2008年12月07日

UTCとGMT

ちょっと古い話であるが、毎日新聞は11月19日朝刊で「ネットに犯行示唆?」の見出しと記事を掲載し、その翌日に、書き込みがあった時刻は事件前ではなく、事件の報道後であったと、訂正した。その対応の不適切さを多くの人が強く非難している(例えば、ブログ「Birth of Blues」の記事「元厚生事務次官連続殺傷事件の大誤報で毎日新聞がおわび」を参照)。この誤報のきっかけは、記者がフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本語版の当該記事の編集時刻がJST(日本標準時)ではなくて、UTC(協定世界時、JST-9時間)であることに気付かず、事件発生前に記載されたと思い込んだことにあった。

毎日新聞社会部のその後の対応の醜悪さへの批判をここでは繰り返さない。毎日新聞の自浄機能(「開かれた新聞」委員会の誠意ある対応)に期待する。

本題は、この大誤報に関連して行われたネットアンケートの結果である。「UTC、JSTという用語、およびその違い」を知らないと答えた回答者の割合が約4分の1であったことにちょっと驚いた。


1.アンケートとその結果
アンケートは、
2008年11月18日に発生した元厚生次官宅連続襲撃事件に関して、毎日新聞が19日付朝刊にて、インターネット上に犯行を示唆する書き込みがあったと報じましたが、これはWikipedia日本語版の編集履歴に掲載されている編集時刻がUTC(協定世界時)であるにもかかわらず、JST(日本標準時)と誤認したことによる誤報でした。
この件は朝刊での訂正が間に合わず、テレビやラジオなど他メディアでも大きく報じられたために、インターネット上では批判の声が大きくなっていますが、一方で編集時刻がUTCであることはヘヴィユーザ以外にはわかりづらく、勘違いすることもやむを得ないという声もあります。
そこで、アンケートをとりたいと思います。
という趣旨で、11月19日17時22分から18時34分まで行われ、200名が回答している。
各質問事項への回答は、各々、
Q01:
Wikipedia日本語版ではJSTではなく、UTC時刻表示が用いられていることをご存知でしたか?(択一)

Q02:
Q01で「いいえ」と答えた方にお聞きします。UTC(協定世界時)・JST(日本標準時)という用語、およびその違いはご存知でしたか?(択一)

であったが、開始直後に、「Q2にはQ1と関係なくお答えくださいませ。」との修正が加えられた。Q01とQ02への回答の集計結果は
 Q01:知っていた(43名) 知らなかった(157名)
 Q02:知っていた(145名) 知らなかった(55名)

であった。なお、Q01で知っていたと答えた43名中の4名と、Q01で知らなかったと答えた157名中の51名がQ02で知らなかったと答えている。

2.UTCとJST
アンケート開始は毎日新聞の誤報についての記事への「はてなブックマーク」コメント上で告知されており、回答者はネットのヘビーユーザーであると考えられる。このような人々の間でもUTCとJSTの違いが知られていないのであれば、一般にはもっと知られていないことが予想される。その原因を考える前にUTCについて以下に簡単に説明する。

参考:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の協定世界時の項
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の世界時の項
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のグリニッジ標準時の項
川崎直之さんのHPサイト:標準時について UTC, JST, TAI, GMT
独立行政法人情報通信研究機構「日本標準時プロジェクトの業務紹介」

国際単位系(SI)では、1秒は「セシウム133の原子の基底状態の2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9,192,631,770倍に等しい時間」と1967年に定義されている。この1秒の長さは1750年から1890年までの月の観測から決められた慣習的な値に基づいている。

国際原子時(Temps Atomique International, TAI)は、フランス・セーヴルにある国際度量衡局(Bureau International des Poids et Mesures,BIPM)によって管理されており、世界時の1958年1月1日0時0分0秒を起点として、30 カ国以上にある 200 以上の原子時計の時刻を加重平均することによって決められている.

世界時(Universal Time, UT)とは地球の自転に基づいて決められる世界共通の時刻系である。世界時にはいくつかの種類が存在する。UT0は天文台で恒星や銀河系外電波源の日周運動の観測、あるいは月や人工衛星の継続観測によって決められる世界時であり、厳密な意味ではUniversalではない。UT1はUT0から観測地の経度に表れる極運動の効果を補正して計算される値である。UT1は地球上のどこでも同じ時刻であり、静止座標系に対する地球の真の回転角(地球の自転はいくらか不規則であり、また1日の長さも月の永年加速によって非常にゆっくりと延びている)を定義する。。

協定世界時(Coordinated Universal Time, UTC)とはセシウム原子時計が刻む国際原子時(TAI)をもとに、天文学的に決められる世界時(UT1)との差が1秒未満となるよう国際協定により人工的に維持されている世界共通の標準時であり、市民向けの常用時刻が基準としている国際標準である。このような補正の蓄積結果として TAI と UTCの間には 2008年12月現在で33秒の差がある.

