Roemmichさんは、ボランティア船による世界の海洋の水温・塩分場モニタリング網、太平洋横断断面観測、アルゴフロート観測網で得られた観測データを用いて海洋循環による熱の南北輸送量を評価する研究を長年にわたって行ってきた方であり、受賞理由は
"For major contributions to the measurement and understanding of the ocean's role in climate, and for leading the development and implementation of the Argo profiling float array. "である。同じような観測研究を行っている者の一人として、大いに力付けられる今回の受賞である。なお、今回の授賞は、放流したアルゴフロートの数が当初計画の3000個に達したことも関係しているのかもしれない。
http://blogs.dion.ne.jp/komorin/archives/6397796.html
海洋循環による熱の南北輸送量とは、北太平洋を例にとって説明すると、暖かい海水が西部北太平洋で黒潮によって低緯度域から高緯度域に運ばれ、北太平洋高緯度域で冷やされた後、北太平洋東部および中央部を通過して低緯度域に運ばれることによって生じる正味の熱量のことであり、高緯度域の水温が変化しない場合には、北太平洋高緯度域で海洋から大気へ放出される熱量に等しい。この大気へ放出される熱量の変動が大気の循環(気候)の季節変動や長期変動を駆動している。したがって、気候変動予測モデルは、海洋循環による熱の南北輸送量あるいは大気へ放出される熱量の観測値を高い精度で再現する必要がある。この気候変動予測モデルの検証・高精度化に必要な観測値はまだ確定していないのが現状である。この観測値を高い精度で求めるための観測研究をRoemmichさんや私を含めた多くの研究者が行っている。
なお、ボランティア船(篤志船)という言葉を初めて聞く人が多いかもしれない。ボランティア船とは、海洋観測専用の船(例えば、気象庁の海洋観測船「啓風丸」)ではなくて、フェリーや商船などの一般の船で、海洋観測に協力する船のことである。Roemmichさんはホノルルとサンフランシスコ間、ホノルルとグアム間、グアムと台湾間などを航行する商船でXBT観測を行っている。私のグループも東北大学と協力して、宮城県教育委員会所属「宮城丸」によってホノルルと日本間で水温・塩分・流速の断面分布観測を行っている。
海洋観測専用の船の数には限りがあり、その航海日数の制約などから特定の観測線上を頻繁に繰り返すのは難しい。それに対し、フェリーや商船は同じ航路を頻繁に往復しており、このような船による観測によって、細かい時間間隔で海況の時間変動を捉える事ができる。九州大学は福岡・プサン間のフェリーで、鹿児島大学は鹿児島・那覇間のフェリーで、各々、対馬海峡とトカラ海峡における流速分布の時間変動をモニターしている。
人工衛星リモートセンシング技術の発展により広い範囲で瞬時の海面水温や表層の流れの分布を測ることはできるが、海中の情報を得るには船や定置ブイによる現場観測が必要不可欠である。海洋観測専用の船の減船が進められようとしている現状では、ボランティア船の今後のますますの活躍が期待されている。