昨日午後にサイエンスアゴラ2008に行ってきた。会員になっている「NPO法人サイエンス・コミュニケーション」が企画した「日本の科学技術コミュニケーションはいかにあるべきか? 第四期科学技術基本計画に向けた提言」と事前登録した「日欧米国際シンポジウム~地球の環境と科学リテラシー」に参加するのが主な目的であった。1時45分に東京国際交流館に到着し、すぐに、「日本の科学技術コミュニケーションはいかにあるべきか? 第四期科学技術基本計画に向けた提言」の会場に向かった。2時半までの後半のみの参加になってしまったため、全体の議論の成り行きを十分に把握できなかったが、会場のメディアホールがほぼ満席となるほどの予想以上の参加者があり、「第四期科学技術基本計画」についての関心の高さを知った。なんとか形あるものに提言をまとめなければならないという思いを強くしたが、多様な参加者を見ると、その難しさも予感している。
2時半から3時半までは東京国際交流館1Fと3Fの各種のポスター・ブース展示を見た。懸案となっていた横串会への入会手続きを行った。プログラムによると隣の日本科学未来館では多彩な催しが行われているようであったが、見学する時間がなかった。「日欧米国際シンポジウム~地球の環境と科学リテラシー」は参加者は50名程度(厳密に数えてはいない)であったが、非常に面白かった。以下に、その詳細を紹介する。
関連記事:
サイエンスアゴラ2007
Inquiry-based science education
1.欧州連合の科学教育
最初の講演は、イタリア科学技術文化醸成専門家委員会委員長、元イタリア文部科学大臣ルイージ・ベルリングエル(Luigi Berlinguer)さんによる欧州の科学教育ハイレベルグループの報告の紹介であった。この報告は、拙ブログの今年8月31日の記事「Inquiry-based science education」で触れた「探究を基盤とする理科教育」を強力に推奨している。会場でこの科学教育ハイレベルグループの報告の和訳「今日の科学教育:欧州の将来に向けた新しい授業法」(以下のURLで入手可能とのこと:http://rikashien.jst.go.jp/news/20081017.pdf)が配布されたのは思わぬ手土産となった。Inquiry-based science education(略称IBSE)は探究型科学教育と訳されていた。一部ではなくて全ての児童生徒にIBSEを行うように科学教育を改善することにより、科学への関心を高め、このことが科学的手法を身につけた市民を増やし、民主主義の普及を強化するという言葉に大いに納得した。
この講演に対し、日本の理科教育現場での対応が紹介・議論されても良い筈だと思ったが、シンポジウムは、そのような構成ではなかった。逆に、このシンポジウムと同時刻に、日本科学未来館で「環境教育に未来はあるか-ESD(持続可能な開発のための教育)に向けて中学校の実践から考えよう!-」が開催されているという「ちぐはぐさ」である。シンポジウムの最後の質疑で独立行政法人科学技術振興機構の北澤理事長が科学教育にIBSEを導入することによる経費増についての懸念を表したのに対し、ベルリングエルさんは、科学教育の改善には科学教育担当者の意識改革が不可欠であり、それには多くの経費はかからないと答えていた。
2.日本の科学教育と科学技術政策
2番目の講演は、内閣府総合科学技術会議議員の相澤益男さんが冒頭に今年のノーベル賞受賞者の話題から日本の科学教育と科学技術政策を紹介した。世界に対抗して日本の科学技術レベルを高めるために検討されている種々の方策(大学院授業の英語化、優秀な学生・研究者の外国からの招聘、など)が紹介された。トップのレベルアップを図ることに主眼をおいた一連の政策は、ベルリングエルさんの講演内容(全てを対象)とは全くと言っていいほど共通点が見られなかった。このことについての言及もなかった。