ほとんどの時刻源や天球座標系の基準として使われる世界時としてUTと言った場合、通常はUT1が使われるが時としてUTCを意味する場合もある。

グリニッジ標準時(Greenwich Mean Time,GMT)は伝統的に経度0度と定められているイギリスのロンドンにあるグリニッジ天文台での平均太陽時(Mean solar time)である。季節によって一定でない太陽の運行を平均し GMT の正午に常にグリニッジの子午線を通過するような仮想的な太陽を考えてこれを平均太陽(Mean solar)とし、この平均太陽の運行に基づいて GMTは定義されている。1972年1月1日、GMTはUTCによる国際的時刻基準に置き換えられた。このため、現在のイギリスの市民生活向けの時刻はUTCに基づいている。しかし、市民生活向けの時刻は現在でもGMTと広く呼ばれている。

日本標準時(JST)は、かってはGMTに9時間を足したものであったが、現在はUTC(NICT)に9時間を足したものになっている。UTC(NICT)は独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が18台の原子時計から生成している。GPS衛星に搭載されている原子時計から送信されている電波に含まれているGPSタイムと呼ばれる時刻情報とUTC(NICT)との時刻比較測定データは BIPM に送られ,TAI の決定にも活用されている。UTCととの差が±10ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)以上にならないように、UTC(NICT)は決定され、管理されている。電波時計の時刻合わせに使用される標準電波は独立行政法人情報通信研究機構から送信されている。

3.UTCとGMT
上の説明で述べたように、GMTは1972年1月1日にUTCによる国際的時刻基準に置き換えられたが、市民生活向けの時刻はGMTと広く呼ばれている。GMTとUTCの各々の定義は全く異なるが値は同じである。したがって、実生活ではGMTとUTCのどちらを使っても不都合はない。このため、一般の人々の間にはUTCという用語が普及していないと考えられる。他方、科学技術の世界では国際単位系の使用が強く推奨されている。このため、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のプログラム作成者もUTCを無意識に使ったと思われる。最近のように、国際研究集会などへの参加申込をネット経由で行うことが多くなると、締切日時は、例えば12月15日23:59UTCのように示されている。

アンケートのQ02の質問が、
Q02:
GMT(グリニッジ標準時)・JST(日本標準時)という用語、およびその違いはご存知でしたか?

となっていたら、おそらく、ほとんど全員が「知っている」と回答したと推定される(最近の若者は?)。
ただし、ブログ「タダのブログ:xxx裏ページxxx」さんが指摘しているように、
Q03:
UTC(協定世界時)という用語、およびそのGMT(グリニッジ標準時)との違いはご存知ですか?

としたら、ほとんどの人が「知らない」と答えたと思われる。

参照
タダのブログ:xxx裏ページxxx
元厚生次官宅連続襲撃】毎日新聞がUTC,GMT,JSTを知らなかったのは仕方ないのかも


4.おわりに
時刻の定義と言えば、ある学生が卒業研究として気象庁の東シナ海海洋気象観測ブイロボットで得た海上風の時間変動データと台風経路データとを比較していて、ゼミで「どうも、風速変動と台風経路が9時間ほどずれているように見える」ことを報告したことを思い出した。ブイデータがJSTで記載されていたのに対し、台風データがUTC(GMT)で記載されていることに気付かなかったためであった。時刻単位を合わせることを失念したのはミスだったが、9時間の差に気付いたのは優れた観察力を示す良い報告であった。

海洋観測データは国際的に共有することが前提であり、観測日時は世界標準時で表す。1972年といえば、管理人が大学を卒業した年である。したがって、管理人は、当然ながら、UTCについての知識は持っていなかった。今から思えば不勉強が恥ずかしいが、1979年に鹿児島大学水産学部に赴任後に担当した海洋観測実習では、学生に観測日時をJSTではなく、GMTで記録することは指導したが、UTCという用語を使っていなかった。管理人がUTCという用語に初めて接したのは、人工衛星データを頻繁に使用するようになった1990年代に入ってからだったように思う。

アンケート結果を一瞥したときにUTCとJSTの違いを知らない人が回答者の4分の1もいることにちょっと驚いたが、これは、管理人がUTCという用語に慣れ親しんでいることに起因していた。アンケート結果は、科学技術の専門家以外の多くの人には、まだUTCという用語が普及していないということが確認したということなのだろう。
posted by hiroichi at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | 更新情報をチェックする
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