暖かな破局。いま地球上に起きつつある現象を、私たちはこう呼ぼうと思う。世界中でハリケーンや干ばつによる被害が拡大し、氷河の後退も進む。地球温暖化がその主因であり、戦争にすらつながりかねない。手をこまねいていると、さらに地球の状況は悪化すると、世界の科学者が警告を発している。と述べられている。地球温暖化によっていま地球上に起きつつある現象の紹介を通して、その重大性についての理解を広めることを目指してこの連載が始められたようである。
元旦から暖かな破局:第2部・地球からの警告が始まり、その第4回は
寒ブリの漁獲激減として、エチゼンクラゲの大発生、寒ブリの漁獲激減、サケの回帰率の減少について述べている。
◇海水温上昇に敏感に反応
地球温暖化に伴い、今後70年で日本近海の水温は1~4度上昇する。気象庁の予測だ。異変は既に起き始めている。
http://mainichi.jp/life/ecology/archive/news/2008/01/20080105ddm002040024000c.html
種々のシナリオの下で気温がどの程度上昇するのかという温暖化予測はある程度は進んでいる。しかし、生態系を含めた海における温暖化の影響については、十分に分かっていないのが現状である。それは、温暖化に伴う海の変化を捉える現場観測データが十分に蓄積されていないこと、海の水温・塩分・流れなどの物理環境はその時間・空間規模の幅が広くて複雑な大気海洋相互作用に支配されていること、生態系は多数の要素(栄養塩、種々のプランクトン、捕食者、他)で構成されており、それらが複雑に影響を及ぼし合っていること、などによる。
この連載記事を高く評価している。しかし、こと海に関しては、最近のいくつかの海の変化の主因が地球温暖化であるかのように紹介するのは、言いすぎであると言わざるを得ない。「世界の科学者」が発している警告という形で、不十分な情報を世間に広めることは、逆に、温暖化についての理解を歪める恐れさえあると思い、以下に追加情報を述べる。
1.エチゼンクラゲの大発生
記事では、
かつて、大発生は数十年に一度しかなく、青森までやって来ることはまれだった。ところが02年からは大発生を毎年繰り返している。昨年末の深浦町沖の海水温は平年より1・6度高い13・2度。気象庁によると、青森県沖など日本海中部の平均海水温は過去100年で1・6度上昇した。と述べている。クラゲ大発生は魚類の乱獲が引き金となって起きているというのが、クラゲスパイラル仮説の根幹である(拙ブログのエチゼンクラゲの大発生と地球温暖化を参照)。記事がこのことに言及していないのは、上さんに確認しなければ断言できないが、記者の思い込みを情報操作により補強していると言わざるを得ない。
「中国沿岸の富栄養化と水温上昇が進み、繁殖しやすくなった。日本海の水温も高く、なかなか死なない。繁殖したクラゲが魚の卵や稚魚を食べ、魚が減ってクラゲばかり増える『クラゲスパイラル』が起きている」。上真一(うえしんいち)・広島大教授(生物海洋学)は説明する。
2.寒ブリ漁獲量の激減
記事では、
新潟県佐渡島沖では寒ブリの不漁が著しい。県によると04年度冬季の漁獲高は690トンだったが06年度は95トン、07年は12月上旬まででわずか6トンだ。寒ブリは日本海を南下してくる。15度前後の水温を好むが、11月以降も佐渡沖は18度あった。と述べている。表層水温の変動は海面熱交換量、下層との海水混合、流れによる輸送量に支配されている(拙ブログの地球温暖化・海の異変・台風4号(補足あり)を参照)。したがって、佐渡沖の水温上昇が温暖化の影響であるとは、他のデータも合わせて解析しないと断言できない。
3.サケの回帰率の減少
記事では、
岩手県では、水温上昇の影響が出始めた可能性がある。毎年のサケ放流数は4億4000万匹前後でほぼ一定だが、漁獲量は96年の7万3500トンをピークに下がり、06年(速報値)は2万5000トンに。回帰率も96年の5・5%から06年は2%に減った。と述べている(赤字は筆者が挿入)。回帰率の減少についてはサケ回遊海域の餌プランクトン総量などの環境容量を超えた放流が原因かもしれないという説もある。また、北太平洋の海面水温分布には10年周期の変動(Pacific Decadal Oscilation)がある。「可能性」というからには、他の可能性も提示する必要がある。提示しないのは、情報操作により記者の思い込みを根拠なく補強することを狙っていると言わざるを得ない。
4.日本人1人当たりの魚介類年間消費量
記事の最後は、
水産庁によると、日本人1人当たりの魚介類年間消費量は06年で約58キロ。世界有数の魚食大国の土台が揺らいでいる。という節で終わっている。今や日本で消費される魚介類の多くは世界各地からの輸入でまかなわれている。日本近海ではなくて、日本に輸入される主な魚介類の世界にちらばる漁場の状況を紹介することで、日本の食卓と温暖化の関わりについての理解がさらに深まったかもしれない。
以上、5日の記事の内容について、追加情報を加えた。毎日新聞が、地球温暖化によって起きつつある現象の紹介を通して、その重大性についての理解を広めようとしていることを高く評価する。しかし、重大性を強調するあまり、根拠のない不安をセンセーショナルに掻き立てる必要はないと思う。それよりも、温暖化の影響を見極め、それへの有効な対策を立案しようとする人々の研究開発活動を、世間に、特に若人に、紹介することが、今後の対策実行・実施にあたって重要と思う。また、科学研究結果の紹介では、単に結論を紹介するのではなく、その結論に至った前提条件の限界やプロセス、異論の存在の紹介を含めてほしい。このことが、世間(特に、政治家・経営者・官僚たち)が、温暖化の影響について深く理解し、その回避に向けて最善の努力をするようになることにつながると思う。
<参考>
魚種交替や有害生物大発生が生じる過程と要因を解明ほかを目指して、平成19年度より、農林水産技術会議プロジェクト研究「環境変動に伴う海洋生物大発生の予測・制御技術の開発」が開始されている。また、自然災害への影響評価などの気候変動対応の政策へ科学的基礎を提供することを目的として、文部科学省により、21世紀気候変動予測革新プログラムが平成19年度よりの5カ年計画で実施されている。