海洋学(かいようがく、oceanography)は自然科学の一分野であり、海洋を研究する学問である。と定義されている。しかし、このWikipediaの定義は私の認識から大きくかけ離れているように思った。、これは、以下の教科書で、
Oceanography is the general name given to the scietific study of the oceans, with an emphasis on their character as an environment.と定義されているのに対し、Wikipediaの定義では、「with an emphasis on...」という重要な語句が抜けていることに起因する。このことを含め、以下に「海洋学」について私の思いを述べる。
参考:Descriptive Physical Oceanography, An Introduction. by G. L. Pickard and W. J. Emery, Pergamon Press
海洋学(Oceanography)
海洋学の英語表現であるOceanographyはOcean(海洋)にギリシャ語で記述(英語でwrite)を意味する接尾語graphyが付いたものである。Oceanographyの類似語にGeography(地理学)がある。GeographyはGeo(地球)に接尾語graphyが付いたものである。地理学が主として地上の地形や動植物の分布とその変動を記述する学問であることから、海洋学のもともとの意味は「海底地形と海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の分布とその変動を記述する」学問であるといえる。
近代の海洋学は、地理学同様に、単なる記述に留まらず、「海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の分布とその変動についての明瞭かつ系統的な記述を求め、そのカラクリを解明して、ある確からしさを持って海中の種々の物質の分布の変動を予測すること」である。
海洋学の基礎分野別分類
海洋学は、その主な研究対象によって基礎科学分野別に便宜的に以下の4つに分けられる。
1)物理学的海洋学(Physical Oceanography)
2)生物学的海洋学(Biological Oceanography)
3)化学的海洋学(Chemical Oceanography)
4)地質学的海洋学(Geological Oceanography)
物理学的海洋学は日本語では海洋物理学と一般に呼ばれている。ただし、Ocean Physics(水中音響学、海水光学など海水物性についての物理学的研究)とは異なる。物理学的海洋学は、海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の中で、特に、流れ、水温、塩分、密度の分布とその変動のカラクリについて研究する分野である。海洋は赤道域から極域に熱を運ぶことを通して、気候変動システムに大きな役割を果たしていることから、物理学的海洋学は気候変動に関する研究にも大きくかかわっている。
生物学的海洋学は、最近、生物海洋学と呼ばれることがある。海洋生物学(Marine Biology)は、生物学的視点から、海中に生息している生物の生理・生態についての研究するのに対し、生物海洋学は、海洋環境の一構成要素としての生物の中で、主としてプランクトンなどの自泳能力を有しない微小浮遊生物の分布とその変動が物質循環で果たす役割とそのカラクリについて研究する分野である。
化学的海洋学は、Marine Chemistry(地上とは異なる海水中における化学反応過程などについての化学的研究)とは異なり、海中の物質循環に注目して、海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の中で、特に、微量元素、放射性同位体、粒状物質などを含む化学成分の分布とその変動のカラクリについて研究する分野である。なお、海中の物質循環については、最近では、地球温暖化問題での重要な課題である二酸化炭素循環の解明に向けて、生物海洋学と合わせて、生物地球化学的研究が盛んに行われている。
地質学的海洋学はMarine Geology and Geophysics(海底下の地質構造、海底地震、海底火山などについての地質学、地球物理学的研究)とは異なり、海中の物質循環に注目して、海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の中で、特に、沈降粒子、再懸濁、海底堆積物、海底湧出などの分布とその変動のカラクリについて研究する分野である。
これらの4つの分野は便宜的に分類したものである。海底地形と海中の物質(塩分,熱,化学成分,生物)の分布とその変動のカラクリを理解するためには、海面をと通した熱、淡水、化学成分(二酸化炭素、黄砂など)の交換、流れによる輸送や混合・拡散と再懸濁、生物化学過程による化学成分の変質や沈降を総合的に調べる必要がある。そのため、各分野は相互に協力して、研究を進めている。
各種の海洋学
各種研究手法あるいは対象海域別研究の深化に伴い、以下に述べる各種の海洋学も近年、発達している。
・人工衛星リモートセンシング技術を駆使する衛星海洋学(Sattelite Oceanography)
・数値モデル計算を駆使する数値モデル海洋学(Numerical Model Oceanography)
・北極海や南極周辺海域のような極域を対象とする極域海洋学(Polar Oceanography)
・各種の海岸地形や河川、潮汐の影響を強く受ける沿岸海域を対象とする沿岸海洋学(Coastal Oceanography)
