいくつも並んでできるものがあるようです。
これは不安定過程として理解できるように思います。
直線の海浜では、離岸流は発生しにくいのですが、継続的に波によって海岸に海水が溜まると、波による沖から岸へ向かう力と岸近くでの海面の傾きによる圧力との微妙なつり合いが崩れたところで離岸流が発生すると思います。さらに、一端、離岸流が生じると、これにより海岸地形がわずかに変化し、その結果、特定の場所で離岸流が発生するようになるのではないかと思います。
まず、場所を私の現在のフィールドである日向灘に限っておきますが、黒潮が陸棚の縁をかすめて北上していることが沿岸の砂浜に大きな影響を及ぼしているのかなと、想像しています。
日向灘の陸棚の海底の地質調査の結果を見ると、平坦な地形も広がっていますが、かなりデコボコしていて、氷期に空気中に露出していた時代でも単なる平原ではなく複雑な地形だったようです。また、海水準が上昇して現在の水準になってから約5千年間に海底に堆積した厚みは小さく、海底のデコボコを平坦化させていません。
陸棚の海底の堆積物は大陸斜面より深い場所ではシルトや粘土成分が多くなりますが、水深130mより浅い陸棚上は極細砂成分が中心です。砂浜海岸では細砂と中粒砂が主成分となります。河川が流出する河口近辺を除いて、極めてよく淘汰された細砂が沿岸に漂砂系を造っています。
陸棚の海底ではかなり深い場所でもリップルマークが撮影されていて、、シルトの堆積がないことも含め、海底に接するかなり強い流れがあることが示唆されます。
地質調査所のレポートでは、黒潮の一部が日向灘に向けて舌状に突き出すような動きがあることで、陸棚の上に南下流(反流?)ができているような記述がありました。また、豊後水道を出入りしている潮汐流も影響があるかな、と思いますが、具体的な情報はありません。
日向灘の砂浜で、内部波としての(タイダル・)ボアが岸に向かって進むように生まれるとすれば、その原動力は黒潮から分流した暖水塊の渦の行動や黒潮本体の勢力のゆらぎ、それに上空の気圧の急激な変化なども加わって、突発的なゆさぶりがかかっていることではないだろうか、というのが私の想像です。
タイダル・ボアでは潮汐の長周期の波が関与するはずですが、潮汐とは関係しない内部波が生じるのではないでしょうか。これには海岸地形や海底のトポグラフィーがとても重要だろうとも想像しています。
水中で上下に成層状態ができているところに内部波が進むと、浅海部で海底の砂に波が接触するだろうと思うのですが、砂が運搬されるほどの流動が起こるでしょうか。
砂が巻き上げられて再び堆積する現象では砂の粒度と流れの強さの相互関係が重要な要素です。沿岸漂砂が沿汀流(longshore current)で引き起こされる時も同様な関係で起こっています。(沿岸流、という言葉はあいまいなので、汀線に沿った海岸に平行する流れに使うべきではありません)
上の想像は、実際に起こっている堆積物の変化から考えたものです。サンドバーの陸に向かった移動を説明する仮説として、インターナル・ボアによる海底の砂の突き上げがあるのではないか、というものです。
水深が150mよりも浅い陸棚の海底上の主な流れは潮汐流です。内部潮汐は主として密度躍層(海水密度が深さ方向に急激に変化する層)の深度が地形が急変する深度(多くの場合、水深200m程度の陸棚縁辺)とほぼ等しい海域で発生します。したがって、海岸近くの浅い海域にある「サンドバーの陸に向かった移動を説明する仮説として、インターナル・ボアによる海底の砂の突き上げがある」とは考えるのは難しいと思います。ただし、夏季の海面加熱によって深さが10m程度のごく浅い表層に生じた密度躍層の潮汐周期変動が関係する可能性はあるとは思います(海面冷却期には表層は混合し、密度躍層の深さは100m以上に達しますので可能性は限りなく低くなります)。
>地質調査所のレポートでは、黒潮の一部が日向灘に向けて舌状に突き出すような動きがあることで、陸棚の上に南下流(反流?)ができているような記述がありました。また、豊後水道を出入りしている潮汐流も影響があるかな、と思いますが、具体的な情報はありません。
日向灘沖では「日向灘沖冷水」と呼ばれる低温水がしばしば観測されます。これは瀬戸内海起源の冷水が黒潮に伴う半島系周りの渦によって豊後水道西側から南下して、あるいは黒潮下層の冷水が黒潮接岸に伴って岸側に張り出して、発生すると考えられています(ちょっと記憶が曖昧です)。ただし、黒潮に伴う密度(水温)躍層の深度は200m程度です。
海洋調査船で外洋観測に立ち会ったりした経験もあり、マクロに見た密度の急変する層が水深100mより深いことは体験的によく認識しています。
夏の場合は、ご指摘のとおり、ごく浅い、数mより浅いところに温度の急変する境界層ができていることはダイバーなら身をもって経験していることです。私はこれに注目して質問を出したつもりでしたが、説明不足でした。強い風波ではともかく、おそらく定常的なウネリでこの層は消えないでしょうね。
