図中の○印は各日の正午の位置である。図に示されているように、仙台沖、その東方約400kmのK-TRITONブイ、沖房総半島南東約500kmのKEOブイ、房総半島南端を結ぶ線上での観測を、日々大きく変わる海況への対応に苦しながら行った。以下にこの航海の概要を述べる。
1.9月2日-4日(観測海域への回航と北緯38度線での観測)
2日10時に出港し、穏やかな海上を仙台沖に向かった。3日8時18分から4日7時14分までN線(北緯38度線)上の11点でXCTD観測を行った。この間、測点N08(東経142度20分)では、試験を兼ねたCTD/LADCPおよびラジオゾンデ観測を行った。4日8時30分よりJKEO2(2008年2月にK-TRITONブイを設置した点)付近でラジオゾンデ観測とCTD/LADCP観測を行った。黒潮続流の蛇行の峰がK-TRITONブイ付近まで北上しているため、強い流れがあることを危惧したが、10cm/s程度の弱い流れであった。その後、翌日のメンテナンス作業に先立ってブイの目視観察を行った。また、ブイを海底に固定するシンカーの位置を確認した。この作業中にブイの極近傍をクジラが行き来しているのを目撃した。捕鯨船の経験のある船長によるとイワシクジラとのことであった。K-TRITONブイの大きさと比較すると体長は20m程度はあるように思えた。
2.9月5日(K-TRITONブイのメンテナンス)
極めて穏やかな海上で5日早朝よりシンカーを切り離さないでK-TRITONブイ本体を揚収するメンテナンス作業を開始した。準備作業を始める前には、遠くに数十頭のクジラの群れが目撃した人がいた。作業開始直後には、船底をジンベイザメが通過するのを目撃した。ブイの周りではシイラが群れをなして遊泳していた。11時過ぎにブイ本体の揚収を完了したが、シンカーと係留ロープを繋ぐ切離装置の誤作動によってシンカーが切り離されたことが分かり、来年秋まで継続する計画であった係留系の全系を15時過ぎまでかかって回収した。K-TRITONブイをできるだけ早く再設置する方策を陸上留守部隊と相談しながら検討し、ともかく必要経費の見積もりをすることとなった。
3.9月6日-8日(黒潮続流横断観測、Argoフロート放流)
回収してしまったブイ周辺で気象観測を継続する意味がないため、6日正午すぎにK-TRITON域を離れ、6日17時より黒潮続流横断XCTD・ラジオゾンデ観測を開始した。当初の観測点を修正し、黒潮続流の蛇行の谷部が本流から切離して形成された冷水渦内にArgoフロート(6台)を投入した。黒潮続流を横断した際には、表層流速が4.3ノット(約2.4m/s)に達した。8日10時にKEOブイ海域が時化るとの予報が出たため、観測を中断して、八丈島へ向かった。
4.9月8日-12日(荒天避難)
9日夕方に八丈島近海に到着し、待機を開始した。フィリピン東方の低気圧が熱帯低気圧に発達し、その後、台風13号になった。東京方面を直撃する場合には早めに東京湾内に避難する必要があり、今後の航海への影響が危惧される状況になった。10日夜より八丈島近海も大時化になるとの予報を受け、更に館山湾に向けて、9日朝より避難を開始し、10日夜より館山湾内で避泊した。避泊中にシースネークを用いた海面水温の試験観測を行った。
5.9月12日-13日(KEO5ブイ設置、海洋観測)
