7月5日付け毎日新聞朝刊で以下のような記事(抜粋)が掲載されていた。
遠洋マグロ:休漁、値上がり必至? 2~3カ月ずつ、2年間継続--供給1割減「遠洋マグロ漁場とは遠洋でマグロが沢山獲れるところ」であると、多くの人は考えていると思う。しかし、厳密には、そうではない。海洋科学の一分野であって「有用海洋資源生物の分布とその変動の系統的な記述を求めて,資源変動機構と漁場形成機構を解明し,最終的には漁況の予測を目指す」水産海洋学では、以下の条件を満たしている海域を漁場があると定義している。
遠洋マグロ漁業団体で国内最大の「日本かつお・まぐろ漁業協同組合(日かつ漁協)」は4日、8月1日から2年間の部分休漁に踏み切ることを決めた。燃料代の高騰やマグロ資源の減少が理由で、期間中は同漁協からの供給量は「1割程度減る」との見通し。マグロの値上がりは必至で、食卓にも影響が出そうだ。
1)漁業操業が可能
2)有用魚類が多い
3)高収益
本ブログの関連記事:
海洋学と海洋科学
この意味で、今回の遠洋マグロ漁の部分休漁は、このまま無策が続くと、最近の燃料代の高騰に伴う収益の悪化の結果、マグロが獲れる海域であっても、マグロ漁場ではなくなるという、漁業者の悲鳴である。
以下では、上で述べた「ある海域が漁場と呼ばれる3つの条件」の詳細を説明する。
1.漁業操業が可能
市場価値の高い有用な魚類が大量に生息している海域であっても、その海域での漁業操業が不可能な海域は漁場とは呼ばれない。その海域での漁業操業を阻害する要因としては、例えば
1)排他的経済水域などによる漁業規制。
2)海上交通量が多く、安全操業が困難。
3)流れや波などの海況や海底地形が漁業操業に不適切。
が挙げられる。
2.有用魚類が多い
漁業操業が可能な海域であって、市場価値の高い有用な魚類が棲息している海域であっても、その有用な魚類の量が少ない海域は漁場とは呼ばれない。
魚類は群れを作って生活する本性があり、魚種別、発育段階別、生活年周期別に、各々、適切な水温・塩分・溶存酸素量・餌生物が分布する海域に集積・偏在する。したがって、海のどこにでも満遍なく有用な魚が居るわけではない。成長期の魚類は水温・流れが急変していて、餌生物が多い潮境(しおざかい、海洋前線)と呼ばれるところに多く集まる傾向にある。しかし、ある潮境に多数の魚が集積しても、その魚が水産資源として有用でなければ、漁獲する意味はなく、漁場とは呼ばれない。
マグロ類は、成長期には、強い遊泳力を持って、餌生物を追いながらに生息域間を大規模に移動する回遊魚である。メバチマグロは深度250mでの水温が10℃から15℃の海域に多いことが知られている。
3.高収益
漁業操業が可能な海域であって、多数の有用魚類が棲息している海域であっても、そこで獲った魚を販売して得る金額が操業に要する経費より低い海域は、漁業経営が成り立たないため、漁場とは呼ばれない。
<おわりに>
以上、常識とはちょっと異なる、水産海洋学における漁場の定義を示した。
昨今の遠洋マグロの価格は小売業者・消費者の圧力で低く抑えられている。この結果、最近のように燃料代が高騰が続くと、遠洋マグロ業の経営は壊滅的な打撃を受ける。その対策の必要性を訴えるのが今回の一部操業停止の目的であることは、私には良く理解できる。なんであれ、消費者としては安価に越したことはないだろう。しかし、マグロの価格の上昇を心配するよりも、漁業生産者のみに負担を課した結果、我が国の漁業をこれ以上衰退させる愚を犯すことは避けてほしい。我が国の食の安全保障のためにも、今後も続くであろう燃料代が高騰に対応した、長期的、総合的な対策が講じられることを望む。
燃料費高騰による操業停止の影響は、本マグロを日本から輸入して卸売り販売している友人曰く、半年後くらいに冷凍ものが底を突いて、市中のスーパーからマグロが姿を消すだろうとの事です。安くて旨いのが「あたりまえ」と思っている非常識な日本の消費者には良い教訓になるのではないでしょうか。
コメントをありがとうございました。
>非常識な日本の消費者には良い教訓になるのではないでしょうか。
「非常識」なのは消費者ばかりではありません。政財界のリーダー達も目先のことしか考えていないように見えます。「良い教訓」どころではなくて、今後も続く原油高騰や、将来必ず起こるであろう石油依存社会の破綻という深刻な事態の発生への「警鐘」だと思います。
>昨今の遠洋マグロの価格は小売業者・消費者の圧力で低く抑えられている。
他の商品はガソリンを代表として軒並み値上げなのに、マグロはなぜあげられないのでしょうか?
・消費者離れを恐れて漁業者が価格を上げれれない?(大人気のマグロなのに?)
・海外のマグロが安く入ってくる?(原油高は国内外で等しく影響している。人件費の違いがきいている?あるいは漁獲量制限を守らない国のせい?)
いずれにせよ購入価格を安く抑えたいのは消費者の常であって「圧力」と呼ぶのは言い過ぎのように感じます。それとも別の事情があるのでしょうか?
私は水産経営経済学や市場経済学についての専門家ではありませんので、細部で間違っている可能性がありますが、以下に私の理解している範囲でお答えします。
マグロの水揚げ価格は、漁業者(漁師さん)の言い値では決まりません。基本的には魚市場でのセリ・入札で決まります。
セリの最終値は購入者(仲買人、卸業者)の意向で決まります。供給が十分にある現状では、魚市場での購入者はスーパー等の小売業者の意向を、小売業者は消費者が購入可能な価格を、生産経費より重視しています(私は、これらを「圧力」と呼びました)。
業者の努力(直接買い付けなど)によって世界中から輸入される安価なマグロが市場に供給されることにより、マグロの小売価格が昔に比べて激安になっています。消費者は、この低価格に疑問も持たず慣れ親しんでいます。また、各中間業者にはそれなりの量の冷凍マグロがストックされています。この結果、最近の原油高騰を配慮しない市場価格が形成されています。
市場価格を上げるために供給量を減らすのが、今回の一部操業停止の目的の一つです。しかし、供給量を減らして価格が上がった結果、需要が減る(消費者のマグロ離れが進む)と、価格は元に戻り、漁業者には収益悪化の結果のみが残ります。そうなったら、遠洋マグロ漁は壊滅状態となってしまうでしょう。このような事態を避けるため、今回はごく一部の操業停止に留めたと私は思っています。
>いずれにせよ購入価格を安く抑えたいのは消費者の常であって
生産者にのみ負担を求めて「購入価格を安く抑え」つづけた場合には、最終的には、遠洋マグロ漁が破綻し、一部の大金持ちを除いてマグロを食べられなくなります。
原油価格高騰を受けて、消費者のあり方も見直しが迫られていると私は思います。
なるほど、理解いたしました。
>小売業者は消費者が購入可能な価格を、生産経費
>より重視しています
それはそうですね。「圧力」という言葉に負の印象をうけて咄嗟に反応してしまいました。
>世界中から輸入される安価なマグロ
>各中間業者にはそれなりの量の冷凍マグロがストック
これらが価格変動を押さえているんですね。価格が高くなる頃には日本の漁業はなくなっていると。経済は需要と供給で考えるべきですが、一度廃れた業種はそう簡単には復帰できないという要素も重要と言うことですね。これは国の介入が必要ですね。