2007年01月20日

研究で目指すこと

<a 女性科学者のスペースII>さんが「研究者 アラカルト」で「自分がどんなPI(研究室長)になりたいか」のロールモデルをピックアップされている.その中で,
あふれだすアイディアに基づいて、大勢の質の高い学生・ポスドク・職員と共にコンスタントに論文を出し。
その蓄積の結果、数年に一回、ものすごい発見をし。何十億円規模のプロジェクトを申請し、通った暁には他の先生方に配布する。
実力と、そして集まってくる優秀な人材によって成り立つ、まさに最高峰の研究室。

見た目と声からもあふれ出す、ものすごいパワー。
私にはない・・・こんな風にはなれない。。。(TT)

あるいは,
「あの結果?偶然できたの」

でも偶然じゃないと私は思う。昔から私の憧れだった人。
独自のすばらしいアイディアに基づいてこつこつと実験を行い、世界に誇る結果を数年間に一度生み出すところまでは、前の方と同じ。

違うのは、この方の周りには人が集まってくる。物静かなのに。
秋の実った穂が一面に広がり金色に輝いているような、やわらかくて暖かい雰囲気。

・・・
たぶん私、こうなりたいんだけど。

と述べている.

<a 女性科学者のスペースII>さんと研究対象・分野が違うためと思うが,自分では今まで思いもしなかった「世界に誇る結果を数年間に一度生み出す」という研究者(室長)の理想像に軽い驚きを感じた.でも,じゃあ,自分は何を目指してきたのかを考えてみた.

どうも大学教員時代に行っていた自分の研究は「世界に誇る結果」を目指していなかったことだけは確かなようだ.むしろ,興味のある海洋現象(黒潮前線(注1)の維持機構,黒潮の流量変動,東シナ海の海水循環,等)についての理解を少しでも深めたいという内的欲求(注2)が強かったように思う(もちろん,その研究が社会にささやかな貢献をすると考えてはいたが...).

その中で,あわよくば,後世の天才と呼ばれる人の論文で「このような誤った解釈もあったが・・・」という形で引用されるような論文を書きたいとは思っていた.このように考えたのは,卒論で取り組んだ研究テーマが,19世紀以来の水面波についての理論的研究の後,詳細な観察に基く風波の発生発達理論の提案,その理論の不十分性を指摘する実験結果の提出,その実験結果を含めた新たな理論の提案という段階を経て発展してきたが,当時は未解明な点が残されていた(現在も完全に解明されてはいない)「風波の発達機構」であったことに起因しているように思う.歴史的経緯を考えると,自分の成果・提案にどんなに確信をもっていても,不完全な部分が残っており,とても「誇り」までは持てないのが正直な気持ちである.

現在の職場では,気候変動システムに重要な役割を果たしていると考えられている黒潮続流域での海面フラックスについての観測を実施し,誰もが得ることの出来なかった観測資料を得ること,あるいはその資料解析等による新たなカラクリの提案を目指している.このことは,たぶん「世界に誇る結果」を目指していることにはなるのだろう.しかし,「誇る」というよりは,気候変動システムの理解の深化に「貢献する」という意識の方が私には強い.

以上,「世界に誇る結果」という言葉に触発された私の思いを述べた.多分,<a 女性科学者のスペースII>さんのいう「世界に誇る結果」とは,世界的な学術誌(例えばNature)への掲載論文のことなのでしょうね.

(注1)黒潮の沖側と岸側で海面の水温・塩分が急激に変化している現象.水温の違いは人工衛星画による海面水温画像に明瞭に見られる.この付近には魚が多く集まり,漁場が形成される.

(注2)内的欲求と外的欲求についてはここを参照.
posted by hiroichi at 04:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トラックバックありがとうございます、sachiでございます
ペコリ(o_ _)o))

うーん、たぶん分野による「誇り」の解釈問題だと思うのですが。
私から拝見いたしますと、海洋学研究者の日常様も、ご自分の研究に誇りを持って取り組んでらっしゃるように感じまする。

自分の場合、たとえば貴族の趣味の延長でやってらっしゃるような研究は否定的なのです。
だってそれなら、国民の税金を使ってはいけないと思うので
(^▽^;)
Posted by sachi at 2007年01月21日 14:47
sachiさま.コメントをありがとうございました.

>うーん、たぶん分野による「誇り」の解釈問題だと思うのですが。

というか,分野(人)によって論文公表の意味付けが異なるという事だと思います.科学研究とその成果公表は,地位とか名誉を得るためにするものではないと私は思っています.「世界に誇る結果」という語句は,この考え方とはチョット違うなと感じたのがTBをさせて頂いた動機です.

>私から拝見いたしますと、海洋学研究者の日常様も、ご自分の研究に誇りを持って取り組んでらっしゃるように感じまする。

はい.自分に「誇り,矜持」を持たないで人は生きられない(皆が,自分に「誇り,矜持」を持てる世の中でなければならない)と思っていますので,同意します.

>自分の場合、たとえば貴族の趣味の延長でやってらっしゃるような研究は否定的なのです。
だってそれなら、国民の税金を使ってはいけないと思うので

貴族の趣味の延長に国民の税金を使ってはいけないというお考えに同意します.基礎研究あるいは自律科学研究を行う研究者は,「内的欲求」=「貴族の趣味」とならないように格段に研鑽を積まなければならないと思っています.
Posted by hiroichi at 2007年01月27日 16:49
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