・有用水産資源魚類の資源量変動や漁場形成機構を探究する水産海洋学(Fisheries Oceanography)
海洋科学(Marine Science)
上に述べた海洋学の他に、水産学、航海学、海上気象学、海洋工学(造船工学、海洋底地球物理学、水中音響工学、海洋電子工学、海底資源開発学、海岸工学)、海洋政策学、海洋利用開発学、海洋文学など、海にかかわるすべての学問研究分野を含めた研究分野は「海洋学」ではなくて「海洋科学」と呼ばれるのが相応しいと私は考える。ただし、ここで述べた定義には、自然科学、人文・社会科学、工学(技術)、それらの複合領域が含まれており、未だに科学が自然科学に限定される場合が多い現在では、まだ一般には受け入れられない定義のようにも思う。
地球にかかわる自然科学研究分野は地球科学(Earth Science)、あるいは、最近では、地球惑星科学と呼ばれている。ただし、現在の地球惑星科学はアメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union、AGU)の研究分野と同様に、地球の物理過程に主眼を置いており、私には、生物学および化学との融合は進んでいないように見える。海洋では物理過程のみならず、生物および化学過程が重要な役割を果たしている。このため、AGUは海洋における生物・化学過程についての研究者が多く参加しているアメリカ湖沼海洋学会(American Society of Limnology and Oceanograpy、ASLO)、海洋学会(The Oceanography Society、TOS)、沿岸河口域研究協会(Coastal and Esturine Research Federation)とともに隔年で海洋科学合同研究集会(Ocean Science Meeting)を共催している。なお、TOSは1988年創立であり、日本海洋学会(創立1941年)の47年後である。このことは、日本の学界は世界に先駆けて海を総合科学的に取り扱ってきたことを示している。
全地球にかかわる自然科学を地球自然科学と呼び、その扱う分野別に地圏、水圏、気圏、地磁気圏、生物圏科学に分けるならば、海洋(自然)科学は陸水学、雪氷学、他とともに水圏科学の一分野を構成している。ただし、このような区分された各分野別に研究を進めることは少なく、多くの場合は複数の分野で共同して課題に取り組んでいるのが現状であろう。
おわりに
海洋は、地上あるいは宇宙とは種々の点で大きく異なっている。例えば、
1)地表は地震時以外では動きを感じないのに対し、海面は風によって生じる波により大きく上下動し、海面の物体には大きな力が繰り返し作用する。
2)地上と宇宙の気圧差は1気圧にすぎないが、海面と水深6000mの海底における水圧の差は600気圧に達する。
3)地上や宇宙では電磁波を通信媒体として使用できるが、海水中では電磁波の減衰が大きく、電波や光を通信媒体に使うことができず、音波が利用される。
4)海水中にはナトリウムイオンや塩素イオンを大量に含む。このため、電気伝導度が高く、海中の異なる種類の金属間では電気腐食の進行速度が大気中に比べて格段に速い。
このような厳しい状況にある海洋において生じている種々の現象の把握(観測)は極めて困難であり、その理解は地表や大気の現象に比べて不十分な状況である。このことは、海洋学を含めた「海洋科学」分野には未解決な技術的課題がまだ数多く残されており、その問題の解決によって観測とその解釈が進展し、人類の未来が開かれる可能性が大いにあることを示していると、私は信じている。
海洋学の研究者を英語ではOceanographerと呼ぶ。どうも映画「ジョーズ」の影響の所為か、米国ではOceanorapherは特殊な職業らしい。国際海洋観測計画のシンボルマークのシールを貼った旅行カバンを引きずりながら空港ロビー内を歩いていた時に、老婦人から「Are you an Oceanographer?!」と嬉しそうに声をかけられ、戸惑った覚えがある。こんな経験もあって、私は自分がOceanographerであることに喜びを感じている。
Oceanographerを日本語に訳すと海洋学者あるいは海洋研究者で良いのかもしれない。本ブログの名前を考えたときも「海洋研究者の...」をまず思い浮かべた。しかし、「海洋研究者」は上で述べた「海洋科学」の研究に従事している研究者という意味であって、厳密な意味での「海洋学」を研究している研究者を現わしていないように感じ、「海洋学研究者の...」とした。なお、衛星海洋学や数値モデル海洋学に従事する海洋学研究者の増加にともなって、私のように海洋現場で観測する海洋学研究者はOcean-going Oceanographerと呼ばれるようになった(自分たちで言うようになった?)。以前は、大揺れの船上でも船酔いに耐えて現場観測を実行できる体力・体質を有する者がデータを手に入れる機会が多い分、有利に海洋学の研究をできたが、現在は、そうでない人でも十分な活躍の場がある。
注)上に述べた説明は管理人の私見であり、一部に独りよがりな勘違いが含まれている可能性がありますので、ご注意ください。
市川さんの説明を「難解」と発言したことでお気を悪くされてはしないかと気を揉んでいますが、こうして機会をいただけたので、その真意をお伝えしようと思います。
●我々一般人のレベルは…
まず「難解」とは語弊があるかもしれません。少なくとも私が拝見した限りでは大意は掴めました。
言いたかったのは、私のお尋ねしたかったニュアンスをあの説明文から拾い出すのは「(専門学を修めない)一般人には困難」であろうと言うことです。