浮遊幼生が沖から岸に向かって輸送される場合、外洋の深層ではなくて、沿岸部のごく浅い層での出来事です。やや沖合いでラングミュアー循環流の収斂部分に集まっているところ、それがボアで丸ごと岸に輸送されるのではと想像しています。
問題は、ボアが起こったとしても、それが海岸の汀線近くまで到達して海底の砂底に影響が及ぶだろうか、という点です。幼生であれば、まず沿岸まで運ばれれば、後は海岸付近のヘッドランドで仕切られたセル内の循環流に乗って流されて、定着するために適当な場所にめぐり合うかもしれませんが、海底の砂を岸向きに動かすメカニズムがわかりません。とにかく海底の砂は現実に逆流して動いているようです。
沿岸部で強い流動が起こるケースとして、沿岸急潮が相模湾では有名ですが、日向灘では観測されているのでしょうか。相模湾の場合は黒潮の分流であって潮汐流とは無関係だったように記憶していますが、二世代前の情報しか知りませんので、最近の解釈はどうなっているのか知りたいと思います。
>問題は、ボアが起こったとしても、それが海岸の汀線近くまで到達して海底の砂底に影響が及ぶだろうか、という点です。
台湾?近海では内部波が伝播している様子を人工衛星搭載SAR(合成開口レーダ)画像で捉えている例もありますが、その内部波が岸に到達していたか否かは覚えていません。
>海底の砂を岸向きに動かすメカニズムがわかりません。とにかく海底の砂は現実に逆流して動いているようです。
海洋、特に沿岸では水温・塩分が時間的に不連続に変化する例がしばしば観測されます。その多くは流れの急変を伴っています。海底地形(もしかしたら生物分布も)の変化の主因は間欠的なメカニズムと思いますが、このことを確認するためには、数年間、海底流速の連続観測を行う必要があります。
>沿岸部で強い流動が起こるケースとして、沿岸急潮が相模湾では有名ですが、日向灘では観測されているのでしょうか。
日向灘における沿岸急潮観測の実例は知りませんが、中規模渦や黒潮の離接岸に伴って急潮現象が間欠的に生じている可能性はあると思います。
上の言葉を引き出したかったので喜んでいます。
沿岸部で、日本に限らず、この「海底流速の連続観測」を行っているかどうか、その成果の情報はありますか。
>沿岸部で、日本に限らず、この「海底流速の連続観測」を行っているかどうか、その成果の情報はありますか。
私が1980年代終わりにウッズホール海洋研究所に滞在中に、Sandy Williams(Albert J. Williams 3rd)さんがBenthic Acoustic Stress Sensor (BASS) current meterを開発中でした。おそらく、その後、種々の現場観測を行っていると思いますが、詳しい経緯は知りません(私も1990年頃に短期間ながら水深150mでの海底境界層の短期連続流速観測を行ったことがあります。BASSの購入経費(当時で1000万円)を確保できなかったのと、足摺岬沖黒潮横断観測計画の準備を開始したため、中断しました)。
情報の追加を拝見しました。ありがとうございます。
初めて見る潮汐残差流という言葉の意味を知りませんので、噛み砕いて教えていただければ助かります。
追記から
>YHさんは超音波流速計で海底上1mでの水平・鉛直流速と濁度の毎秒16回の測定を25時間行い、上げ潮時の濁度の鉛直輸送量が下げ潮時より大きいことを報告していました(講演番号252)。このことは、潮汐流によって沖から海岸へ低層の微粒子が輸送されることを示しています。
定点観測の怖いところは、空間的に不均一なムラがある状態が移動して引っかかることがあるように思います。発表された人は専門家ですから、怖いところはしっかり押さえておられるとは思いますが、微粒子の供給元と近辺での空間分布は把握された上での観測でしょうね。
>初めて見る潮汐残差流という言葉の意味を知りませんので、噛み砕いて教えていただければ助かります。
本文中でかなり詳細に解説したつもりでしたが、言葉を換えると、以下のようになります。
潮汐による往復流(潮汐流)によって移動する海水の1潮汐周期後の位置が、潮汐流の振幅や位相の空間変化のために、元の場所に戻らない場合があります。この1潮汐周期の間の位置変化(距離)を1潮汐周期(時間)で割った、1潮汐周期平均流を潮汐残差流と呼ぶ。
>定点観測の怖いところは、空間的に不均一なムラがある状態が移動して引っかかることがあるように思います。
「空間的に不均一なムラがある状態が水平移動して引っかかる」場合(水平移流による変化が測定された場合)には、潮汐流は往復流ですから、上げ潮時と下げ潮時で同じ値になります。しかし、今回の観測では大きな「濁度の鉛直輸送量」が上げ潮時にのみ観測されていますので、該当しません。なお、追記で紹介したのは、濁度そのものではなくて、濁度の鉛直輸送量(厳密には濁度の乱流拡散フラックス:濁度と鉛直流速の各々の5秒平均値の10分平均値からの残差の積の10分平均値)の変動です。下げ潮時に比べて強い再懸濁が上げ潮時に発生していることを捉えています。
素朴な疑問の表現が下手で、言いたいことが伝わらなかったようなので、しつこくてすみませんが、もうちょっとお付き合いしていただければ幸いです。
