2007年06月03日

日本海の海流

脱北者が青森県深浦漁港にたどり着いた経路についての記事が今日の毎日新聞朝刊に掲載されていた。その冒頭に以下の記載があった。
脱北者の家族4人が乗って来たのは、小さなエンジンを積んだ古い小型船だった。目撃した地元の深浦漁協関係者によると、スクリューは直径10センチほど。なぜ、これほど貧弱な船で日本までたどり着けたのか。専門家は潮の流れや気象条件を挙げる。

日本海は、中国大陸沿岸の「リマン海流」と日本列島沿岸の「対馬海流」が、反時計回りに循環している。99~02年に日本海でブイを漂流させる実験をした平啓介・東京大名誉教授(海洋物理学)によると、朝鮮半島沿岸の漂流物はリマン海流に乗って一度南下し、日本と半島の中間点付近から北に向きを変える。対馬海流は青森沖で枝分かれし、津軽海峡を抜けるルートに乗れば、自然と陸に近付くという。
googleでキーワード「日本海 海流 脱北者」で検索しても他紙の記事が表示されないので、この記事は毎日新聞独自の記事のようである。

脱北者が発見されたという結果のみならず、「貧弱な船に乗った彼らはどのような経路で深浦漁港にたどりついたのだろうか」という疑問についての報道が毎日新聞のみということに驚きを感じる。「なぜ? どうして?」という素朴な疑問に答えるのが新聞報道だと思うのだが...この意味で、毎日新聞のこの記事は秀逸だと思う。とは言え、聞き気にかかる点もある。


旧知の平さんによる説明(多分、電話取材)が紹介されている。平さんを「99~02年に日本海でブイを漂流させる実験をした」と紹介しているが、この説明にはご当人も苦笑していることだろう。平さんが追跡した漂流ブイは表層ではなくて海面下の深度1000m程度の層を漂流するALACEフロート(注)だからである。私の経験からすると、平さんはこの記事の内容を最終確認する機会を与えられていないと思われる。「科学は細部の積み重ねである。細部についての厳密な検討・検証の積み重ねによって全体の理解が進む」ことを記者はもっと理解してほしい。

なお、日本海の海流についての解説は気象庁のWeb Siteの日本海の海流 http://www.data.kishou.go.jp/kaiyou/db/maizuru/knowledge/kairyu.html に詳しいので参照してください(ただし、未解明なことも数多く残っていることに留意してください)。また、脱北者の航海中の日本海の表層の流れの状況については海上保安庁海洋情報部のWeb Site (海洋速報&海流推測図、http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KANKYO/KAIYO/qboc/index.html でチェックしてみてください。5月25日から6月1日の間では日本海中部では東向き0.5から1ノットの流れがあったようです。

注)ALACEフロート:
15日間程度(設定可能)の期間、海中の所定の深度(設定可能)に留まって、その層の流れで移動した後、海面に浮上して、人工衛星で得られる海面でのブイの前の位置からの変化から海中の所定震度での流れを測定する装置。その後、このブイを改良して浮上時に水温・塩分の鉛直分布を測定するARGOフロートが開発され、現在、約2500個が世界中の海で表層2000mの海洋観測データを収集している。
posted by hiroichi at 17:34| Comment(0) | TrackBack(1) | 報道 | 更新情報をチェックする
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