ニュアンスとは、「普段専門分野に接していない我々一般人が現場を思い起こせるような」と言うことでして、それをちゃんと明文化しなかった私が悪かったのです。
我々(と言うと他の方々に失礼かもしれませんが)専門外の人間にとっては、市川さんの文章は論文然と映ると申しますか…辞書を引くような知識としての信頼感が突出していて、逆に素人が興味を持てる間口の広さが足りない印象だと思います。
●私の目的は「知識のデチューニング」
実は市川さんに限らず、やはり専門家の方々の文章は、当人は意識されていないですが、馴染みが薄い言葉が多くなりがちで、いわゆる門外の者には取っ付きにくい印象を与えていることが多いです。
しかし研究者の方々が一般人に読ませる文章を書くことは本業ではないので、それは問題ではないと私は考えています。
そこで登場するのが我々作家であると。
専門家の仰る内容を可能な限り平易に表し、時には誇張を用いて(事実を曲げると言う意味ではありません)一般人がその世界に入り込む間口を広げてあげるのが我々の仕事なんですね。
ただ今回のように「ツイッター」と言うツールを用いる場合には、閲覧者がいきなり第三者であることも当たり前に起こるため、彼らが偶然我々のやりとりを見た時に「お、面白そうな話をしてるな」と思わせたい意図もあり、研究者の方々にも表現を柔らかくするご協力を頂いた方が、市川さんがブログ内で仰っていた
「海洋学とはいかなる科学なのかを多くの方々に理解していただくこと」
…への近道になるのではないかと。
●むずがゆいのです
昨今不景気がより顕わになり、ニュース等で取り沙汰されることが増えてきました。
しかし世の人々は財布の紐を締めるばかりで(勿論止むを得ないのですが)、自分達が行動を起こさない限りは減速のシナリオは止まらないと言うことに気付いていないように感じます。
私はそれが非常に歯痒く。
メディアが「この不景気は政府の対応が悪いから…」と言えば、多くの人々が不平は言うのです。
しかしどうやったら景気が上向くのかと言うことを真剣に考える人間となれば極端に少ない。
とりわけ日本に関しては、ここから長い間の国家の浮沈が決定してしまう局面にいるのに、何かしらそれが他人事のように聞こえているかのような人々…。
動かないなら動かすしかないと言うのが、今回の行動のきっかけなのですが、日本が対外に誇れるものは「知」であると私は信じています。
一見すると「環境問題」は国家の浮沈とは関わりがなさそうですが、決してそうではないと言うことは市川さんもお解りのことだと思うので説明はしません。
長くなった上に横道に逸れてしまいましたが、私の意図が掴めていただけたでしょうか?
まだまだ勉強不足なのでご迷惑をお掛けしますが、これからもお知恵を拝借できれば有り難いと思っております。
早々に長文のコメントをありがとうございました。
>「難解」と発言したことでお気を悪くされてはしないかと気を揉んでいますが
そんなことはありません。本ブログは読者の方々に海洋あるいは海洋学研究について、いろいろなことを知っていただくことを目的としています。「ここが分かりにくい」とご指摘いただくことは大歓迎です。
>素人が興味を持てる間口の広さが足りない印象だと思います。
ご指摘をありがとうございます。私の記事は、「生真面目すぎるところが多い」と家族にも指摘され、自覚はしています。ブログという公の場での私の個性といえば個性と居直るところもあるのですが、対処の難しいところです。
>やはり専門家の方々の文章は、当人は意識されていないですが、馴染みが薄い言葉が多くなりがちで、いわゆる門外の者には取っ付きにくい印象を与えていることが多いです。
「馴染みが薄い言葉」を使わないように気を付けてはいますが、不徹底なところがあると思います。ですので、「どの言葉は馴染みが薄い」と具体的にご指摘して頂ければ幸甚です。
ブログが持っている、じっくりと双方向の対話を行うことによって記事の内容を充実させる機能を活用したいと思っています。この意味でコメントを頂くことを非常にありがたいことと感謝しています。140字以内という制限のあるツイッターにはこの機能がないと思います。
>しかし研究者の方々が一般人に読ませる文章を書くことは本業ではないので、それは問題ではないと私は考えています。
寛大なお言葉をありがとうございます。しかし、科学・技術と社会とが強くつながっている近年では、研究者が専門外の方々の支持・支援を受けて研究を続けるためには、「論文を書く」だけではなく、「一般人に読ませる文章を書くこと」も非常に重要になっていると私は思っています。
このことに多少関連している以下の拙ブログ記事をご参照下さい。
2009年03月22日 「科学評論家」が不要な社会に http://bit.ly/aKhIf4
>そこで登場するのが我々作家であると。
armorponさんがおっしゃる「作家」とは、どのようなことをされるのでしょうか? 科学についての紹介記事を雑誌や単行本で発表される「サイエンスライター」のような職業ではないかと思うのですが、「作家」と言われると、ちょっとイメージを掴めません。
>●むずがゆいのです
いろいろな点でarmorponさんと私で認識を異にしているように思いますが、何か行動しなければならないというにことについては同意します。
私は、長い目で見て、多くの人が「科学リテラシー(科学の知識ではなくて、科学の営みについての知識)」を身に付けることが、これからの日本には必要だと思っています。そのための活動を少しでも続けていこうと思っています。
>まだまだ勉強不足なのでご迷惑をお掛けしますが、これからもお知恵を拝借できれば有り難いと思っております。
私の記事では言葉足らずの傾向があり、専門外の方々を対象とした表現者としては勉強不足のところが多いと思っております。
本当にご遠慮なく、ご助言を宜しくお願いします。