潮汐流が往復流であることは理解しているつもりです。水平方向の潮汐流に対して、水面の高低の変化、つまり潮位変動には様々な外力が働いていて、太陽と月の影響が基本にあっても、いろいろなノイズが加わっていると思います。
験潮所で記録された水面変動には天文潮位で計算される変動に重なって、気圧変動や風向変化による風圧変化、近海の冷水塊や暖水塊の運動の変化、黒潮が海岸に近い場合はその勢力の変化、などそれぞれが観測値を変動させるので、実測された値は計算で予測された標準値とズレが生じますね。
そこで、海流の観測でも、潮汐流だけでなく、いろいろな3次元の流れが重なっているだろうと思いますが、それは分離して観測されるのでしょうか。海洋物理の観測現場は、表面的にながめていただけなので、実際何がどのように観測されているのか想像も及ばないわけです。作業としては、特殊な流速計を一定の場所に(一定の空間パターンで?)一定期間設置して、観測終了後にデータログを取り出して解析するだけのことでしょうが、それで濁度の鉛直輸送量が推定できるという話になると頭の中でイメージできません。
ところで、浅い場所の話で申し訳ありませんが、関連することなので追加質問です。干潟の上での干満による流れでシルト・粘土の微細な堆積物が沖から岸に逆輸送されて堆積する「潮汐ポンプ」だったかと思いますが、この現象の堆積学での名称もあるようです。これは河川水によって河口から海の沖に運び出され拡散した微細な懸濁粒子が岸に向かって運び戻されること、そしてそれが干潟の海に向かう拡大のメカニズムとなっているように解釈してよいでしょうか。このような現象を海洋物理の研究で観測しているのでしょうか。
>そこで、海流の観測でも、潮汐流だけでなく、いろいろな3次元の流れが重なっているだろうと思いますが、それは分離して観測されるのでしょうか。
潮汐流は月と太陽の運動によって定まる特定の周期を持つ変動です(振幅の比較的大きな4つの周期成分を主要4分潮よ呼びます)。観測された流速変動に含まれている潮汐流と潮汐周期以外の変動成分の分離は、観測された流速変動データの解析において周期別成分に分解して行います(潮汐周期成分を取り出す解析を調和解析と呼びます。主要4分潮を確定するのには15昼夜の連続観測データが必要です)。不規則な風によって起こされた吹送流、海流、乱流、その他の流れは、潮汐周期以外の周期の変動成分です。
>それで濁度の鉛直輸送量が推定できるという話になると頭の中でイメージできません。
説明不足でした。紹介した観測で使用した超音波流速計は、水平・鉛直流速とともに濁度も連続測定しています。
>そしてそれが干潟の海に向かう拡大のメカニズムとなっているように解釈してよいでしょうか。
沖からの供給は考えにくいと思います。干潟の発達、すなわちシルト・粘土類の干潟への供給量と干潟からの流出量の差(収支)に流れが関係しているのは確かであり、河口付近の干潟については河川からの供給が大きく関係し、河口域から離れたところの干潟については、岸に沿った流れが関係しているとは思いますが、どのように関係するのかは私には分かりません。
>このような現象を海洋物理の研究で観測しているのでしょうか。
干潟ではなくて陸棚縁辺での潮汐ポンプについては以下の論文で議論されています。
Yanagi, T. M. Shimizu, T. Saino and T. Ishimaru: Tidal pump at the shelf edge. J. Oceanogr., 48, 13-21(1992).
http://www.terrapub.co.jp/journals/JO/pdf/4801/48010013.pdf
以下の論文も干潟ではなくて陸棚での現象を議論しています。
Yanagi, T., T. Hagita, T. Saino, T. Ishimaru and S. Noriki: Transport mechanism of suspended matter above the shelf at the mouth of Tokyo Bay. J. Oceanogr., 51(2), 85-92(1995).
http://www.terrapub.co.jp/journals/JO/pdf/5104/51040459.pdf
>それで濁度の鉛直輸送量が推定できるという話になると頭の中でイメージできません。
濁度の測定値の変動成分:t
鉛直流速の実測値の変動成分:w
とすると
tとwの積を時間平均することで
濁度の鉛直乱流輸送量を求めることができます。
これらの研究の場となった東京湾の切れ込んだ海底の陸棚縁辺部で起こっていることは、地形的に比較的平坦な砂浜海岸においては直接当てはまらないでしょうが、日向灘でも古大淀川などが陸棚から斜面にかけて刻み込んだ海底地形があります。砂浜に直近のところで何が起こっているのか、想像を膨らませて楽しめます。たとえば20mくらいの海底に成育するベントス、特に貝類(サクラガイなど)が打ち上げられる条件と場所を予測できたら面白いことです。