台風の東京方面への接近が確定する15日まで館山で待機し続けると、KEOブイの回収・設置も、KEOと房総半島南端とを結ぶ線(W線)上でのXCTD観測も中止とせざるを得なくと判断されたため、13日午後から荒天が予報されているKEO海域で13日午前中に、可能ならばKEOブイの設置だけでも行うために、12日17時に館山湾を出て、KEO域へ向かう。13日早朝よりKEO5(2004年に設置したブイから数えて5台目)をKEO4(2007年に設置したブイ)の北、約10マイルの点に設置し、KEO4でデータ送信の確認を行った後、直ちに八丈島へ向けて避航を開始。荒天予報海域を脱した後、W線上でXCTD観測(7点)、ラジオゾンデ観測(5点)、Argoフロート放流(4台)をしながら館山へ向かう。
6.9月14日-16日(KEO4ブイ回収、海洋観測)
KEO海域の天候が15日午前中まで良好と期待されるため、14日午前に黒潮強流域の南でCTD/LADCP観測を行った後、KEO海域へ向かう。15日未明よりKEO4の回収作業を開始。10時に回収完了後、館山に向けて避航開始。14日午前に中断したXCTD観測を15日21時より再開。16日13時の野島埼沖でのXCTD観測をもって今航海の観測を終了し、15時15分に館山湾内着。
7.まとめ
結局、今航海では、K-TRITONブイのメンテナンス作業手順の確認、2008年2月29日に設置してからの高精度連続データの回収、KEOブイの回収と設置、3点でCTD/LADCP観測,57点でXCTD観測、40回のラジオゾンデ観測、10台のArgoフロートの放流を実施することができた.また、本航海中の全航程において,計画していた、航走ADCP観測と持参した機器による海上気象観測を実施しることができた。ただし、予定していた漂流式GPS波浪観測ブイの放流は機器の動作不良のため、中止した。また、K-TRITONブイの緊急回収と悪天候のため、ブイ周辺でのブイと同時に海上気象観測を実施することができなかった。
下船後、K-TRITONブイの緊急回収の原因調査とK-TRITONブイの再設置航海(日程は確定していない)の準備を進めている。
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http://blogs.dion.ne.jp/hiroichiblg/archives/7561875.html
台風が来ていたのでてっきり寄港が延びると思ったら一日早まったんですね。
無事でなによりです。
先日、三浦の方へ行ったついでに最古の灯台に登ってきました。
浦賀水路。狭い、危険と聞いていましたが本当に狭いですね。(片側七百メートルの右側航行)
船の進行方向に対して横から垂直に潮の流れが幾つも細長くはっきりと見えました。
船の大きさによって航行出来る場所も違う中で水先案内人の重要性も肌で感じました。
実際にそれが日常の一部になっている方々はそのくらいでうろたえることはないのでしょうか。
それと、今回出てきたアルゴフロート、トライトンブイは以前、放送大学でチコットだけ見た記憶あるのですが。
ストンメルという人が開発。
塩の濃度だか気圧の変化で浮き沈みが調整できて一日ニキロくらい移動するパイプ状のもので世界中に浮いているという認識しかありません。
さらにその時にでてきたスローカムフロートとは役割の違いってなんですか?
自分で調べてもちんぷんかんぷんでネットでもヒットしたのは以前、こちらに書いたコメント欄くらいでした。
因みにトライトンブイは赤道太平洋に浮いていてアルゴフロートより更に深い海底ブイで定点に位置して水温の観測とエルニーニョの事を観測してるやつ。
タオブイは熱帯の大洋における大気の観測に役立てるやつ。
という認識でよろしいでしょうか?
あと、アルゴフロートの前についているKとは何を意味するのでしょうか?
