2008年05月17日

未成熟科学

一部加筆修正 2008年5月17日15時

ゴールデンウィークの最中の5月3日に、大学教員時代の教え子の結婚式に出席するため、東京駅から結婚式場の送迎バスに乗って君津市へ行った。新郎とその同期生5名と再会し、楽しいひと時を過ごすことができた。7,8年前の卒論指導時には大いに苦労した学生達だったが、各々が社会人として立派に活躍しているのを聞いて嬉しかった。

結婚式場への送迎バスを待つ間に、丸の内OAZOの丸善を覗いた。池内了の「疑似科学入門」が目に入ったので購入した。一通り読んで、それなりに納得したところも多々あるが、ちょっと乱暴な言い回しも散見し、ニセ科学批判に熱心な人には訴えるところが少なく、科学に不信を抱いている人には説得力がない内容のように思った。科学、特に「複雑系」についての解説に同意するところは多いのだが、主眼を疑似科学に置いて、疑似科学の説明の一環として、科学について述べているため、印象が薄い。著者が伝えようしている「一人ひとりが自ら考えることの大切さ」に管理人も強く同意している。しかし、このことを読者に伝えることの難しさを痛感した。

こんな中で、「未成熟科学」という言葉(著者の造語)に出会った。


未成熟科学
著者は「未成熟科学」を
科学としては否定できないが、まだ理論や手法が確立せずデータの集積も不十分であるような科学
として定義している。まあ、いわゆるグレーゾーンの科学の話ではあるが、「未成熟科学」とは言い得て妙とも思う。しかし、「成熟」の意味を「十分に発達していること」と考えると、上の定義にはどこか納得がいかない。

これは、科学は、試行錯誤を繰り返しながら、世の中の種々の事柄の仕組みについての全人類の共通理解を深める過程である先日のエントリー参照)と考える管理人にとっては、ある科学分野の成熟度とは「研究対象についての理解の度合」であるのに対し、著者は「理論や手法の確立の程度とデータ集積量」限定していることに起因しているように思う。

管理人にとっては、
・未成熟科学とは、全人類の共通理解がほとんど進んでいない事柄を対象とする科学分野
・成熟科学とは、全人類の共通理解が十分に発達している事柄を対象とする科学分野
という方がしっくりする。なお、「共通理解が十分に発達している(成熟した)科学分野」とは、それまでの研究成果が広く社会に普及していて、しかも、当面解決すべ残された具体的研究課題についての認識がその分野の研究者全体で共有され、世界中の多数の研究者がその課題の解決に長年にわたって挑んでいるような科学分野」と言えると思う。

未成熟科学としての海洋学
私の専門分野である海洋物理学についていえば、私がこの分野に首を突っ込んだ30年以上前は確かに「未成熟科学」と呼ばれるに相応しい分野だったと思う。3回生の時には海洋物理学の教科書は日本語も英語もほとんどなかった(東海大学出版会の海洋科学基礎講座第1巻海洋物理学Ⅰが発行されたのは1970年12月であった)。海洋物理学専門の学術雑誌もなかった。私が最終的に卒論のテーマとして選んだ「風波の発達機構」に関する研究は、観測、観測から導き出した仮説の提案、実験による仮の検証の繰り返しによる研究の深化が進んでいた方であったが、他の分野では仮説検証観測も十分に行えない状況であった。ましてや、生物、化学、物理の各々の基礎分野の研究はあっても、総合科学としての海洋学そのものが成立していないような段階であった。

それに比べれば、現在の海洋物理学は、かなり「成熟」していると言える。しかし、海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の分布とその変動のカラクリを解明することを目標とする海洋学は、海の現象そのものが「複雑系」である上に、仮説を検証するために行う現場観測が、陸上での室内実験に比べて極めて困難なため、数値モデル計算技術が以前に比べて格段に進歩しているとはいえ、「成熟科学」からほど遠い状況にあるといえる。

しかし、当面の課題について世界中の研究者が明確な共通認識を持って、その数少ない問題に多数の研究者が取り組み、成果発表や知的財産の確保にシノギを削っている生命科学や物質科学などの「かなり成熟した科学分野」に比べて、未解決の問題が数多く残されている海洋学のような「成熟には程遠い科学分野」には、大学院学生や若手研究者の独創的研究が世界の最先端を走ることになる余地がより広く開けていると私は思っている。
posted by hiroichi at 03:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 科学リテラシー | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!
お久しぶりです。
お元気そうでなによりです。

先日(今週か先週辺りですけど)、放送大学にて海洋研究開発機構の岡さんという若い方の講義を拝見しました。

もう、最後のほうだけでしたが。
アルゴフロートとスローカムフロートの発達の経緯や役割、そしてトライトンブイと海底ブイの違い、さらにタオブイのことを取り上げていたので忘れないうちに簡単にメモしておきました。

hiroichiさんのお若い当時と今では、確かに観測の環境が違いますし、それらのデータを得ることで著しく検証がなされやすくなったようですね。

私の成熟科学に対する認識も同じだと想います。

OAZO、はじめの頃。
ちょこっと覗いた程度でしたが。
今はちょっとした科学館みたいなんですね。
機会があったらまた覗いて見ます。
Posted by XENA at 2008年05月17日 23:44
XENA 様

>先日(今週か先週辺りですけど)、放送大学にて海洋研究開発機構の岡さんという若い方の講義を拝見しました。

よく知っている方のお名前をお聞きして驚いています。岡さんは現在の本務先は東大海洋研ですが、海洋研究開発機構にご在職中(現在は、兼務)は同じ建物でした。また、白鳳丸航海で一緒だったこともあります。

>OAZO、はじめの頃、ちょこっと覗いた程度でしたが。今はちょっとした科学館みたいなんですね

JAXAの展示室もあったと思います。

XENAさんのブログの雰囲気が変わり、ちょっと心配していましたが、お元気そうで、なによりです。今後とも、よろしく。
Posted by hiroichi at 2008年05月18日 01:07
こんばんは。
ご心配お掛けして申し訳ありませんでした。


コチラこそよろしく御願いします。
Posted by XENA at 2008年05月19日 02:08
アメリカ留学のブログを書いてる者です。ランキング内の様々なブログを拝見させて頂いてる最中ですが、つい見入っちゃったのでコメントも残す事にしちゃいましたw

機会があったらまた遊びにくるつもりです、よければ僕の所にも一度来て頂けたら幸いです♪ポチッ
Posted by アメリカ留学 at 2008年05月25日 20:44
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