我が国の科学技術力を高めるために出来ることを全てを行うという相澤さんの最後の言葉を聞いて、長期的戦略を持たずに網羅的な施策を行っても現場が混乱するのではないのかと不安を感じざるを得なかった。シンポジウムの最後の質疑で会場から「奨学金の貸与問題や授業料の高負担」への対策が問われたのに対し、日本の教育費が他国に比べて対GDP比で半分程度であることを示し、「皆さんが声を大にして訴えてください」というような答えを、国民の声を国政に反映させる役割を担っている筈の総合科学技術会議議員の口から聞いたことに驚いた。
3.米国科学財団における研究と教育の統合活動
3番目の講演は米国国立科学財団東京事務所長であるマチ・ディルワース(Machi F. Dilworth)さんによる「米国科学財団における研究と教育の統合活動」であった。研究助成審査の仕組みや教育支援プログラムが紹介された。マイノリティーのような主流ではないグループ・人々への配慮を基本姿勢として維持していることが強調されていたのが印象深い。
この講演に対し、米国国立科学財団に対応した我が国の機関である科学技術振興機構の教育支援プログラムが紹介・議論されても良い筈だと思ったが、シンポジウムは、そのような構成ではなかった。このサイエンスアルゴの主催者である科学技術振興機構は、米国の実践活動が十分な成果を挙げていないことのみを捉えて、ただ聞き置くだけなのだろうか? それとも、米国の後追いしないと心に決めているのだろうか? ディルワースさん(ベルリングエルさんだったかもしれない)の「何もしないことは、膨大な損失を生む」との言葉の一節が心に残った。
4.ヨーロッパと日本の若者の科学に対する態度―ローズ調査による比較-
4番目の講演はオスロ大学教授のスヴェイン・ショーバーグ(Svein Sjφ berg)さんのお話で、世界各国の15歳の少年少女の科学に対する態度のアンケート調査(ローズ調査)の結果の紹介であった。種々の単純な質問への回答の、国による違い、男女の違いに非常に興味深いものがあった。例えば、それほど裕福ではない国の若者たちは「全てのこと」を学びたいと思っている、あるいは科学者になりたいと思う若者が多いのに対し、北欧諸国と日本の若者は全体的に興味が低い傾向にあり、科学者になりたい若者が少ない。また、日本の若者の科学に対する信頼は、他の国々に比べて特異的に低い。会場からのこれらの違いの理由についての質問があったが、ショーバーグさんは文化、教育、宗教などが原因であろうというのみで明言はなかった。ローズ調査の詳細は http://www.ils.uio.no/english/roseで入手可能である。一読をお勧めする。
5.おわりに
公立はこだて未来大学教授の美馬さんの司会は準備不足の印象を受けた。時間的制約のためか、上に述べたような日本の現状を見直す、あるいは今後の日本での科学リテラシー普及の進め方についての議論がなかったのが残念であった。たぶん、準備作業が混乱を極めていたのであろう。このことは、講演者の間の議論も十分に行われなかったことからも推察される。
ショーバーグさんの講演で用いられたスライド(ppt)は会場で配布され、非常に参考になった。講演の記憶を定かに留めるためには、デジカメが必須であることを再認識した。講演で都合により、懇親会には出席できなかった。もしかしたら、上で指摘したことは、懇親会の席で話題になっていたかもしれない。
ともかく、管理人にとっては非常に有意義なシンポジウムであった。
<追記1>
「日本の科学技術コミュニケーションはいかにあるべきか? 第四期科学技術基本計画に向けた提言」について、当日の司会者であった春日さんのレポートが以下に掲載されています。
http://skasuga.talktank.net/diary/archives/387.html
会で出された意見の一部が列挙されているが、やはり取りまとめには苦労しそうである。
<追記2>
22日に管理人が参加した2つの会場にブログ「何もない」さんも参加されていたのを発見。管理人と同じ選択をした方がいたことを知って嬉しくなりました。拙ブログで伝えきれていない雰囲気が述べられています。
http://d.hatena.ne.jp/DIEtrich/20081122#p1