この航海は,私が初めて体験した大型船による外洋の調査航海であった.当時,風波の発達機構に関する風洞水槽実験を修士論文のテーマとして日々苦悩していたが,その一方で,海洋物理を研究する者として,陸上での実験ばかりではなくて,海洋での現場観測を一度は経験したいと思い,指導教官であったKH教授に強くお願いして,乗船の機会を設けていただいた.
この航海は,東シナ海黒潮流域の洋上における気団変質過程(台湾坊主の発達機構)の把握・解明を目指す気団変質実験観測の予備観測(Pre-AMTEX)のための航海であった.主席研究員は海洋研気象部門のTAさんであり,気象関係の参加者が多い中で.当時M1であったOM君とM2であった私は,東大理学部海洋物理額のNY先生を班長とする海洋物理観測班に属し,海洋表層の水温変動(東大のNY先生とTYさんが担当),海上における白波の出現率(東北大学のTMさんとSMさん担当)の観測を行った.我々は,船が航走中に海洋表層の水温・塩分を連続的に観測するためにKH教授とNK助手が試作した装置の試験観測を行った.航海の途中には,本土復帰直後の那覇港に寄港し,白鳳丸の機関長のお世話で「波之上」で沖縄料理を堪能したり,海洋研のMAさんやNTさんと名護城址まで足を延ばした.航海終了時には50巻近くの膨大な量の紙テープに打ち出したSTD観測データ(注1)を持ち帰った(今では,1枚のCDに収まるが).
注1)STD:塩分(Salinity)・水温(Temperature)・深度(Depth)計の略.海中の表層から深層までの水温と塩分の鉛直分布を測定する装置.現在は,塩分に代えて,電気伝導度(Conductibity)を計るCTDが一般に普及している.
この航海で多くの「船友」を得ることができた.この航海の6年後の1979年8月に鹿児島大学に職を得た際には,この航海でご一緒したMAさんが既に赴任していることが,心の大きな支えとなった.その後26年間にわたって,主に東シナ海の黒潮の観測研究を続けることになったこと,さらに,現在は黒潮続流域における海面熱フラックスの長期連続海面係留ブイ観測に取り組んでいることを思うと,この航海に参加したことがその後の私の海洋研究への道を開いたとさえを感じる.