毎日新聞9月23日付け東京版朝刊で「ニホンウナギ:ふるさと特定 親魚、初めて捕獲--マリアナ諸島」(ウェブ魚拓はここ)という見出しの下に、水産庁漁業調査船開洋丸の成果が報じられている。同様な記事が、朝日新聞、産経新聞、他でも紹介されており、久々にマスコミの関心を集めた海の研究成果であるといえる。しかし、記事の内容には気になる点がある。
1.成熟魚と親魚
元ネタは、水産総合研究センターのプレスリリースである。その別添1 調査の概要「世界初!産卵海域で成熟ウナギの捕獲に成功」の表題を見ても分かるように、このプレスリリースの主題は、漁業調査船「開洋丸」がマリアナ諸島西方の太平洋で、成熟ウナギを世界で初めて捕獲したことである。成熟ウナギとは、産卵直前または直後のウナギのことである。しかし、記事では「成熟ウナギ」と言わず「親魚」という言葉を使っている。「成熟ウナギ」という言葉が難しいとでも考えて、易しい言葉に言い換えたつもりなのかもしれないが、産卵前後というニュアンスが「親魚」という言葉に感じないのは私だけだろうか? せめて「産卵前後の親魚」という表現にしてほしかった。
2.新たな仮説
察するに、このプレスリリースで研究者が強調したかったのは、以下の別添1のⅡ.調査方法・結果の3で、
成熟したウナギ属の捕獲は過去に例がなく、世界で初めてのことです。ウナギの産卵海域は海山山頂付近の浅い海域という仮説もありましたが、捕獲海域の水深は1,200~3,000mと深いことや、スルガ海山付近の比較的浅い海域の調査では卵・仔魚・成魚が全く採捕できなかったことから、外洋生活期のウナギは中層を遊泳し、海山そのものが産卵場所ではないと推定しています。と述べている中の「外洋生活期のウナギは中層を遊泳し、海山そのものが産卵場所ではないと推定しています」という新たな仮説の提案にあると思われる。しかし、毎日新聞のみならず、朝日新聞、産経新聞でも、このことに言及していない。
マスコミ関係者の人々には、明確な結論しか報道しないのではなく、仮説を構築・検証しながら謎を探究する科学の営みの本質を紹介するような報道をしてほしい。
追記
読売新聞では22日の記事「産卵期の天然ウナギ、マリアナ諸島沖で捕獲に成功…世界初」(ウェブ魚拓はここ)は、上に述べたコメントが該当しないほど十分な記述になっています。
3.1988年6月の敬天丸
実は、ニホンウナギの産卵場の研究の最先端に私も立ち会ったことがある。1988年6月に、ヤップ島近海で流速計係留系の設置を行うために、鹿児島大学水産学部練習船敬天丸で、マグロはえ縄漁業実習をしながら、南下した。この航海に同乗していた小沢貴和さんが行った卵稚仔魚ネット調査で、それまで捕獲された中で最も若い(小さい)ニホンウナギの稚魚をルソン島のはるか東方海域で捕獲した。それまでは、台湾近海が候補地とされて大規模な調査が行われたが不首尾であった状況での快挙であった。私はヤップ島で下船したが、帰りの航海でもニホンウナギの稚魚を捕獲した。この成果は翌年の水産学会誌で公表されている(Ozawa et al., 1989)。この成果を基に、その後、この海域を流れる北赤道海流の上流域で調査が行われ、東京大海洋研究所の塚本勝巳さん達が2005年にアリアナ諸島沖のスルガ海山周辺で幼生を見つけ、ここが産卵海域だと突き止めている。 平成15年3月に用途廃止となった敬天丸の大きな業績の一つである。