なんか素人が首突っ込むのには難しい気もしてきました。
テレビの説明ではたまたま見つけて終了間際の約十分くらいの説明でわかったつもりでしたが(実際に短い時間でも解りやすく情報量もかなりありました。)
。
そのさきの調べる手段が英語だけのサイトや報告書みたいな感じの専門用語の洪水でちょっと難解でしたからドロップアウトしてしまいました。
でも、世界的に大掛かりな研究というくらいは理解できます。(恥)
訂正します。
最後の方のKの疑問はトライトンブイでした。
>実際にそれが日常の一部になっている方々はそのくらいでうろたえることはないのでしょうか。
浦賀水道(東京湾の入口)を通過するときは、船長ほか、皆、非常に緊張しています。出来るだけ明るい日中に通過するようにしているほどです。
>それと、今回出てきたアルゴフロート、トライトンブイは以前、放送大学でチコットだけ見た記憶あるのですが。
以下に簡単にご説明します。
アルゴフロート:予め設定されたスケジュールにしたがって、内蔵するモーターでその容積を変えることによって、例えば深度2000mまで沈降し、そこに9日間留まって、そこの流れによって流された後、海面まで浮上しながら水温・塩分を測定し、海面に居る1日の間に人工衛星にその位置と水温・塩分データを送信した後、また2000m深まで沈降することを繰り返す漂流ブイです。このブイで2000m深の流れ(沈降してから再浮上するまでの時間と位置の変化から求めます)と海面から深度2000mまでの水温・塩分の鉛直分布(場所は毎回異なる)を測定できます。寿命は2年程度?です。アルゴ計画は全世界の海に合計3000個のアルゴフロートを放流して、常時、世界の海を観測するという計画です。
トライトンブイ:海洋研究開発機構によって太平洋赤道域西部で運用されている海面係留ブイ(場所は変化しません)で、海上気象データと海面下の水温・塩分データをリアルタイムで陸上に送信しています。
タオブイ:米国大気海洋庁(NOAA)によって太平洋赤道域中央部および東部で運用されている海面係留ブイで、トライトンブイと合わせて、主にエルニーニョを監視ししています。
スローカムフロート:ストンメルが提唱した海洋観測装置で、このアイデアを基にして、アルゴフロートが開発されました。これに関連する最新の機器として、「グライダー」があります。これは、水温・塩分の観測点を制御することが可能な自動沈降・浮上ブイです。
K-トライトンブイ:流れも風も弱い熱帯域での定点観測用に海洋研究開発機構によって開発された海面係留ブイがトライトンブイです。その後、このブイを軽量化したミニトライトンブイ(m-TRITONブイ)が開発されました。このm-TRITONブイを原型として、黒潮のような強流域や強風域でも定点で長期連続観測ができるように開発されたのがK-TRITONブイです。「K」はKuroshioあるいはKyou-ryuu(強流)の頭文字から採りました。
>なんか素人が首突っ込むのには難しい気もしてきました。
テレビの説明ではたまたま見つけて終了間際の約十分くらいの説明でわかったつもりでしたが(実際に短い時間でも解りやすく情報量もかなりありました)。
いろいろな名前が出てきて、頭が痛くなるかもしれませんが、ご遠慮なく、お尋ねください。専門外の人が良く分からないのは、専門家の説明不足が原因です(今回の私の記事も、航海報告が主であったため、用いた機器の説明が不十分でした。小まめにリンクを張れば良かったのですが、急ぎすぎました。別に観測機器の開設記事をアップしたいと思います。どんどん宿題がたまっています;;)。
>そのさきの調べる手段が英語だけのサイトや報告書みたいな感じの専門用語の洪水でちょっと難解でしたからドロップアウトしてしまいました。
私が関与しているJKEO海面係留ブイ観測のサイトも研究者向けのため、英語だけになってしまっています。日本語の紹介・解説も掲載しなければと思いつつ、何も進んでいません。
実は、K-TRITONブイ観測のプレスリリース(日本語)も話題になっていたのですが、そうこうしているうちに通信途絶となってしまい、それどころでなくなったという状況です。再設置したら、出来るだけ速やかに平易な説明を加えたプレスリリースをしたいと思っています。
>でも、世界的に大掛かりな研究というくらいは理解できます。
世界の海はつながっており、絶えず変動を繰り返しながら、海の生態系や気候・気象に影響を及ぼしています。このような海のことを調べるためには、どうしても大規模な観測を継続的に行う必要があります。この観測で得られたデータによって、私たちは海についての理解を深め、人工衛星リモートセンシングデータや数値モデルの検証や改良を行うことが可能となります。
黒潮族流域での大気と海洋の間で起きている相互作用については、多くの人が注目し始めています(赤道域と極域の研究はかなり進展していますが、中高緯度海域についてはまだまだ分からない事が多いのです)。私たちのグループはその現場観測資料を収集することを通して、この分野の研究の進展に貢献しようしています。
一番最初はスローカムフロートから始まったんですね。
ちょっと記憶がごっちゃになっていました。
でも60年代って、まだ衛星で知る機会も無ければ自動的に分析する装置も無かったんですよね。
何となく体力勝負な世界という感じがしました。
トライトンブイの前のKのご説明、ありがとうございます。
了解しました。
ご多忙な中、わざわざ詳細な説明ありがとうございました。
以前からの懸案のGCBのご解説期待しています。